世話焼きの鬼(三雲)


「知ってるか、今日2−1に転校生が来るんだってよ」

「え、今の時期に?」

「そうそう、そんでさ、聞いたんだけど、そいつ××中から来たんだってよ」

「えっ、それホント!?」

「なんで知ってんの、お前」

「だって道聞かれたんだよ、職員室はどこだって」

「マジで!?ちょ、詳しく聞かせろよ!」

夏休み明けの二学期初日、始業式早々テストという不毛な時間から解放されたばかりのクラスがにわかに騒がしくなる。早々に進学を決めた推薦入試組をのぞけば受験まであと半年というこの時期である。学校の授業も放課後の課題もどんどんしんどくなってくる時期とあって、季節外れの転校生の話題は年下の学年にもかかわらずこのクラスにとっても注目をさらっていった。

(××中・・・?)

三雲も気になって思わず教科書を片付けていた手が止まる。

今、××中を含むその地域からの転校生となれば、いやでも注目を集めてしまうのは仕方のないことだ。なにせ4年前近界民により工業地帯が蹂躙され、その関係で酷く土壌が汚染されてしまってから、ボーダーが三門市から土地を借りるという形で所有している賃借地で大規模な戦闘があったらしいのだ。らしい、というのは、一般人の立ち入りがもともと制限されているエリアであり、今なおボーダー関係者により厳重な警備が行われており、何があったのか近隣の住人たちは知ることができないからだ。そのうえ、近界民の襲撃が予想されるからと大規模な避難宣言がだされてから、早1ヶ月半、未だに解除する気配がないのである。三門市とボーダーの記者会見によれば、近界民の掃討は終了したが、汚染されていた土地の復元作業がその影響で暗礁に乗り上げてしまい、今度は地下水にまでその影響が及びかねないという。さいわい様々な用途で地下水を使用しているのはその近隣地域だけだった。その地域の人々は初めこそ公民館や近くの体育館に避難生活を送っていたが、今は三門市が建設した仮設住宅に移り始めている。その敷地内にある××中は実質2学期を近くの学校施設で代用するしかない状況に陥っていた。

よって、今の時期の××中からの転校生は、間違いなくその近隣住民なのである。おそらく親戚や親の実家がこの中学校の近くにあるから転校することになったのだ、想像することは誰だってできた。噂をしている彼らからすれば、目と鼻の先のエリアで近界民とボーダーの戦闘を見れたかもしれないラッキーボーイ、その程度の認識なのだ。どこか怪我をしていたらさすがにここまで大っぴらに不謹慎すぎることをわめかない。今の話題を持ち込んだクラスメイトの反応からするに、普通の転校生だったのだ、きっと。話を聞けそうな、がつくけれど。

(まさか・・・・)

三雲は数日前に行われた入隊式で噂を耳にした同期の顔が頭をよぎった。近界民による蹂躙が定期的に起こるようになってしまった三門市では、4年前ほどの大規模な死傷者は出ないものの、定期的に一般市民が巻き込まれてしまうニュースがよく流れる。時折聞こえる銃声などのようなただの音声となってしまっている。地下水汚染の危険まで報道されるような地域だ、××中に通っていた学生たちのお葬式が多いのは、不幸な事故に巻き込まれてしまったのだとみんな考えている。部活中に巻き込まれたとか、祭り中に襲われたとか。夏休み中だったこともあり、人が集まるイベントは各地でやっていたから、なおのこと脳内補完は簡単だった。実際はボーダーの支部がひとつ、大量の近界民の襲撃により一夜にして壊滅するという陰惨な事件が起こったからだ。三雲は中学生だから中学生の亡くなった事実は簡単に耳に入ってくるが、きっと葬儀屋あたりだと真相に気づくことができるだろう。

(国常真人もたしか××中だったよな、ぼくより1つ下のはずだから14だし。あの支部にいたなら近くに住んでただろうし、親戚でも頼ってこっちに来たのか?)

