まだ夜が明けるには早い時刻なのに、青みがかった夜空には赤い光が輝いていた。
まるで夜明けを告げる暁の光のように、眩しくて鮮烈な光。
しかし空を赤く染めているのは昇りたての太陽の光ではない。
それは全てを焼き尽くす真っ赤な炎。深紅の炎が暗い夜空を赤く焦がしていたのだ。
燃えているのは世界最大の国家フィラ帝国と宗教国家の聖カトリア教国との国境に立つ、ネイ・フラン研究所。
ここは色々な生物の研究をしている施設で、今は貴重な歴史的大発見に繋がる研究が山場を迎えていた。
もし、その研究が完成したら世界のあり方が変わるとか言われているほど重要な研究だ、とか研究者は興奮気味に語っていた。
その世界のあり方が変わるとかいう途方もない夢物語のような研究も、もはやこの騒ぎで露と消えてしまったのかと思うと少しだけ研究者を哀れに思う。
だが、一介の警備兵ごときに哀れに思われるなどプライドだけは高い研究者様方にとっては心外かもしれないが。
ノイズ混じりの無線機から連絡が入る。どうやら火事の原因は実験中の事故らしい。
それを聞いた瞬間、何故かかなり嫌な予感がした。ただの事故で済めばいいのだが。
嫌な胸騒ぎを抑えて、男は崩壊が始まった研究所に目をやった。
すると、揺れる炎の中から誰かが出てくる。
それも1人だけではない。何人も何人も、出口に向かってくる。
人影はどんどん外へと近付き、そして炎に包まれた研究所の中から外へと脱出してくる。
運よく生き延びれた研究員か、それとも被験者か。どちらにしても早く保護して医療施設に送らなければ。
「出てくる人物を保護しろ!!
連絡班はカトリアかフィラの医療施設に連絡を!! 急げ!!」
「しっ、しかし隊長、生存者は人間ではありません!!」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ……」
人間ではなければ一体何だと言うのだ。
部下の言葉を聞いて男は呆れた顔をして炎の中に映る人影を見た。
――あ、あれは……。
いや、前言撤回だ。男は、炎の中から何事もなかったかのように出てきた人物を見て驚いた。
もはや人物と呼んでいいのかもわからない生物。
翼が生えた人間。あれは天使と呼んだほうが正しいのかもしれない。
そしてその天使たちを従えるようにして研究所から出てくる、不自然なほど美しい朝焼け色の長い髪と、黄昏時の微妙な空の色をした瞳を持つ若い女はもっと異常だった。
この世のものとは思えない美しさのせいか、それとも異形の姿を目にした恐怖からか、男と部下たちは炎の中から舞い降りた天使と女を見て、しばらくの間固まっていた。
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