あんなに結婚しろ結婚しろと俺に口うるさく言っていたくせに、いざ俺が結婚すると告げた時、透はひどく傷ついたような顔をした。それはとても、ずるいことだと俺は思った。俺は自分に似合うとは到底思わなかった、でも世の中は広いもので、俺が着てもなんの違和感もない、むしろこれ以上お誂え向きなものはないとでも言いたげな顔で俺を包む白い布を見つけ、いや厳密にいえば、これを見つけたのは彼なのだけれど、そこはどうでもいい、とにかく、俺は俺に似合うウェディングドレスを見つけ、それを着こなす数か月先のことを透に告げた。その未来を望んだはずなのに、透はひどく傷ついた顔をしている。それは、やっぱりずるいことだと思った。とても、ひどいことだと思った。
 傷ついた顔、と言っても、透は相変わらずの無表情だ。ただ、俺がその言葉を放ったときに、ゆっくりと二度、瞬きをした。それだけで、俺と透がともに過ごした時間が悠然と、今、透は傷ついているぞ、とねめつけている。お前の言葉で、透が途方もなく傷ついてるぞ、と。そんなことわかっている、とかぶりを振る。何事でも動じない透の心を、俺は今、揺さぶり、傷つけている。それはとてつもない罪悪感と、途方もないほの暗い喜びを俺にもたらした。あの透が! 俺の言葉で動揺している!
 透は手にしていた缶をゆらゆらと揺らし、そして一気に飲み干した。余程の量が入っていたのか、何度も何度も透の細い喉が上下する。そして飲み切った後、何も言わずに缶を潰し、煙草に手を取った。カチッカチッとライターで火をつけ、静かに紫煙を吐き出す。白い煙は、どこかの火葬場の煙突を思い起こさせた。
「そう」
 煙草が半分ほど灰になったところで、透は短く言った。その声は石膏のように凝り固まっているようにも聞こえたし、水のように実体のないさらさらとしたもののようにも聞こえた。俺はうん、と同じように短く返し、今はまだ何もない左手薬指を居心地悪げにさすった。
「あのさ、」
 さすりながら、俺は言う。ずっとずっと、言いたくて言いたくて、でも言えなかったことを口にする。透の指から灰が零れ落ちた。もう、煙草は燃やすところがないほどに短くなってしまっている。
 透明な目が俺を射る。あの頃とおんなじだ。高校の時、俺を射った目と。俺を傷つけた目と。あのさ、あのね、あのね透、透ちゃん。
「私、お前のこと、好きだったんだ」
 俺、いや、私がそう言うと、透ちゃんは煙草を灰皿に圧しつけながら、私もだよと笑った。泣き笑いのような、くしゃりとした子供じみた笑い方だった。私の結婚式は、こいつに振られた六月のことになる。


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