四月だというのに二十五度以上の気温を叩き出す太陽も、山の奥に引っ込んでしまえばその威力を失い寒々とした空を提供してくれる。くれる、と言ったがこの場合嫌味だ、嫌味。どうして昼間はあんなに暑かったのに夜はこんな冷えるんだちくしょう、と独り言ちながら、俺はいつものように戸田のもとへと向かっていた。俺の最寄り駅への終電はとっくの昔に終わっている。となると、都内に住んでいる戸田の家へと帰ることが俺の習慣へとなっていた。チャイムを押せば、ほら、なんの連絡もなく来た俺に対しての驚きを微塵も載せていない戸田ののっぺりした顔が扉から現れた。特に何を言うわけでもなく、戸田は部屋の奥へと引っ込んでいった。それにくっついて行き、靴を脱ぐ。戸田の部屋は相変わらず煙草臭かった。
 その煙草臭い部屋に打ち捨てられている電子ケトルを拾い、湯を沸かす。「アイス、食う?」「食う」戸田は俺のほうを向かないまま無造作に煙草に火をつけた。戸田の喫煙量に灰皿は白旗を上げ、二番手であるどんぶりが今や代わりとなって戸田と太刀打ちしている。湯が沸くまでの間、俺は灰皿の中身を片付け、部屋に散らばっているゴミをビニール袋に突っ込み、服を洗濯機へと放り込んだ。俺が座れるスペースができたところで、丁度ケトルがカチリと音を鳴らした。アイスと一緒に買ってきたカップ麺の蓋を開け、湯を入れる。アラームを三分後に設定してから、戸田を見る。戸田は器用なことにアイスを食べながら煙草を吸い、なおかつスプラトゥーンをしていた。ほんと好きだね、お前。三分間、特にやることもなかったので戸田の背中と、ゲーム画面をぼんやり眺めていた。戸田が操作するキャラクターがゲームソフトを勘違いしたかのような素早さで相手を倒していく。これ、陣取りゲームみたいなもんじゃなかったっけ、と思いながらところどころ寝癖のついている戸田の頭を見つめていた。
「戸田さあ」
 ひと段落ついたのか、コントローラーを置いて俺の買ってきたアイスを食う戸田に、不意に声をかける。
「俺のこと、好きでしょ」
 戸田の目がきょろりと俺を穿つ。白いどろりとしたアイスが戸田の小さな口に吸い込まれていく。
「好きだけど」
 不意に落とされた発言に、それでも戸田は驚くことなく、そう、いうなれば俺が突然押しかけてきたかのように、さらりと告げた。アラームが鳴った。カップ麺ができた。なんだか負けた気がして悔しい。だから俺は、なるべく平静を保って、そう、と短く返した。なんで俺が気まずい思いをしなくちゃいけないんだ、というかなんで俺はそんなことを言ったんだ。自己嫌悪に陥りながら麺を啜る。戸田はまたスプラトゥーンに夢中だ。戸田に殺された敵キャラクターがなんだか俺自身に思えて、少しだけ胸が締め付けられた。


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