あの事件から日数を数えてみる。喪に服す時期は終わっていた。

(もし国常だったら・・・さすがにまずいよな、ちょっと様子を見に行くか)

無遠慮に転校理由を聞かれた国常の心情を慮って、では決してない。三雲は同期だからよく知っているのだ。よくもわるくも目立ってしまう、ひとりだけ戦闘民族みたいな思考回路をしている脳まで筋肉の訓練生を。

支部長をしていた父親とオペレーターだった姉をあの事件でなくした国常に、母親がいるとはきかなかった。死別したのか、離婚したのか、養子なのか、さすがにわからないが天涯孤独だと噂で聞いたから、きっと一人なのだろう。初めこそ訓練が終わると早々に訓練場をあとにしてしまう。喪中である。いろいろとやらなければあるのだろう、と三雲達は同情気味だった。でも、いつまでたっても交流する意思が微塵もない同期は、その致命的な愛想のなさも相まって孤高だった。同情は次第によくわからない者に対する不安や緊張感となった。だが、その行き先が本部の鍛錬する場所であったり、正隊員のデータを閲覧できるところだったりしたことで、次第に三雲たちは学んだのだ。平日も休日も祝日も本部にいるのだ、国常は。世間は夏休みだというのに。それだけ近界民を殺したいのかと戦慄すら覚えるほどの執着だった。だがあるとき、三雲達は気づいたのだ。戦闘を交えた訓練だと、その鉄仮面でも妙に生き生きしはじめると。楽しんでないかと。そして結論に至るのだ。こいつ、近界民と戦うことしか考えてねえと。ついでに、国常は致命的に生活能力や他者とのコミュニケーション能力が欠落している。絶対に問題しか起こらない。担任の先生はさぞ大変だろうなと三雲は思った。

帰る途中で、国常と聞こえた。やっぱり転校生だったようだ。

ちょっとだけ遠回りをしてのぞいた2年の教室には、すでに国常の姿はない。

(早っ)

チャイムが鳴って、まだ30分もたたないというのに、もう噂の転校生はいない。興味本位でのぞいていたのは三雲だけではないのだ、いろんな学年が混じっている。お目当ての存在がいないと知ったことでがっかりするかと思いきや、むしろ盛り上がっていた。
「国常君がいったこと、ほんとなのかな?」

「あー、あのボーダーってやつ?」

「どーだろ、微妙じゃない?」

「でも、無口な国常君があんなに急いで帰っちゃったんだよ?しかもあんな言い方して。ただ事じゃないって」

「えー、部活の勧誘がうざくてでっちあげただけじゃない?あの先輩しつこいじゃん」

「でもあの先輩達に物怖じしないってすごいよね、案外嘘じゃないのかも」

「あれ、お前らみてねーの?アイツ、結構口より腕が先に出るタイプっぽいぜ?」

「えっ、うそ!?」

「明日は早々に大騒ぎになるんじゃねー?ぜってえあれヤバいって。ごきゃっていってたぞ、ごきゃって」

「どうしよう、さすがにやばくない?」

「まー、あれには俺もすかっとしたし?もしピンチなら先生呼んでやろーかな」

「助けにいけよ、流れ的に考えて!」

「無茶言うなよ、あの先輩、いっつも屋上で威張ってるだけはあるんだぜ?!報復に何十人も呼ばれちゃ無理だっての!」

「じゃーさ、貸しつくって明日聞いてみるか?いろいろ教えてくれりゃ本物ってことで」

三雲は無言でその場をあとにした。すでに大問題は起こっていた。

(国常のことだからこうなるだろうとは思ってたけど、やっぱりこうなるのか)

ボーダーであることを隠しもしない気持ちはわかる。三門市民にとってボーダーは日常を守ってくれる隣のヒーローみたいな感覚なのだ。一気に注目の的になり、上手く捌き切れれば人気者にだってなれるし、きっとモテる。それと同時に何かあったとき手のひら返しが怖いけれども。どうにかしてくれる存在がいるとどこまでも横着になるのが世論である。守ってくれるに対する感謝はすぐに薄れていって、それが当然とまでくればかつての感情は忘れ去られてしまう。それを抜きにしてもボーダー関係者であることは人目おかれる要素なのは変わらない。いい意味でも、悪い意味でも。

国常は周りを全く気にしないタイプだ。なにをいわれようが、近界民にしか興味がないのだからただの雑音にしか聞こえないだろう。それゆえにあけすけに行動できるのだ。三雲とは正反対の人種だとつくづく思う。モテたいとかそういう気持ちがあるわけじゃない。単純に早く訓練に行きたいだけという脳筋思考だから困る。

(参ったな、ボーダーがみんな国常みたいな奴だと思われたら困る)

