陰陽師1

私は遠野と桜ヶ丘中央病院を尋ねた。

「あたしになんの用かしら」

「実は那智さんに見てもらいたいものがありまして」

「あたしに?」

「はい」

「那智さんにしかお願いできないことなんです」

「あたしに、ねえ。アンタ達には帰したくても返しきれない恩があるから、力になれるなら願ってもないことだけど」

私達はここ1ヶ月にわたり、転校生が行方不明になっている事件について説明した。《将門公の結界》を破壊しようとした事件から始まった連続失踪事件である。赤い髪の男と無関係とは思えなかったのだ。そして、長きにわたる調査の末に、そこに必ず落ちている紙切れを見つけることができた。だから私たちはここにいるのだ。これが唯一の犯人に繋がる手がかりだと私は那智にさしだした。

「これは......《ドーマン》ね。九星九宮、九字を表す、陰陽道で用いる代表的な呪術図形のひとつ。あたしの家のように安倍晴明を源流にもつ主流派は《晴明桔梗》とも呼ばれる五芒星を用いた《セーマン》を用いる事が多いわ。それをわざわざ《ドーマン》を記す辺りに怨念が渦巻いているわね」

那智は詳しく教えてくれた。

陰陽道は森羅万象について、その状態を陰陽で表す《陰陽説》とその性質を木火土金水のどれかに分類する《五行説》が統合された《陰陽五行説》により、星の意図を読み、あらゆる事由を解く《占術》から神仏、鬼神の力を借りてじゃを滅し、他を暗殺する《呪術》まで、あらゆる呪法を可能にした日本古来のオカルトだ。

中でも陰陽寮という宮内庁にある部署に抜擢された陰陽師の仕事は多岐にわたる。

「うっそー!陰陽師って今もいるんですか!?」

「いるもなにも、劉瑞麗の所属する機関のお得意様よ。《将門公の結界》といった日本の《霊的な守護》の最高責任者にあたるわ。今年に入ってからの事件の連鎖でてんやわんやになってんじゃないかしら?公的な立場でもあるから、説明責任もあるし、専門分野だから他に頼めない。はっきりいって地獄よね」

「うわあ......」

「代々頭目は安倍晴明の末裔である御門家の当主が世襲しているはずよ。那智は150年前の《鬼道衆》の事件で本家と縁が切れたはずなんだけど、あたしのとこにも仕事の依頼があるあたり、相当修羅場みたいね。やることないから手伝ったら、なんか気に入られたみたいなのよ。那智家に本家との繋がりを復活させてやるから、あたしを当主にしろって圧力かけてきたみたい。帰ってきてくれって本家分家総出で土下座にきたのよ。なにしてくれてんのって話だわ、まったく......」

那智はうんざりといった様子でぼやいた。

「あたしはまだ治療中だし、追い出しといて本家に圧力かけられたら戻ってこいなんてそんな虫のいい話ある?まあ、あたしが大学に復帰したいっていったら二つ返事だったから、どうしてやろうか考えてるとこなのよ。どのみちあたしは償わなきゃいけない罪があるし、それと向き合う方法を模索しなくちゃいけないわね」

そんな世間話も交えながら、那智は陰陽師の最高峰、陰陽寮についても教えてくれた。その始まりは古代日本の律令制において中務省に属する機関のひとつ。占い・天文・時・暦の編纂を担当する部署だった。

四等官制が敷かれ、陰陽頭(おんようのかみ)を始めとする幹部職と、陰陽道に基づく呪術を行う方技(技術系官僚)としての各博士及び陰陽師、その他庶務職が置かれた。陰陽師として著名な安倍晴明は陰陽頭には昇らなかったが、その次男吉昌が昇格している。

博士には陰陽師を養成する陰陽博士、天文観測に基づく占星術を行使・教授する天文博士、暦の編纂・作成を教授する暦博士、漏刻(水時計)を管理して時報を司る漏刻博士が置かれ、陰陽、天文、暦3博士の下では学生(がくしょう)、得業生(とくごうしょう)が学ぶ。

