弁当は宵から(三雲隊)

きっかけはたしか健康診断だった。年に1度行われる健康診断で中学生にあるまじき数値をたたき出してしまった。総務課に呼び出された国常は、そこで洗いざらい食生活や学校生活についてはかされたのである。そして書類上の後見人となっているはずの保護者が放任状態であること。実際は立ち入り禁止区域近くにあるボロのアパートに1人放り込まれ、実質一人暮らしを強要されていること。毎月一定の金額が振り込まれる通帳でやりくりするよう言われ、その通りにしているだけだということ。実質育ち盛りなはずの中学生の栄養を担っているのが給食だけだということ。


あまりにもあんまりな現実をしった総務課は、ただちにしかるべき機関に通報した。学校や近隣住民を巻き込み、児童虐待という名目で保護者から国常の親権を取り上げた。人間らしい生活ができるよう取りはからった。。その結果、国常にとってはいつでもネイバーを討伐できる格好のエリアを取り上げられた。安全区域という戦場から最も遠いところから通う羽目になってしまった。食堂つきのアパートであり、ボーダーたちが多く住んでいる。家賃を多く引かれるがそのぶん朝と晩は間違いなくご飯にありつける。しかも格安でバランスがとれた食事がとれる。男子のみという制限がつくものの、こういった事情で放り込まれた国常に大家はひどく同情的であり、なにかと気にかけてくれていた。もともと学校、家、本部しか行き来しない子供である。帰って寝るだけの家がご飯を食べるところにもなった。


この間の大規模侵略の影響で給食センター敷地内が破壊されてしまった。運搬業務に支障が出るという関係で数ヶ月間給食が停止となってしまったと知るや、大家のおばあちゃんはそれはもう同情した。家庭の事情で弁当を用意できない子供もたくさんいるアパートである。毎回お金はとるけれどそこいらのスーパーよりはよっぽどおいしいものを食べさせてあげるからと押し切られ、国常も例に漏れずその日からお弁当となった。


大規模侵略、そして三雲の記者会見、一連の出来事は彼を一気に有名人に押し上げた。国常がわざわざ携帯で連絡をいれなくてもよくなった。互いに互いのことを聞かれることが多すぎて、接触を意図的に断っていたかつてのやり方はかえって不自然になってしまった。


一人淡々とお弁当を食べている国常を教室から連れ出すのが三雲の仕事になったのはいつからだろうか。ちょっと思い出せない。空閑に1ヶ月目だといわれてようやく思い出す。そんなにたつのか、お弁当生活。


ほっとくとすぐにとんでもない事件を起こすのは空閑と同じだが、方向性が違う。空閑はこちらの知識が欠如していることによる問題行動だが、国常はまわりに興味がないが故の無関心さから来る問題行動だ。後者はどこまでも機械的だ。ボーダーに対するさまざまな感情をぶつけるときに口論以外のものが伴うと敵対行為と見なして制圧にかかる。空閑は人間らしい感情からくるが、国常は相手がなにを言っているのかは換算しない。ただ機械的に手が出た瞬間に制圧にかかる。さすがにちょっかいかけてくるだけなら何も言わないが、悪意を伴うと容赦がない。たいてい三雲にどうしようというヘルプが飛んでくる。国常が三雲に一目置いているという事実は本人があっぴろげに話すモノだから拡散情報はあっというまに広がってしまった。もういちいち1年教室までいくのが面倒になってきたのだ。それならはじめから連れてきた方がはやい。


つれてきたからといって国常はしゃべったりはしない。応じはするが、基本的にはたんたんとご飯を食べて、そのあとは端末でネイバーについての情報収集をしている。どんなにおいしくても無表情なものだから感情があるのかないのか非常に怪しいところだ、味覚が死んでいるのかもしれない。


「そのわりにおいしそうな弁当だよな」


興味津々でのぞきこまれ、言ったのが冒頭の台詞というわけである。


「本部が隊員の私生活にそこまで介入するってなかなかないぞ。どんだけひどい生活送ってたんだよ、国常」

「今の生活の方が自分は不自由です」

「それ絶対お前だけだよ」

「たしかに」

「国常くん、たいへんだったんだね」

「それ違うからな?」

「え?」


参考までに総務部から総つっこみを食らった食生活を聞いたら、カロリーメイトとサプリときた。どこのダイエット中の女の子だ。しかもリバウンド一直線、病気になるやり方じゃないか。ため息しか出てこない。そりゃそうだ、どこまでも頭の中が闘いでいっぱいの国常は、闘いを維持するためにはどうしたらいいかが欠如している。刹那的というか、使い捨ての発想だ。そういった地獄のような環境にいたからだろうと憶測できるが国常は黙して語らない。全貌は監査が入っているためなにもいえないとどっかの公的機関みたいなことをいうのだ。ほんとうに国常と話しているとロボットを相手しているような気分になってくる。


