もう会わない、とでも言うのかと思ったがその予想は意外な形で裏切られることとなった。彼は僕の頬をぶん殴ることも泣き喚くことも怒り狂うこともなく、ただ静かに穏やかな顔をしたままそう、とだけ呟いてきっかり三秒うつむき、そして次に顔を上げた時にはいつもと変わらない、穏やかな顔で僕を見つめていた。「今日の晩御飯は春巻きだよ」と彼の温かな声が言う。フローリングの上には先ほど晒け出されてしまった風俗のポイントカードが放られている。彼はそれを見えないかのように素通りして、キッチンの奥へと引っ込んで行ってしまった。赤と白のポイントカードが蛍光灯の光を反射してぎらりと輝く。その日食べた春巻きはいつも通り美味しくて、その後入ったお風呂も昨日と同じように温かかった。風呂から出たら彼がいなくなっていたりして、という思いもあることにはあったが、バスタオルを被って入ったリビングには彼がいつも通りいて、穏やかな顔でテレビを見ていた。「女の人の身体って気持ちよかった?」テレビから視線を逸らさないまま彼が言う。「うん」素直に頷くと、彼はやはり穏やかに笑ったまま、そっかあ、と静かに言った。そしていつも通り一緒のベッドに入って、いつも通りなにもせずに眠りについた。ぶるりと震える寒さで目を覚ました隣には何もなくて、代わりに少し視線をずらした先の彼は不器用な空中ブランコをしていた。もう吊ってしばらく経っているのか揺れてはいない。もう三年以上セックスもキスもしていない彼と僕が最後に迎えた、静かな、それでいて穏やかないい朝のことだった。


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