「ねえ、和波君」
「はい?」
チャイムが鳴り、和波にメールを送った遊作はどこにいるのか視線だけで探していた。和波と遊作はデュエル部を通じて仲良くなったクラスメイト以外の何物でもなく、playmakerと協力者としての側面は絶対にバレてはいけないのである。女子生徒に話しかけられている様子を見て、それが終わるのを待った。
「ちょっといいかな」
「はい、なんでしょうか?」
「ここじゃちょっと……」
「ああ、はい、わかりました。じゃあ、どうしましょう?ここのあたりって空き教室あったかな」
「うん、ごめんね、すぐおわるから」
「いいですよ、じゃあいきましょうか」
「うん」
和波は彼女に連れられてどこかにいってしまう。
(あーあ、いっちったな)
「うるさい黙れ」
(いかないのか?)
「待ってる」
(え、まじ?)
「それよりさっきの女子生徒を調べろ」
(へいへい)
葵についての情報を探るときに、ここの高校のサーバにハッキングを仕掛けたことがある。そのとき得た様々な個人情報を閲覧し、アイはさっきの女子生徒のデータを引っ張り出してくる。
(えー、playmakerサマともあろうお方がもう学校始まって2ヶ月以上たつのにクラスメイトの名前くらい覚えてないのー?)
「ここのところ不自然な動きはないか?島の前例もある」
(あー、はいはい、そういうことにしといてやるよ)
「どういう意味だ」
(またまたー)
にやにや笑いながらアイはタブレットに情報を提示した。
(総合パーツ的には上の下、つまり普通だな)
「そんなことはどうでもいい」
(調べた限り不自然な点は……あ)
「あるのか」
(あー……あるっちゃあるけど、えー、これは……)
「おい、あるのかないのかどっちだ」
(んー、これは白だな)
「どういう意味だ」
(さっきの流れとこの行動から察するにこれはあれだ、和波に春が来るかもしれない)
「………ああ、そういうことか」
(あり、なんでそんな不機嫌になるんだよ、playmakerサマ。あ、先超されたのが悔しいってかんじ?)
「違う」
(なーんだ、そんなことにうつつを抜かすなんてってやつかよ。つまんなーい)
同期している和波のデュエルディスクのデータを閲覧しつつ、遊作はその動向を見守る。今、二人は近くの空き教室にいるようだ。さすがに電子端末までハッキングする気にはなれない。それなりに時間がかかりそうだとふんだ遊作はタブレットを広げる。いつもはホットドック屋がある公園などでやっていることだ。本日の途中離脱によって発生した授業の穴埋めである。律儀に授業が終わるたびにデータを送ってくれる和波のノートデータを見比べながら、自分なりに纏め始めた。
「ありがとう、和波君」
「ううん、僕の方こそ。これからよろしくお願いします」
「うん、ありがと」
どうやら解決したようで少女はうれしそうだ。
(おっとお、これはもしかしてもしかするのか?)
遊作は無意識に眉がよる。
「そういえば和波君」
「はい?」
「あのね、藤木君、よくホットドック屋さんにいるの見かけるんだけど、和波君知ってる?」
「え?あ、はい、もちろん。よく来ますよ、藤木君」
「そっか。ねえ、話聞けたりしないかな」
その発言にアイはおいおいおいと目を丸くする。
(彼氏ができたってのに、彼氏の目の前で別の男の話するかふつー?しかも中継ぎを彼氏に頼むとかなに、まさか遊作目当てか?あーほらもう、和波困ってるじゃねーか。でも答えちゃうんだ、やっさしー。俺ならぜってーねえわ)
無意識に耳をそばだてていた遊作は、がまんできなくなりそっちを見る。和波が悲しげな目をする姿を目撃した。いいたくてもいいだせない、そんな一瞬の迷いのあと、ちょっと困ったように笑いながら話をしはじめる。少女はよろしくねと笑って去って行く。なぜかわき上がる切ない胸の痛みに困惑しつつ、遊作はタブレットをしまう。
「あ、藤木君、どうしたんですか?」
「お前を待ってた。さっきどっかいってただろ、もういいのか?」
「あ、はい、大丈夫です。草薙さんのところ、今からいきますか?」
「ああ」
「じゃあ僕も準備しますね」
いつものように帰り支度を始めた和波は、先に階段を降りていく遊作を追いかけた。
「そうだ、藤木君。今度の昼休み、開いてます?」
「昼休み?」
「はい、佐藤さんが藤木君とお話ししたいそうです」
「佐藤?」
「はい、よかったら時間とってくれませんか?」
(あのさあ、和波。お前お人好しってよくいわれない?俺が言うのも何だけど、お前へんじゃね?)
