Aの独白(夢要素なし)
実は仲睦まじい兄弟だった訳ではない。デュエルを始めたのは俺の方だったが、才能は間違いなく弟の方が上だった。小学生大会の常連になれば弟中心の生活になる。不満がたまるのが嫌で嫉妬してるとは思われたくなくて、俺は卒業と同時に家を出た。


「××がいなくなった!」


俺の生活は激変した。


俺の弟は謎の組織に誘拐されて、半年間監禁されたあげく、廃人の状態で解放された。


 それまで、俺は日常的に起こる出来事として重大な事件や事故についてテレビや新聞等で、その内容を知るだけだった。実際に自分が被害者家族という立場になるまで、被害者の置かれている状況や向き合っている現実がこんなに厳しいものとは想像もできなかった。


 弟は10年前、デュエルモンスターズのジュニア部門の大会が終わり自転車に乗って帰宅中、路上において突然知らない男たちに車に押し込められ、誘拐された。犯行声明も目的の電話もなく途方にくれた俺たち家族は、チラシ配りやポスター配布、警察に協力するなどして必死で探した。半年後、警察に保護された弟は半年に及ぶ電撃による体罰やデュエルの敗北による衣食住の悪化の悪循環により精神的肉体的障害に見舞われ、未だに普通の生活ができない状態だ。体の傷は全治一年をゆうに超える長期に及ぶものだった。


 事件から半年後、警察から被害者家族に報復と思われる障害事件があったことを聞かされた。誘拐犯が大規模であるため証人保護プログラムを受けないかと相談があった。俺たち家族は弟と俺たち自身、そして周りの人々の安全を考えてその提案に乗った。今までの人生が公的にも私的にもなかったことになり、新しい生活が始まった。あとは犯人が捕まり真相が明らかになれば弟も少しは回復に向かうんじゃないだろうか。そんな期待は潰えた。


なんでちゃんと見なかったと見当はずれな批判に晒されたり同情されたりした。それが嫌で外に出るのは俺ばかりになった。弟を心配することで注目されるのが好きだった。両親は嫌がっていたが。


俺は真相究明にやっきになったが両親は弟の世話に懸命になり世間から孤立していった。俺に全部任せるようになってた。向き合いたくなかったんだ、お互いに。


そのうち被害者家族に危害が加わる報復事件があり、みんな今までの人生を捨てて政府が用意した環境で生活しはじめた。金ももらってる。そして両親と俺の溝は深まった。両親はロスト事件の泣き寝入りを俺に告げてきた。裏切りだ。弟はまだ闇の中にいるのに。うらやましくもあった。ああこの人たちは最後まで逃げるのか。


外的な圧力があったと聞いた。本来なら警察の威信をかけて行われるはずの捜査本部はある時を境に規模が縮小され、今はもはや未解決のファイルに保存されているだけだ。当時解決に尽力してくれた良心的な警察が土下座にきた。私的に調査するといってくれたが数ヶ月後に突然失踪して海で死体で発見された。


俺は愕然とした。身勝手だ。身勝手すぎる。何人の命を犠牲にしても法に裁かれない存在があっていいのか!愕然とするとともに、込み上げる怒りから震えが止まらなかった。今はだいぶ落ち着いてきたが、ふとした拍子にぶり返すことがある。発生当初から犯人が捕まらない今に至るまで、「弟が生きていればそれでいい」という思いと「何故、どうして、俺の弟が?」という答えの出ない疑問、そして「俺が迎えに行かなかったから、あの時こうだったから。被害に遭ったのだ」という自責の念を繰り返してしまう。


 まだ近くに犯人が潜んでいるかもしれないという恐怖に苛まれた時期もある。10年たとうが20年たとうが弟はまだ現実と妄想の区別がつかず未だに事件の中にいるのだと苦しんでいる。リビングに布団を並べ川の字になって弟と眠り、被害に遭っていない家族は必ず自分が守らなければならないという強い使命感が沸き上がったこともある。


 事件後手に入れた新しい生活の中で家族の安全を守るためには、俺自身が迎えをしたいと考えた。当時は、自動車の運転免許を持ってなかったから自動車学校に通いながら、弟の看病へと両親と向かう日々は、精神的にも肉体的にもボロボロの状態だった。


 一番近くにいる家族でありながら、それぞれに抱える悩みや思いを推し量ることができず、ストレートにそれぞれの気持ちをぶつけ合い過ぎてしまい、一時は家族の気持ちがバラバラになり、孤立するような状態にも陥いった。それぞれが家族を思っていたはずなのに、家族全員が事件のことで傷つき、もがき苦しみ、「わかってもらえない」という気持ちが交錯した。耐えられなくなった俺は家を出た。


互い違いになった家族間の絆が再び1本になり、それぞれの立場で抱える傷や思いを理解しあえるようになるには、まだまだ時間が必要だ。一番近い家族を最も遠くに感じる辛い時期でもあるが、今の俺にはどうしようもない。


