知恵ない悪霊に知恵をつける(嵐山)

.嵐山隊について
「あれ、国常君ボーダーなのに知らないの?」

不思議そうに訪ねてくるクラスメイトに、この人たちだよ?とスマホの動画アプリを見せられる。どうやらボーダーが撮影協力を行ったテレビの放送時間改編時期の特別番組のようだ。そこには広報を担当しているのか、よくメディアに顔を出すというA級部隊の名前とポジション、そしてインタビューや再現VTRなどが流されている。

「ああ、嵐山部隊の皆さんですか。こちらはまだB級なので、A級の部隊の方々とご一緒する機会はまだ少ないです。嵐山隊長以外はまだお会いしたことはありません」

「えっ、そうなの?でもA級部隊の人と任務することもあるっていわなかった?」

「嵐山部隊の皆様はこういった部門の仕事も兼ねてらっしゃいますし、知名度がある分一般市民の方の誘導等に当てられることが多いんです。自分はネイバーの討伐に当てられることが多いので、なかなか調整ができないのかもしれません」

「そっかあ。たしかにインタビューで言ってた仕事と、国常君が言ってる仕事どっちもやらなきゃいけないなら、とっても忙しいよね」

あわよくばサインとか、と切り出したかったのだろうクラスメイトは、あからさまに落胆してみせた。

「そう言ったことは総務に話を通してみてはどうでしょうか?」

「うーん、ネットで見たんだけど、あんまりそういうのやってないみたい」

「そうですか」

「うん・・・・・・あ、そうだ!嵐山隊長とあったことあるっていってたよね、いつ?」

「入隊試験のとき、身体測定をするときの立ち会いをされてました。あとはC級隊員として戦闘に関する訓練の試験官をされていたと記憶しています。1対1でご指導いただきました。嵐山隊長は接近戦における屈指の実力者ですから、とても勉強になりました」

「へー、そうなんだ!ねえねえ、具体的にはどんな感じなの?」

「そうですね、ボーダーにはいくつかネイバーに対する武器があることはご存じでしょうか」

「うん、この番組で嵐山隊長がいってるやつだよね?」

「はい、そのなかでも・・・」

思いの外食いついてくるクラスメイトに少々驚きつつ、国常は覚えているかぎりの嵐山隊長について語る。どういった立ち回りをしたか、どういったところがすごいのか。戦術などの難しい話にはなってしまうものの、国常が嵐山隊長との訓練について純粋に数値化された客観的な戦力差からくる圧倒的な差だけははっきりとわかる。なにをいっているのか正直よくわからないが、なんとなくではあるけれどもすごいんだという話を聞けたクラスメイトはうれしそうだ。他には、と食い下がってくるクラスメイトに、国常は訓練場で収集しているログを見たときの感想について話を広げ始める。クラスメイトは嵐山隊長にしか興味がないのか、反応してくるところが顕著になるため、自然と彼の活躍するところをひたすら羅列し、わかりやすくかみ砕くことになっていく。どんなに話を振っても、滅多に聞くことができない憧れのボーダーの情報とあって聞く側は真剣そのものだし、物怖じせずがんがん話を聞いてくる。個人的な情報は国常が興味がないことと機密という言葉で封殺すれば話題はそれることはなかった。

「もうこんな時間だ−、国常君放課後はやっぱりボーダーの仕事なんだよね?」

「ええ、そうですね」

「そっかあ、なんかまだまだ聞けそうなことある感じだよね?」

「嵐山隊長でしょうか?戦闘訓練のログでよければ今日見直して纏めてきますが」

「ほんとに!?ありがとう!じゃあじゃあ、今度の月曜日聞かせてくれる?!」

「かまいませんよ」

「わかった!楽しみにしてるね!じゃあね、いってらっしゃい!」

「ええ、これで失礼します」

ぶんぶん手を振り回すクラスメイトは笑顔で国常を送り出す。今日、ボーダーについて語るインターネット上の掲示板や個人ブログ、そしてまとめサイトといった各地でやけに嵐山隊、とりわけ嵐山隊長についての話題が膨大な数にふくれあがり、検索をかけるとボーダーと打ち込むだけで嵐山隊長の名前が一番最初になるまでに至ることなど国常は知らない。昨日の特番の想像以上の効果に総務部が驚きつつも、そこに便乗してボーダー関係者の誰かが嵐山隊について機密に引っかからない程度の情報を書き込んで、それがあっという間に拡散されたのだろうと憶測されたのは別の話である。もちろん身に覚えのない彼らは戸惑うしかないのだった。





総務部に行ってみるが次のネイバー討伐までの隊員同士の調整が終わらないから待ってくれとまた追い出されてしまった国常は、仕方なく訓練場に向かう。クラスメイトからの依頼を消化するついでに嵐山隊員の対戦ログについて、このブースに設置されている機械の記録を片っ端からダウンロードして一度精査しようと考えたのだ。闇雲に訓練を重ねるよりは一流を見てからの方が成長が早いことは訓練生時代からたたき込まされてきた。当然のようにログを漁り、一番最古の記録までさかのぼり、そこから嵐山という名前があるものを片っ端からコピーと保存を繰り返していく。単純な作業だが嵐山隊長が入隊した時期からとなればそれはもう膨大な数となる。さすがにそこまでくると長期保存に値する振るいにかけられた良質なものしか古いデータは残っていないようだ。淡々とダウンロードを続けた国常は、クラスメイトに対する説明は数週間に及ぶかもしれないとぼんやり思う。さすがにそれは手間だ。良質なものだけ抜き出して、そこを考察と検証を重ねた上で伝える必要がある。これは夜通しの作業になるかもしれない。

