昨日降った大雨のせいで地面がぬかるんで、足場はかなり悪い。
しかし彼は、そんなことを気にしている様子は全くない。
少年――ウェンは、泥水を飛ばしながら、≪偽りの女神≫が人間へ昔の報復的な感じで贈った、最悪の贈り物、災厄の翼《堕天使》の群れへと突っ込んで行った。
数はざっとみて20体。数がいても相手は雑魚。まだまだ新米ではあるが、ウェンの相手ではない。
「今日も大群だな。覚悟しろよ、堕天使共!!」
今この世界は人間の血と、ウェンが相手にしている堕天使の血で真っ赤に染まっている。
「おらぁぁ!!」
春日国の名匠が鍛えあげて作った2振りの剣《双剣虎鉄》で豪快にも上から急降下してきた堕天使を突き刺し、もう片方で自分のそばに群がる堕天使を衝撃波で、消し去った。
他の同期の団員を圧倒的に上回る強さ。
彼のその強さの源が復讐だったとしても誰も咎めない。
今は戦時中なのだ。戦時中人は勝つための道具に過ぎない。道具に経歴は必要ない。
ただ、使えれば、強ければそれでいい。
人は勝つためならばどこまでも汚くなれる生物。
その汚さは汚れを知らない遥か穹(そら)に住む清らかな神々たちが最も恐れたことだという。
この世界ユピテルは今真っ赤な血に染まっている。
人の血と堕天使の血そんな真っ赤な血に染まる世界を
『まるで今の世界は夜明けを知らされる暁の光のようだ。』
とある評論家が皮肉まじりに言ったのをきっかけに、人類と偽りの女神アターシャによる、大いなる聖戦のことを人は《暁戦争》 と呼ぶようになった。
アターシャ率いる破滅の堕天使と呼ばれるアターシャ軍と、世界の主要国家が支援する対アターシャ組織《黄昏の血団》。
今、この2つの軍がお互いの存続をかけて毎日のように激しくぶつかりあっている。
「これで終わりだ!!」
全てを断ち斬る一撃は地面を揺るがした。
さっきまでいた大量の堕天使はただ赤い血となって、さらに大地を潤した。
ウェンは軽く血振るいをすると虎鉄を鞘に収めた。
「もし〜あっ…こちらウェン、討伐任務、完了したぞーっと」
陽気な声で、小型無線機で討伐の報告を適当に済ませるとウェンは七色の虹がかかる血に濡れた小高い丘を足早に後にした。
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