 なにもかもが辛かった。たとえば回覧板で近所の催しものが事件により中止となったと回って来たとき。中止を知らせる文書を見て、俺達のせいで中止になったと責められているように感じると母親は泣いた。記憶から消す努力をしているのにと、当時は追い打ちを掛けられるような気持ちになった。
励ましてくれた近所の声もあった。優しく声を掛けてくれたこともある。今は断ち切られた繋がりだが当時の俺は助けられた。
 

 事件後に俺たち被害者が受けた支援については最初は警察によるものだった。担当の警察官から、病院の付き添いを受けたほか、今後の刑事手続、捜査の進捗状況、犯罪被害給付制度や、その他生活について様々な情報をもらった。また、その警察官に家族が心療内科を受診したいとの相談をしたところ、民間被害者支援団体を紹介してもらった。そのカウンセリング相談等の支援を受け、誰にも打ち明けられない心の葛藤を聞いてもらい、心の冷静さを保つことができた。


 そして、自治体には公的な保障等を調べてもらい、自分達だけでは知り得ない多くの情報をもらった。


 家族間や自己の精神面においては、第三者の介入や支援を望まないようなデリケートな場合もある。だが経済面や社会面においては自己の努力では限界があり、他者、地域、社会全体の支援がなければ、元の生活を取り戻すことが厳しい現状が横たわっていた。
 何の面識もない犯人により傷つけられた被害者は、犯人が捕まるまで誰かもわからない人との関係を疑われ、心ないうわさに傷つき、落ち度があったのではないのかと揶揄されることもあった。


 他にも医療費はもちろん、看護にかかる経済的な負担、時間的拘束など表面には出ない様々な負担を強いられる。


 被害者本人である弟は、身体の体調不良は全快には至っておらず、精神的な症状から回復する気配はない。両親も事件による心労から現在も通院を余儀なくされており、俺達は事件に遭ったあの日から現在もまだ戦いが続いている。


 被害者である弟にとって、何より辛いのはもう二度と戻らない貴重な青年期の時間を奪われつづけていることだ。当時者である俺は事件後も、様々な場面で犯罪被害に遭ったことを背負って生きていかなければならない。


 両親は日常会話等から時折感じる弟の痛みを少しでも推し量り、ただ側で支えることしかできない。弟の拠り所としていつも見守っていきたいと泣き寝入りを宣言されたとき、これは俺だけにしかできないことだと言われた気がした。
 

俺は自治体から個人情報を抜き出すことにした。初めてのハッキングだ。担当者にあうフリをしてアクセスできる人間を確認し、あらゆる手段で生活サイクルや癖を把握。セキュリティがガバガバな友人を探し出し、家庭用パソコンがウィルスに感染させる。あとは成り済ましでメールを送り、担当者の端末をハッキング。遠隔操作をした。あとはSNSなどのパスワードの法則などから憶測しようとしたがどうしてもわからない。清掃員として潜り込み、ゴミ漁りをしてパスワードなどを入手した。そしてハッキング、情報を抜き出した。俺は被害者から話を聞きたかった。


そして俺は唯一まともに話を聞けそうな被害者である藤木遊作と出会うことになる。


「俺も同じ、です。草薙さん。未だに悪夢をよく見るし、デュエルをするのが怖い。一生懸命忘れようとしたけどダメなんだ。ロスト事件がなんだったのかわからないと俺は前に進めない。アンタの弟のように」

「俺は真実が知りたいんだ。そうすれば少なくても弟は二度目はない、二度とない、連れ戻されて報復を受けなくていいって安心できるはずなんだ。犯人が捕まれば一番いいんだがまずは調べないことにはなにも始まらないからな」

「そうだな」

「今日からお前は俺の共犯者だ、遊作。よろしくな」

「ああ」


それから。

首謀者の鴻上博士が死んだとわかったとき安心したのは、二度目は二度とないと弟に報告できると思ったからなのは間違いない。両親に電話した俺はなにも聞かないでいてくれたことに感謝した。両親も同じなのだ、結局のところ。遠くから母親の嗚咽が聞こえる中、俺は一度弟に会いに行くことを告げた。途中報告だが弟にはどうしても直接伝えたかった。これからどうするかは後で考えよう。首謀者や関係者が死亡、行方不明となれば真相がわかるやつは誰もいないことになる。八方塞がりながら安心している俺がいた。今なら両親とまともな会話が出来そうな気がしたのだ。

しばらくホットドック屋を休むと遊作に連絡を入れると、遊作はしばし黙り込んだあと口を開いた。


「次はいつ行けばいい?」


どうやら俺が降りるというのが不安だったようだ。


「季節はずれちまったけど海行こうか、海」

「は?」


間抜けな顔が浮かぶようで俺は笑ってしまった。


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