憑依學園剣風帖43


「みんなに案内したいところがアリマースッ」

アランがそういって案内してくれたのは、江戸川大橋だった。

「キドーシューの奴らはいつも、この真下から現れマース。忍びはホントにクレイジーネッ」

そういって案内しようとしたアランの真横をクラクションを全開にした車が横滑りになって飛び込んでくる。私たちはあわてて逃げ出した。轟音がした。壁に激突して黒煙を上げているひしゃげた車からなにかが走り去っていく。

「あいつら......ボクが邪魔するからッて、とうとう車を直接襲い始めたようデースッ」

私たちはあわてて車の中を覗きこんでみた。死後硬直が始まり始めた手があった。だらだらと血がしたたりおちている。

「追いかけるぞ!」

緋勇の言葉につられて私達は走り出す。あの人影は、間違いなく《鬼道衆》のものだった。追いつきそうな距離ではないが、見失うほど人外の速度でもない。なんとか影が消えたあたりをのぞいてみると、土手沿いに積み上げられた岩に人1人がやっと通れそうな程の隙間があった。

「アランがいってたのってここか?」

「そうデース」

「結構広そうだな、奥が見えない」

「やっぱあれかァ?こないだみたいに地下に洞窟が広がってて、結界を破るための儀式の祭壇とやべーやつ召喚する《門》が?」

「そうだろうな。よし、とりあえず今は準備してないから引き返して、今夜また真神前で集まろう」

緋勇の提案により、一度私たちは解散することにしたのだった。





夜になり、私たちは意を決して洞窟の中に足を踏み入れたのである。

「嫌な風が吹いてイマース。マキノもわかりますヨネ?」

「ここが───」

巨大な支柱はまるで鳥居のように鎮座していた。不気味な意匠の施された門は、青山霊園の地下とは違い、またある種異様な存在感を持ってそこにある。近づいていった先で、足元に描かれた巨大な魔法陣に気付いて固まる。

「きゃああああッ!!」

美里の悲鳴があがった。私も覚悟していたとはいえ、身体が震えるのを抑えることはできない。それは、23体にもおよぶ人間の身体だった。辺りに立ちこめる生臭さが、大量の血の匂いであることに気付いてしまった瞬間に、吐気が込み上げてきた。

水角と名乗った鬼面は私たちを笑い飛ばした。

「ようこそ、常世の淵へ───────。また会ったわね、あんた達。鬼道五人衆がひとり、我が名は水角。我らは鬼道を使い、外道に落ちしもの。幕末の世より蘇り、この世を闇に誘う者」

水角は思いの外若い女だった。あの時、不気味な歌をうたってきた時とは違う。これが人間の形態なのか、あの時も誰かを降ろしていたのか。人間なら私たちとあまり変わらない気がする。緋勇たちも戸惑っているようだ。

「まさかお前があの時の人魚か?」

「人の裸見といてそれ聞くの?しつこい男は嫌われるわよ。ねえ、人の首がもつ意味を知ってる?人間がものを見るのは何処?人間がものを考えるのはどこ?人間が......痛みを感じるのはどこだと思う───────?」

「まさか」

「人間の後頭部には全てが集まってるでしょう?鋭利な大気の刃に切断された頭は肉塊とかした己の身体を見る。最後の最後の瞬間まで───────じわじわと込み上げる苦痛と死への恐怖に蝕まれ続けるのよ。そして、最後に残るのは、切り落とされた頭一杯に詰まった恐怖と雪辱、生への執着。そして───────狂わんばかりに助けを求む、懇願の呼び声───────ッ!!それが《門》の封印を破り、常世より混沌を呼ぶ声となる」 

人間の儚い命を弄び、その生への焦がれを嘲る態度に、私たちの憤りは耐え難いまでに膨れ上がった。酷い瘴気が立ちこめ、ねっとりとした風が「門」から流れ出る。

「目を閉じてくだサーイッ!!」
 
アランの声が響いた。

「直視したらいけまセンッ!みんな、みんな石になリマースッ!」

黒い邪気の向こう側にシルエットがみえた。巨大なアンモナイト状の体から触手が生え、顔は下顎に目が付いているという極めて奇怪な姿をしている。また、海に浸かった体からは鋏状の巨大な腕が伸びている。

