出会わなければよかったなんて、言えるわけもなかったのだ。目の前で涙を零すこいつに、俺は何もできない。ただただ、自分の肩が震えないように抑えるためで精いっぱいで、それがなかったとしても、今の俺に、いや、今じゃなくても、俺なんかに、こいつを支える資格があるはずも、なかったのだ。最初から、最後まで、俺たちは間違い続けた。正しかった時なんて、一度もなかった。何も言わない、何もしない俺に、こいつもまた、何も言わなかった。ただただ、涙を零して、静かに泣いた。責めてくれも、罵ってくれも、憤ってもくれなかった。何もしない俺に、こいつは何も思わない。それだけで、十分だった。俺たちの関係性を現すには、十分すぎた。
「ごめんね」
 そう呟いた俺に、そいつはようやく顔を上げた。涙にぬれた肌が、場にそぐわない明るい太陽の下、きらきらと煌めいていた。それはまるで、堕胎された水子が空に昇っていく様を思わせた。笑えない冗談だ。俺たちの間に、子供なんて出来得る筈もないのに。
 だから俺はただただ、そいつの震える肩を支えることも、涙にぬれる頬を拭ってやることもせず、そんな言葉を口にした。「ごめんね」誰に向けての言葉だろう。誰に向けての謝罪だろう。誰に向けての、懇願だろう。それはきっと、こいつにも、俺にだって分からないことなのだろう。まやかしの痛みを伝える左手に力を込める。
「ごめん」
 傷だらけの左手に、力を込める。未だに幻痛を伴うそれはきっと、一生俺に付きまとって離れない、呪いのようなものなのだろう。それだけのことを、それだけの行いを、俺たちはしてきた。きっと行きつく先は地獄でしかなく、三途の川ではなく地獄の釜で遊泳することとなるのだ。それにどうして、こいつを連れていける。どうしてこいつを道連れにできる。だからここで、俺たちは終わらなければいけないのだ。俺たちは、終わらせなければいけないのだ。こんな、非生産的で、非人道的で、非道徳的なことは。
 俺の誰に向けてなのか、何に向けてなのか分からない謝罪の言葉に、こいつはただただ、やはり涙を零すだけだった。「お前は泣かないんだね」その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。凝り固まった口角を無理やり引き上げて、笑うしかなかった。俺に、泣く資格があるはずもない。それは俺の傷だらけの左手が、こいつの傷だらけの右手が、雄弁に物語っていた。許さんぞと。逃さんぞと、俺たちの脚に酷く絡みついて離れないのだ。
「次に生まれ変わるときは、双子がいいね」
 そうしたら、ずっと一緒にいられるじゃない。そう言った俺に、こいつは何も言わない。それでいいと思った。俺たちの終焉は、こういった、呆気ないもので構わないと思った。ドラマ的な最終回は、俺たちに存在しない。灼熱の太陽が照り付ける蜃気楼の中、蝉の鳴き声だけが酷く煩わしく囀っていた。それは俺たちの傷だらけの関係の断末魔のようで、俺は知らず、唇を噛んでいた。誰に拭われることも、誰に触れられることもなく落ちた血液だけが、俺たちをまっすぐに嘲笑する。

 こいつの泣き声に、空っぽの子宮が小さく啼いた気がした。


BGM:シザースタンドbyRADWINPS


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