国常の予測はだいたい当たるのだ。金曜日の放課後はログの収集と閲覧した上での取捨選択でつぶれた。土曜日は分類分けして、ひたすらコマ送りを繰り返し、国常なりに纏め、時代背景の違いから仕様が違ったりすると技術部に質問に行くなどして補完を繰り返す。それだけでおわる。二日続けて夜通しの作業だったが、国常は気にする様子もなく、一般隊員に開放されているパソコン室で淡々と作業に追われていた。

金曜日、土曜日、日曜日、毎日のように顔を出すパソコン室。国常がトップの隊員たちの対戦ログを確認して、ひたすらデータからいろんなことをしているのは誰もが知るところだったので対して気にする人間はいなかった。ただ、なんというか、特定の時期に絞り込んで行われた訓練ログの書き起こし作業が中心だった分、通りすがりにのぞき込んだらいつも嵐山隊長の画面となればちょっと思うところがあったのかもしれない。

国常は全然意識していなかったが、またやってるよ、という言葉がパソコン室で学校からの宿題や時間つぶしのゲームや動画閲覧をしている隊員たちから聞こえることになる程度には目立っていた。特定の隊員についてひたすら研究するにしては少々異様に映ったのかもしれない。朝鍵が開いて閉まるまでずっといるのだ。いい加減食堂に行けと管理役の職員から追い出されないとずっとパソコンの前で作業に没頭している。パソコン室が閉まると訓練場で新しいログがないか漁るの繰り返しである。

ようやく納得いく資料ができあがり、外部に持ち出していいラインかどうか、総務部に提出した国常は朱で線を引かれたところを削除することで許可を得た。あとはボーダーが管理する個人IDからクラウド管理するアプリにすべてぶちこんで終了だ。端末はこれを使えと貸し出されたスマホを鞄にいれる。どうやら総務部は国常がクラスメイトからの質問に答えるためだけにここまでの資料作成に走ったとは思っていないようだった。紙面の持ち出しは禁止だと言われたのでシュレッダーにかけようとしたとき、声をかけられた。

「それが噂の研究資料なのか?俺にも見せてくれよ」

国常は反射的に姿勢を正し、挨拶をする。そこには嵐山隊長本人がいた。さすがに国常も面食らう。どうやら任務の関係でこちらに赴いていたら国常を見つけ、応対したのが先ほど国常に外部に持ち出していいか判断してくれた職員だったから話題が伝わったようだ。

「いいよ、いいよ、そんな堅くならないでくれ。たんに興味があったから声かけただけなんだ」

「わかりました」

「しかし、久しぶりだな、国常。C級の訓練以来か?」

「はい、B級に昇格してからは一度もお会いする機会はなかったと記憶してします」

「そっか、もうそんなにたつのか」

「はい」

「なのに、か」

「はい?」

「俺の対戦ログ、国常にとってそれだけの価値があるってことだよな」

「はい、とても勉強になりました。自分はアタッカー一辺倒の訓練しかしてこなかったので、オールラウンダー特有の流れはとても参考になりました。ありがとうございます」

「じゃあ、さっそくだけど見せてもらっていいか?」

「はい」

うなずいた国常はあっさりと資料を渡してくる。ざっと目を通した嵐山は思わず吹き出した。不思議そうに首をかしげる国常に、嵐山は笑う。

「俺の新人時代のログまで漁ったのか、お前。これ、俺の戦闘スタイルの変遷見てる気分になってくるんだけど。普通に恥ずかしいな」

「そうでしょうか、自分にはとても参考になりました」

「真面目に返すのやめてくれ、なんていっていいかわかんないだろ。褒めるなよ」

「はあ」

「そんなに気になるなら、一度、見てみるか?」

「いいのですか?」

「記録で見るより実際に見た方が早いだろ。ちょうど他の部隊と共同訓練する予定なんだ。国常は聞いてないのか?」

「いえ、自分はまだ調整中だとしか聞いていません」

「そっか、今日は部隊同士の対戦がメインっぽいな。個人戦は今度か。なら今から来いよ、いいものがみれるぞ」

「嵐山隊も出られるのですか?」

「ああ、応援してくれよ」

「わかりました」

こくりとうなずいた国常に、嵐山はどこか上機嫌に頭をなでた。よくわからないままされるがままだった国常は、その対戦相手が三輪隊だとしるのはまだ先のことである。促されるがままついていく国常は、シフトが重ならないか総務部に掛け合ってやるよといわれ、目の色がかわる。ここのところずっとシフト表がもらえない日々が続いていた国常にとっては久しぶりの実戦になるかもしれないのだ。あまりの食いつきぶりにいたく上機嫌な嵐山は今日は負けられないなといつになくやる気に満ちていた。

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