砂の上の悪霊(三雲と空閑)

『門発生!門発生!座標誘導誤差10.88!近隣の皆様はご注意ください。繰り返します、門発生!門発生!・・・』

耳が焼けてしまいそうな警報が繰り返し鳴り響いている。日常と化した警告音に、どこか慣れた様子の雑踏はその警報が知らせているネイバーの出現地区から少しでも逃れようと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。保護された一般市民はネイバーと遭遇してしまった場合記憶を消されてしまうものの、保護対象になるのはよほどの近距離で遭遇したり事件事故に巻き込まれた場合に限られる。人間は慣れる生き物だ。ボーダーがなんとかしてくれるという現状を知ってしまった今、どうしたらいいのかわからない恐怖から解放された彼らの剣呑とした空気はなんとも形容しがたいものがある。野次馬根性でその場に止まろうとする人間も出始めている現状、避難誘導とそういった不届き者の記憶消去はボーダーの負担になりつつある。彼らですら保護対象な現状に疑問を覚えながら、国常は端末を鳴らした。


「月見さん、警報を観測しました。自分はどうしたらいいでしょうか」

月見の通信に国常の報告が入る。

「どこかしら?」

「××中の校門付近から十二時の方向です」

「そう」

月見は周囲に視線を投げる。周囲の避難誘導にはすでにボーダーが着々と到着して行い始めている。一番標的に一番近いのは国常だ。

「三輪君たちを派遣するわ、それまで先行して頂戴」

「わかりました」

国常は下校途中の歩道に居た。

「敵影を確認、戦闘態勢に移行します」

ネイバーの強襲を知らせる警報が聞こえる。国常の思考回路は惰性的に過ごしている時間の浪費から一気に覚醒状態に入る。生気を取り戻した瞳がその先に居るはずの宿敵のいる方向を見据える。トリガーを起動し、人間とは異なる性質をしたトリオンの濃厚な気配、垂れ流されるそれをたどって、国常は跳躍する。突然姿を変え、近くのビルに駆け上がった中学生を驚きのまなざしで見送った通行人の視線など意にも介さず、彼はその特殊体質の利点を生かし、巨大なビルを次々と飛び越えていく。短く頷いた国常は息を吐く。トリオン体となってしまうと本部にその存在を捕捉されてしまうのが難点だ。でもトリオン体にならずにトリガーを起動することは不可能だ。トリガーを起動せずにネイバーにダメージを与えることはできない。国常もさすがにトリオン体にならずにネイバーに近づくことは不可能だ。一瞬の思考の後、国常はその先を見据えた。

国常の得物はかつて所属していた支部に居た多くのボーダーたちの犠牲の上に成り立っている。

見上げるほどの巨体を前に物怖じすることもなく、淡々と国常は討伐を開始した。今日のノルマは月見に言われた警報の対象となっているネイバーの掃討だ。期限は三輪隊到着。

国常が身を投じる戦場は、いつだって周囲に砂しか残さない。

「敵影消滅を確認、お疲れ様でした」

さらさらと黄砂のように空気が塵を巻き上げて霞がかったもやを残していく。淡々と告げる国常に月見はもう少しペースを考えて欲しかったとため息をついた。

「なぜです?」

「あのね、国常君。ネイバーを倒せばいいってもんじゃないのよ」

「?」

「あの子達から聞いてない?連携は大事だって」

「ですが、今、自分は一人です」

「そういうことじゃなくて・・・」

「・・・・・・月見さん、お話のところ申し訳ありません。クラスメイトが来ています」

「あら、警報は鳴ってるのに?誰かしらね、こちらも確認したいから対応してくれるかしら?」

「はい」

国常の通信が途絶える。月見はモニタを操作し、国常がいるエリアを俯瞰できるカメラ映像をさがした。そこには同じ制服を着た女子生徒がいた。データを確認する。どうやら同じクラスのようだ、国常が言うとおりクラスメイトなのだろう。国常が中学校でもボーダーの隊員であることを隠しもしないで公言していることは月見も把握している。いつだって国常の任務表は午後の部は真っ赤なのだ。部活に入っていないのは明白だし、どんな用事があろうとも理由をつけて切り上げてしまうと聞いている。ボーダーの任務があるという事実のみ口にしているようだからあらぬ誤解が広がっていそうな気配がする。A級隊員ならともかくB級隊員はシフト制にある程度の余裕が与えられている。国常のように学校以外は平日休日問わずすべて真っ赤な方が問題なのだ。それでもクラスメイトを気に掛けるだけの気遣いはできるようになったようだ。それだけは安心である。ネイバーが出現したという警報が鳴ったことで国常を見て話が聞きたくなったのかもしれない。

「国常君!」

息を切らしてやってきた少女は、トリガーをしまい、下校時と同じ格好に戻った
国常に問いかける。

「国常君ってボーダーだよね?」

「ええ」

「じゃあ、その、あそこの向こうにあるネイバー出現警戒区域にある立ち入り禁止のところ、いけるよね?」

「ええ、いけますよ」

「お願い、先輩を助けて!」

「先輩?」

こくりと少女はうなずく。

「ほら、あの、国常君が転校してきた頃、一気に伸しちゃって近づかなくなった先輩達いるでしょう!あの人達がね、先輩たちを無理矢理連れてったっきり帰ってこないんだ。ネイバーが出たってずっと警報が鳴ってるけど、私どうしたらいいか」

彼女が言うには、一度彼らに因縁をつけられてお金を請求されそうになったとき、助けてもらったことがあるという。同級生、下級生問わず彼らに絡まれている生徒を目撃すると仲裁にはいる三年生の先輩を彼女はとても心配しているようだった。