「それにしても国常すごかったな」

「はい?」

「みたぞー、表彰式で。すごかったな」

「自分は目の前の敵を排除していただけですから」

「あそこまで連携捨ててる作戦ははじめてみた」


三雲は苦笑いだ。国常がA級に絶対上がれない理由が集約されたような作戦だった。国常は敵の前にがんがん出てかたっぱしから砂に変える。ひたすら暴れ回り、ネイバーの援軍を呼ぶ。後ろでB級部隊のうち狙撃を得意とする隊員たちが打ち落とす。あとは国常がサイドエフェクトを発動させてトリオンをすべて吸収して自己強化、さらに暴れる、のエンドレスだったと聞いている。あの規格外のシールドを突破できるやつは国常の担当したエリアにはいなかったようだ。触れないなら原型をとどめなくなるまで粉砕し、その能力を無効にしてから吸収する。ほんとうにむちゃくちゃである。動く的とは言えて妙だ。そのわりに怪我すらないのはトリオンをずっと維持し続けた証でもある。恐ろしい話だ。


「ねえ、国常君」

「はい、なんでしょうか」

「国常君は他のポジションに興味はないの?」

「今のところはありません、必要になれば一考しますがいまはいいかと」

「狂戦士が遠距離攻撃覚えちゃ駄目だ」

「あはは」


国常のサイドエフェクトはトリオンを取り込むのだ。隊員だろうがネイバーだろうがトリオンを媒体としている以上すべては同じ。怖じけづいて逃げだそうとした隊員に、敵前逃亡は裏切りと見なして攻撃対象とするなんてとんでもない爆弾を投下したせいで、彼のいたフィールドは無駄な緊張感に包まれていたらしい。恐ろしい話である。


食べ終わった国常が弁当箱をしまおうとすると、なにかが落ちてきた。


「お?」

「あ、おいしそう」

「食べますか?」

「え、いいの?」

「はい、三輪隊長から貰ったものですが、なかなか減らないので」

「プリンだよな、それ」

「減らないってどんだけ」

「朝の訓練終わりに貰いました」

「ちょっとまて、学校来る前に訓練してきたのかよ国常」

「はい、そうですが」

「いやいやいや」

「中学生は残念ながら夜間訓練はできません。朝はアルバイトとして認められる場合もあると聞いたので申請したら通りました」

「え、ほんと?」

「はい」

「それ絶対総務課が規則変える流れだよな、これ」

「そうだな、さすがにとち狂ったこと考える中学生なんていなかっただろ」

「それはこまります。ここのところシフトが空白だらけで困っているんです」

「いいかげんにしないとそのうち倒れるぞ、ワーカーホリック」

「倒れたらそれまでだったのでは?」

「はー、なんでそうなるかな。国常、プリン食べて頭に糖分とったほうがいいぞー」


疑問符がとんでいく国常に三雲はため息をついた。本部の監視下に置かれるぞととか下手なこというと、きっとこの馬鹿は鍛錬する時間が延びるととんちんかんなことをいうに決まっている。どうしたらもうちょっとましになるんだろうか。考えてみるがさっぱりわからなかった。


「なんでプリン?」

「大家さんがいつも出してくるんです、プリン」

「国常のときだけか?」

「いえ、デザートはいつもこれです。自分がおいしそうに食べるからだって聞いてます」

「え、好きなの、プリン?じゃあだめ、もらえないよ」

「自分はべつに好きでも嫌いでもないんですが」

「それ国常が思ってるだけで好きなんじゃない?」

「そうでしょうか」

「自分の好みすら他のやつが把握してるってどうなんだ、それ」

「そっか、じゃあ甘い物好きなんだね、国常君」

「ほほー、じゃあ国常の好きなモノ、嫌いなモノ、調べてみるかー?そしたらもうちょっとおいしそうに食べるだろ、たぶん」

「その前に口角を上げる練習をするのが先だろ」

「ひふほさん、ひゃひふるっっへふ」


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