空理空論1(二宮)
国常は防衛任務にフリーで行ったことはない。B級に昇格してまだ数ヶ月なのだ、まだまだ新人の領域を出ない彼を戦いの最前線に単独で投入するような暴挙を本部はさせるつもりはみじんもないようだ。週替わり、あるいは日替わり。組まれる混成チーム、もしくは既存のチームと共同戦線、という形で一員として加わることが多い国常は、いつしか粗方のA級、もしくはB級のチームを組み終わっていた。本部はどのチームに師事させればその欠如したコミュニケーション能力や人間性の獲得、そして連携と言った不可欠な要素を学べるか組ませることで参考材料にしたいのかもしれない。国常はみじんも興味を示さないため気づかないが、通常、フリーの隊員とこうも頻繁に共同戦線、もしくは混成チームを組み、その後の報告をわざわざ本部の人事部、もしくは上層部に出頭させて洗いざらい報告させるなんて厳格なこと、前例はないのだ。国常はもちろん、組んだ先のチームに対しても。せいぜいオペレータによる報告書で事足りる。問題行為があれば出頭を命じられることもあるがそれが常態化すればさすがに正規隊員たちは気づいてしまう。
上層部は、国常真人をどう扱おうか、この上なく慎重になっているのだと。
そして、一通りの試行期間というべき時期は終わりを告げ、近々大きな作戦がある関係で編成に時間がかかる、と防衛任務を事実上封じられてしまった国常は、もてあました時間を鍛錬に費やしていた。どうやら苛烈なシフトの環境に業を煮やした人事部が強硬手段にでたらしい。シフト表すらとうとう渡されなくなってしまった国常は、自分の化したノルマを強化することで自身にくすぶる戦いへの渇望をごまかしていた。
そんなある日、国常の元に、ある男が声をかけてきた。国常は知らないが、城戸派の中でも極端な派閥だと目されている彼は、意図的に接触を制限されている人間がいる。たとえば、同じ支部に所属していたかつてのAチーム。彼らは遠征から帰った矢先の支部の悲劇に愕然とし、唯一生き残った国常に詳細を聞きたがっている。様々な感情のぶつけ先をしらないチームの一つが、上層部に楯突くような行動をとり、B級に降格処分を受けたのは見せしめだとみんな考えていた。国常の境遇は隠匿されたものだった、と裏がとれている人事部や上層部は全力で阻止していた。互いに犠牲者であり、被害者なのだ。怒りの矛先は間違っている。あるいはネイバーであるという情報が一部のみに公表され、ほかの隊員には機密扱いとなっている今はc級隊員となった空閑。その境遇と現状の体質、そして国常のサイドエフェクトを吟味したとき、絶対に、がつくほどのものとなった。そして。
「おまえが国常真人か?」
「あなたは?」
「俺はB級隊の二宮だ」
「・・・・・・三輪隊長の所属していたという東隊の?」
「ああ、秀次から聞いてるのか」
「はい」
「なら話は早い。国常、明日の防衛任務は俺とだ。事前に打ち合わせをするから来い」
「・・・?」
今までなかった事例である。国常は不思議そうに首をかしげたが、二宮が先を急かすのでそのまま二宮隊の作戦室に赴いた。三輪隊の作戦室とはずいぶんと雰囲気が違うのは隊長、もしくはチームメンバーの個性の表れなのだろうか。ほとんどものが置かれていない上にすっきりと片付けられており、どことなくおしゃれな雰囲気がある部屋だった。
「何か飲むか」
「給湯室があるのですか」
「ああ、元A級隊だったからな」
「なるほど。自分はなんでもかまいません」
「紅茶とコーヒーがあるが」
「コーヒーで」
「砂糖とミルクは」
「不要です」
「ブラックか」
「はい」
客人用のコーヒーをわざわざ隊長直々に入れてもらうという境遇に、さすがの国常も疑問符が浮かぶ。不可解なことが多すぎる。防衛任務の混成チームの作戦はオペレータから通達されるのが通例だ。わざわざ作戦を要求するなどランキング戦などの連携が必要な場合に限られると聞いている。もちろん、二宮隊が緻密な計算の上で作戦を決行する隊なのかもしれない。その場合は国常という異物をいれて任務を遂行するのは、普通にやると支障を来すレベルのノイズだ。でも、その割にほかのメンバーの姿がない。コーヒーを受け取った国常は向かいに座った二宮を見た。
「ありがとうございます」
「いや」
食うか、とテーブルの上にあるお菓子を勧められる。いえ、と国常は首を振る。そうか、と返した二宮は私物と思われるカップに手をつける。それを見てから国常は口をつけた。
「隊員のみなさんの姿がみえませんが、どちらに?」
「さあな。学校じゃないか」
「・・・?二宮隊との混合演習か、防衛任務の事前ミーティングなのでは?」
「俺は一度もいってないが」
「?」
「俺は、おまえと俺の任務だといったはずだ」
「特例ですか。それとも私用ですか」
「私用といえば、私用だな。だが、国常にも損をさせるつもりはない。話だけでも聞いていけ。断るならその後でも遅くはないだろう」
「わかりました」
うなずいた国常に、二宮は目を細めた。そして何枚もの写真を提示してくる。
「この二人が誰かはわかるな?」
国常はうなずいた。
「父さんとお姉ちゃんです」
「国常支部長と国常オペレータで間違いないな」
「はい」
「じゃあ、この女はどうだ?」
「母さん、だと聞いています」
「では、この女と男はどうだ?見覚えは?」
おそらくこの二枚が本命なのだろう、と国常は思った。二宮のまなざしが明らかにきつくなったからだ。
「あります」
「いつだ」
「自分がボーダーにスカウトされた頃に、何度か」
「支部に来たのか」
「この女性はなんどか。お姉ちゃんとしゃべっているのを見たことがあります」
「じゃあ、この男は」
「父さんを訪ねて、家に来たことが何度か」
「それはいつだ」
「それは」
国常が具体的な時期を口にしたとき、そうか、とだけ言葉を紡いだ二宮は大きく息を吐いた。
「お役に立てたでしょうか」
「ああ、とてもな」
「それはよかったです」
二宮は写真をしまうと、封筒を差し出した。
「これは?」
「さっきの礼だ。悪いがお前たちの回りを調べさせてもらった」
封を開けた国常は、それが戸籍に関する書類だと気づく。父親、母親、そして姉。
「?」
国常の目がとまる。父と記載された横に、父の名前。母と記載された横に、母の名前。姉は長女とかいてある。だが国常の項目は違った。父と記載された横が空欄、母と記載された横が空欄。養父に父の名前。養母に母の名前があるのだ。そして縁組みの年月日が身分欄のところに記載されている。その日付は。
「国常、お前は姉の死の真相はしりたくないか」
「それは私用とおっしゃった自主任務と関係がありますか」
「ああ、ある」
「しりたい、です」
「そうか」
「はい」
うなずいた国常に、二宮はなにかを書き留めると、それをよこしてきた。
「これは俺の連絡先だ。国常、俺は明日、あの支部に行こうと思ってる。同行したいなら連絡しろ」
「それは自分に案内役を、という意味でしょうか」
「ああ、俺はあそこの支部に行ったことはない」
「わかりました」