因みに天文博士は、天体を観測して異常があると判断された場合には天文奏や天文密奏を行う例で、安倍晴明も任命されている。

飛鳥時代(7世紀後半)に天武天皇により設置され、明治2年(1869年)に時の陰陽頭、御門家当主が世襲するようになった。

「その当主がなかなかの切れ者でね、明治維新によって江戸幕府が崩壊すると、新政府に働きかけて旧幕府の天文方を廃止に追い込んで、編暦・頒暦といった暦の権限のみならず、測量・天文などの管轄権を陰陽寮が掌握する事に成功したのよ。当時の新政府の中においては、富国強兵や殖産興業に直接繋がらないとみなされた天文学や暦法に関する関心が極端に低かったから。更に洋学者の間で高まりつつあった太陽暦導入のさいには太陰太陽暦の継続を図ったのよ。新政府にも天文や測量は科学の礎でありまた陸海軍の円滑な運営にも欠かせないという正確な認識が広まると共に、《霊的な守護》の重要性も高まったもんだから、地位を確立したわけ。ね、すごいでしょう?天地を読み、理に通じるといわれた陰陽寮は、最高の特殊集団でありつづけているし、今は特に霊的に封じられ、不安定な東京に溢れる怪異や呪詛を扱うプロよ。今が88代目だったかしらね。この呪符に残った残留思念からみるに、相手はその頭目にも匹敵するわね、あたしのような陰陽道に精通した人間だわ、きっと。これは式神に使われたものだもの」

「式神って如月君がやってるやつじゃない?槙乃」

「如月家も式神の術式が使えるのね。まあ、これは明らかに陰陽道由来の呪符だから、陰陽師が犯人だわ。高位の陰陽師になれば仮初の生命を吹き込み、まるで生き物のように変化させ、自在に操ることができる。これはその依代だったものよ。それも《龍脈》の力をとりこみ、半永久的に動けるもの。龍塔が刻まれてるわ」

「龍塔?」

「その名のとおり、龍の命、すなわち龍脈の《力》を二つの塔の強力な音叉効果で増幅させ、強制的にある一点に向けて押し流すポンプのような装置よ。龍脈の《力》が噴出するその一点、《龍穴》を手中に納めた者は、まさに永劫の富と栄誉を手にした。風水における一般的な解釈なの」

「なんか、都庁みたい」

「東京都庁のデザインは、大正時代、帝都の時代に軍部幹部が高名な風水師を集めて極秘裏に研究、建設しようとした《龍命の塔》の緻密な設計法をもとにデザイナーがリザインしたもの、似てるのも無理ないわ。都庁の施行前には高名な風水師がいたし、塔はもともと風水学上の分類では木性、木は水を吸い上げて成長するのが理だから、龍命の塔はまさに大地を流れるエネルギーという名の水を吸いあげて成長、発展させる文明の反映装置だったわけね」

「そうなんですか!?知らなかった」

遠野は目を輝かせた。

「これを使いこなす、《ドーマン》を愛用する流派といえばやっぱり芦屋道満の末裔に他にないわ。気をつけなさいね、緋勇君はもちろん、あんたたちも狙われているわよ。呪殺されないように気をつけなさいね」

「們天丸さんが数珠をかしてくれたのって、もしかしなくてもこのためですよね......」

「あら、そうなの?鞍馬天狗の愛弟子がねえ?神通力でなにかみたのかしら。なら、あたしもあげるわ」

「えっ」

「あたしはここから出られないもの。高見沢さんから聞いたけど、遠野さんまで巻き込まれたそうじゃない?赤い髪の男が本格的に動き出しているようだし、護衛替わりに式神のひとつやふたつ用意してあげるわよ」

「ほんとですか!」

「すっごいじゃないの、槙乃ッ!」

「なにか要望はある?」

那智ができる式神の種類は、陰陽道に鬼道もあいまってすさまじい数らしい。

「ついでだから緋勇君たちにも聞いてきてちょうだい。渡しに行くついでに、付き合って欲しいところがあるのよ。やっと外出許可が出たから」


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