「名前はわかりますか?」

彼女はうなずいた。

「三雲先輩、3年生の」

「わかりました。行ってみますね」

「ありがとう!」

「ここは自分がなんとかするので、先に逃げてください。先輩を助けられても、報告する人がいないと困りますから」

「うん、わかったよ。ごめん、ありがとう」

国常に促された少女は不安な顔をしながら、うなずいた。

少女が去ったのを見届けて、国常は月見との通信を再開する。

「三雲・・・どこかで」

「自分の同期です、月見さん。彼なら問題ないと思いますが、自分はこれから救援に向かいます。三雲さんはC級隊員ですから、トリガーを使用することができません」

「ああ、国常君がいつも話してる彼ね。わかったわ、いってあげて。私は三輪君達のサポートに戻るから。何かあったら連絡をお願いね」

「わかりました」

「お疲れ様」

国常は元来た道を引き返していく。どこに向かうのか捕捉する画面はそのままに月見は現地に到着した三輪達のサポートを再開した。






「大丈夫ですか、三雲さん」

「お、オサムの友達か?」

「国常!?なんでここに!」

「ネイバーの掃討作戦を決行中、クラスメイトから三雲さんを助けるよう言われました」

よりによって国常に依頼したという2年生の少女の名前を聞いた三雲は、いつだったか絡まれていたところを助けてやったことを思い出す。同じクラスだとは知らなかった。学生証から2年生だとは思っていたけれども。

なんでよりによってこんなときに!三雲の心は修羅場となった。

すぐ隣には季節外れの転校生と思いきや、近界民というとんでもない爆弾を投下した空閑がいる。そして三雲のトリオン量ではとうてい討伐などできるはずもないネイバーを一刀両断するだけでなく、完膚なきまでにたたきのめしたことを示す状況証拠。どうみてもおかしすぎる状況下だ。普通なら空閑のことを相談するに値する数少ない親交があるボーダーだが、国常がネイバーを憎悪していることなど三雲だって毎日ひしひしと感じているのだ。万が一バレたらたいへんなことになる。どうするどうすると頭を必死で回転させる。そんな三雲のことなど知らない空閑は興味津々で国常を見る。

「国常?」

「国常真人、同じ学校の2年生で僕の同期だ」

「おー、ボーダーなのか」

「国常は僕と違って正規の隊員なんだ」

「へー」

「初めまして、ボーダーB級隊員の国常真人です。ヨロシクお願いします」

「おう、よろしく」

ほうほう、と空閑は国常をじろじろ見る。国常は気にする様子もなく、三雲を見据える。
「三雲さん、C級隊員はトリガーの使用は禁止されています。ご存じですよね?」

「ああ、知ってる」

「・・・!」

空閑の視線が三雲に向くが、三雲は気にする様子はない。

「三雲さんがやったんですか?」

「そうだよ」

「そうですか」

「・・・・・・報告、するんだよな」

「規則ですから」

「聞かないんだな、僕じゃ絶対できないことだってわかってるのに」

「自分は私情がなんであろうと興味はありませんので。ただこれを三雲さんがやったというトリックを教えてもらえるのなら、自分がやったことにすることも一考しますが」

「それだけは駄目だ、絶対に出来ない」

「そうですか」

「ああ」

「わかりました。クラスメイトに三雲さんが無事だと報告することにしますので、自分はもどります」

「国常、いいかげん自分のクラスメイトくらい覚えろよ、もう2ヶ月だぞ」

「善処します」

「お前の善処は面倒くさいだろ」

「そうともいいます」

三雲に冷や汗が伝う。国常は無表情なまますれ違う。そのままネイバーの亡骸に向かって歩き出す。それを追いかけるように視線を向けた三雲と空閑は、先ほどまで綺麗な夕焼け空だった世界が春先の黄砂のような悪天候、もやがかりはじめた理由をしることになる。

国常がトリガーを起動したのだ。そして鍛錬場である特設のフィールドのようにトリオンを吸収、変換、そして貯蓄するという特殊体質の威力を余すことなく発揮してみせたのだ。トリオンを限界まで強奪されたネイバーはその原型を留めることができなくなり、あっという間に内側から崩壊が始まる。まるで砂のように細かな粒子となり、国常が歩くその先には砂のようなもやが一面に立ちこめた。

「国常、お前、なんで」

三雲の問いに国常は不思議そうに首をかしげる。そして無表情のまま返す。

「トリオンが欲しかったからです。やはりこの方が調子が良くなる」

「これじゃ、僕がトリガーを起動したことも、ネイバーを倒したことも分からなくなるじゃないか」

「・・・・・・そういえばそうですね」

「・・・・・・だろうと思ったよ、この脳筋」

一瞬でも三雲達をかばったんじゃないか、仲間意識がめばえたんじゃないか、という高揚感に似た期待を寄せてしまった自分を殴りたい三雲である。三雲に指摘されて初めて自分の発言と行動がすでに破綻していると気づいた国常は沈黙した。国常のことだ、三雲よりも後ろに倒れていたネイバーのほうが本命だったに違いない。トリオンを強奪し、総量が自分の所有量より超えれば超えるだけ調子が良くなる、とは本人の談である。

「自分は失礼します」

国常はそそくさと現場をあとにした。おそらく警報が新しくなっているのだろう。

「まさか国常の無関心さに助けられる日が来るとは思わなかったな」

はあ、と大きく三雲はため息をついた。

「空閑、国常にだけは絶対に近界民だってバレるなよ」

「すっげえわかった。あいつにサイドエフェクト起動されたらおれが死ぬ。それよりオサム、なんであんなやつと仲いいんだ。オサムにも迷惑掛けないでおれがトリガー使いだってバレない方法考えるのすげー大変じゃないか」

「なんだよその理不尽」


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