私たちは目を閉じた。名状したがたきおぞましい声が洞窟中に響き渡る。悲鳴があがった。《鬼道衆》の忍びたちの声だ。次々に石になっていくのがわかる。

「───────ッ」

「《門》を......《門》をはやく閉じなくてはッ!ボクの村の二の舞にはさせまセーンッ!Go To Heavenッ!!」

すべてを葬り去るが如き壮絶な一撃がアランの霊銃から炸裂する。わずかに開かれた《門》の片方が強引にしめられた。あとはもう片方を閉じるだけだ。アランは《氣》を霊銃にこめて連射するが、もう片方の門から溢れ出した電流を伴った闇が全てを飲み込んでしまう。またひとり、飲み込まれた忍びの断末魔が響きわった。どうやら一瞬で即死させるらしい。

「うふふふふ。闇を見たものは希望の灯を消され、闇に触れた者はその肉体を姿なきものに変えられる。いずれこの闇でこの街を全て覆いつくしてくれるわ」
  
高らかに宣言した水角は印を切る。

「20万年前よりムー大陸の聖地クナアの中心部にそびえるヤディス=ゴー山の頂に眠りし神よ。12名の若い戦士と12名の娘を生贄にして、今こそ我が身に降臨せよ」

「なにをする気だ!?」

「まさか、自分に《鬼道》をッ!?」

私の言葉に信じられないという顔で如月がみてくる。だがそうとしか考えられない。

「変生せよッ!!流れ過ぎ、移りゆく世の理から外れ、我が身、我が血潮に込められし外法の理を今解放せん───────ッ!!」

私は身の毛がよだつような恐怖に襲われた。あれは方陣だ。本来2人で行われるべき方陣だ。《外法》によりたくさんの人間を《鬼》に変える方陣のはずなのだ。九角の人間と配下の家系の人間がいて初めて成立する《鬼道》であり、方陣のはずなのに、かの九角天戒ですらひとりでは出来なかった《鬼道》なのに水角は平然とひとりで行っている。対象は周りにいる忍びでも私たちでもなく───────。

私の《如来眼》が水角は《門》の向こうにいるであろう邪神の最後の生贄となり、この祭場に邪神を降臨させようとしているのだと知らせていた。水角の身体に邪悪な瘴気が降り注ぐ。

私は動いた。今しかないと思ったからだ。今はまさに地平線の上にアルデバランが上る夜だ。この洞窟に突入する直前に忍ばせていた黄金の蜂蜜酒と秘薬をとかしたものを飲み、魔法の石笛を吹く。緋勇の装備しているエルダーサインが輝いた。誰もが目を閉じている今がまさに好機だった。

《いあ!いあ!はすたあ!はすたあ くふあやくぶるぐとむぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい!あい!はすたあ! 》

この世界に来てから何回唱えたかわからない《アマツミカボシ》が信仰する神の賛美歌。この召喚方法に応じる人間の明確な資格や条件は不明。少なくともハスターと敵対していないことが必要であるらしい。また、ハスターと敵対する神性や勢力に対し攻撃を加える目的であれば、応じてくれやすいようだ。

私は祈った。一心不乱に祈った。私のまぶたの向こう側に黒い影が横ぎっていった。

「───────ッあああ!」

水角の悲鳴が上がった。呪文がとまる。なにかがはじき飛ばされる音がして、私は目を開けた。水角が石の壁に激しく撃ちつけられ、呻いているのがわかる。

私の傍にはカラスでもなく、モグラでもなく、ハゲタカでもなく、アリでもなく、腐乱死体でもない怪物がいる。蟻または蜂と翼竜を掛け合わせたような怪物だ。
 
体長2・3メートルの巨大な怪物で、真空でも生きていられるほど生命力が強い。一見蟻のようだが触角は短く、人間のような皮膚と目、爬虫類のような耳と口、肩と尻の付根辺りにそれぞれ鋭い鉤爪が付いた手足を左右2本1対ずつ持つ。尻には「フーン」という磁気を操る器官があり、これを使って飛行する。

地球の大気圏内では時速70キロメートル程度だが、それだけだせれば充分だった。

「ありがとう、バイアクヘーッ!」

たしかに祈りは届いたようだ。私の言葉がわかるのか、バイアクヘーはうなずくような仕草をした。

「一緒に戦ってくれますか」

返事は声でもってかえってくる。私の声に気づいたのか緋勇たちが驚いたり、悲鳴をあげたりする声がしはじめた。

「《門》はまだ完全に開ききってはいませんッ!みなさん、まだ間に合います!この子は私が呼んだ子です、大丈夫、味方ですッ!水角が呪文を再開する前にはやく、はやくッ!」

最後は怒鳴りつけるような声になってしまったが、なりふり構ってはいられなかった。緋勇たちが戦闘体制に入ってくれる。

「邪魔だてをッ!」

忌々しそうに叫んだ水角は《外法》で次々と部下の忍びたちを《鬼》に変えていく。私も木刀を構えたのだった。

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