「あ、あはは、たしかにお節介かなあとは思います。でも佐藤さんの気持ち考えたらほっとけなくて」
「……悪いが明日はリンクヴレインズに行く予定がある」
(……えっ?)
「あ、そうなんですか?わかりました」
ちょっとほっとした和波の笑顔をみると複雑な気分になる。
その日から先ほどの女子生徒はホットドック屋によく現れるようになった。
(彼氏の売り上げに貢献か、なかなかいい心がけじゃん)
「いちいち話しかけるのはどうかと思うが」
和波君、と真っ先に話しかける女子生徒に、和波は決まって笑顔で応じる。今日のおすすめメニューだったり、学校での出来事だったり、たわいもない話ではあるが、暇をしているときを狙って話しかける気遣いが垣間見える。
「お、和波君の友達か?」
そんな調子で草薙が応じると、よりいっそう彼らの会話は華やかになった。遊作もいけばいいのに、とアイは思うが遊作は遠くからみているだけで絶対に近づこうとはしなかった。そして彼女が来れば来るほど遊作の脚は遠のき、閉店になるまでこないこともしばしばだ。
「どうしたんですか、藤木君。さいきんホットドック屋にこないですけど、なにかありました?僕にできることなにかありませんか?」
「いや、なんでもない。アイのプログラムの解析が行き詰まってるだけだ」
「そうですか。どうしても難しいようなら、またHALと一緒にお手伝いしますよ」
「ああ、そのときは頼む」
こうしたメールは何度もしているが、自然と遊作は和波を避けるようになった。playmakerとしての活動にログインするのも自宅からが多くなる。
「最近こないけど忙しいのか、遊作?大丈夫か?」
「ああ、ちょっと宿題が終わらないだけだ」
「あー、ここんとこplaymakerの活動多かったもんな。無理だけはするなよ」
「わかってる」
「あー・・・…もしかして気を遣ってんのか?最近和波君の友達がよく来てるから」
「いや、そうじゃない。そいつが言ってたんだ。よくホットドック屋にいるのを見かけるって。アルバイトでもないのに入り浸るのはちょっとひかえようと思って」
「あー、なるほどね。なら遊作、やっぱバイトしようぜ、バイト」
「俺が?」
「そうだよ」
「……やだ」
「またそういうこという。仕方ねえなあ。ちょっと考えとけよ」
そして、適当に時間をつぶし閉店間際のホットドック屋にきた遊作は、彼女がまだいることに気づいた。思わず隠れる。女子生徒は意を決したようにカウンター越しに片付けている草薙に話しかけた。驚いたように目を丸くした草薙だったが、そのうち申し訳なさそうな顔をしてなにかかえしているのが見える。少女はちょっと残念そうな顔をして、ぺこりとお辞儀をして去って行った。
(まさかマジで別の男にも迫るとはなー)
アイの言葉にさすがに我慢できなくなった遊作はホットドック屋にいった。
「和波」
「あ、こんばんは、藤木君」
「ちょっと話があるんだ、いいか?」
「はい、なんでしょう?」
首をかしげる和波を連れ出した。
「佐藤とは別れたほうがよくないか」
「え?」
「見てたんだろ、草薙さんに告白するところ。和波、困った顔してたぞ。そういうのはよくない」
「……え、あの、ほんと突然どうしたんですか、藤木君。全然話がみえないんですけど」
困惑気味な和波に遊作はこのあたりについて説明する。
「勘違いさせたみたいですね、ごめんなさい、その、佐藤さんは草薙さん目当てでして」
「は?」
「いきなりは言いにくいから、協力してくれって僕言われたんですよ」
「……」
遊作は赤くなる自分を自覚した。
「じゃあ、困ってたのは?」
「……もしかして、見てました?」
「聞こえてた」
「えっと、その、佐藤さん、藤木君にも手伝ってもらえないか聞いてくれっていうので、さすがにそれはって言ったんです」
今までぼんやりとした痛みが散見していく。
「断られちゃったみたいですね」
「そうみたいだな」
「はい」
「ところで、なんであのとき寂しそうな顔してたんだ?」
「え!?あ、いや、その、結構佐藤さんかわいいから藤木君好きじゃないかなあって、あはは」
「なあ、ちょっと話があるんだけど」
「はい!?今度はなんですか?」
内緒話みたいにささやかれ、赤面した顔でうなずかれるのはまた別の話だ。