三雲はボーダーの訓練生であることを誰にもあかしていないのだ。ためいきしか浮かばない。三雲も今日の訓練時間に間に合うよう下校することにした。同じ訓練班になったときはあるから、会話くらいならしたことはある。国常は話しかけられたときは普通に対応するけれど、三雲は未だに一度も話しかけられたことがない。それは誰に対しても同じだからまだマシだけども、この時点で、歯牙にもかけられてはいない。路傍の石と変わらないことは分かっている。学校で話しかけられたら、なんて想定をしなくていいのは悲しいところだった。

そして始まった二学期、あっというまに国常がボーダーであることはみんなの知るところとなった。なにせたった数ヶ月でB級隊員に昇格したことが判明したからだ。しかもA級隊員と共に訓練に赴いていることを国常は隠しもしない。聞かれたから答える。機密はきちんと守るけれども、もんだいないあたりは拡散情報となっていた。

さすがにまずいなと三雲は思った。B級隊員になり忙しそうではあるけれど、ポイント稼ぎにやってくる時、たいてい国常は三雲を見つけると真っ先に声を掛けるくらいには親交が深まっている。話題はもっぱらレイガストとかトリオンの使い方とかそういったものばかりで友達とするような会話が一切ないのが国常らしいけれど。三雲も国常が趣味とかそういうものが一切ないのはわかっている。やつの頭はずっと戦うことしかないのだ。学校でやることはすべて学校で終わらせて帰るのだ、奴は。朝昼に宿題を終わらせて放課後は速攻で帰ってしまう。いつでも常套句は訓練や任務があるから。おかげでうちの学校のボーダーに対する認識は日増しに歪みつつある。ちょっと待って欲しい、そこまでボーダーはブラックバイトじみてない。

C級隊員ではあるけれど、国常と一番親交があるのは三雲だと思われているだろうし、三雲もそう思っていた。

学校で声を掛けられたらまずい。そう思った三雲はたまたま廊下で出会った国常を呼び止めた。中学生は夜間の任務ができないといつだって不満げな国常は、ひたすらB級、A級隊員たちの戦法を見て考察を繰り返していると知っている。手にはUSBがある。近くの部屋でログを確認するつもりなのだろう。

「一緒に確認しますか?」

いつもの誘いである。三雲はうなずく。国常は誰であろうと敬語なのだ。年上だろうが年下だろうが階級がなんであろうが。それはため口と敬語の区別をつけることで覚えないといけないことが増えてしまうからだと他ならぬ本人から聞いている。未だにクラスメイトの名前も担任の名前もろくに覚えていないとぶっちゃけられたときには、ボーダーじゃなかったらこいつ生きていけないのではないかと三雲は本気で心配した。

「ってそうじゃない。今日はちょっと話があるんだ、国常」

「はい?」

「ぼくはボーダーのC級隊員だってことを誰にも明かしてないんだ。だから学校でぼくに話しかけるときは、先に連絡くれないか?いや、勘違いしないでほしいんだけど、国常はボーダーだって隠しもしてないし、B級隊員だってみんな知ってるし、活躍しているのはしっているだろ?だからさ、全然接点がないはずのぼくと国常が仲がいいってバレたら、バレてしまうというか」

国常に気を遣うだけ無駄だと知っているのに、やっぱり気を遣って言葉を探してしまう三雲である。言いつくろおうとしている様子を眺めていた国常から特に嫌悪は浮かばない。いつもの無表情である。わかりました、とうなずいた国常は携帯を出す。連絡先を交換した三雲はすべての個人情報が掲載されていることに気づいて思わず国常を見る。覚えないといけないことは極力少なくしたいといつもこいつは言っている。いくらなんでもうかつすぎる。そういいかけたが、画面を差し出されて面食らう。電話帳アプリの三雲の画面である。よくチームに編入させられているA級隊員の名前がすぐ上にあった。どうやら彼らを持ってしてもこいつにネットリテラシーを教えることは無理だったようだ。

「あの、なんて読むんですか?シュウ?」

三雲は目眩がした。それ以前の問題だったようだ。

「三雲、三雲修!ぼくはミクモオサムだ!!いい加減にしろ、この脳筋!もう2ヶ月経つんだぞ、いい加減人の名前くらい覚えろっ!!」


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