蜃気楼博士1

蜃気楼博士

月明かりの下、なかなか会えなかった時間を埋めるかのように天香學園の制服姿のまま、学生2人は求めあった。彼女は彼の上にまたがり、手際よく導いた。息を整えてから、彼女は複雑な図形を宙に描くようにゆっくり上半身を回転させ、腰をくねらせた。長いまっすぐな黒髪が、鞭を振るうように彼の頭上でしなやかに揺れた。彼の腰はすごいスピードで動いている。ロデオみたいに踊っていた。

私はまだ実況しようとしている葉佩の口を塞いだ。月魅が耳を塞いでなにもなかったことにしようとしている涙ぐましい努力を無駄にするんじゃない。ありがとうございます、とか細い声で言われて私はうなずいた。

いやらしい音はまだ続いている。

あのさあ......いくら全寮制の高校生活が暇だとはいえ、規則で立ち入りが禁止されている《墓地》で恋人同士で誰が見てるかわからないのにいきなりおっぱじめるのはさすがにどうかと思うよ、私。しかも出るに出られずずっと出入口で待機したせいで音楽室とかでこっそりしてたとか屋上で風船手に入れられる理由がわかっちゃったりしたがどうしたらいいんだよ、まったく。

葉佩、月魅、私はまさかの足止めをくらい、出てくるのに1時間かかったのだった。

なんとなく誰もが沈黙していた。おいこら葉佩、あの子たちが落としていった未使用風船をゲットトレジャーするんじゃない。くそ、私も欲しかったのに。爆弾つくる材料はいつだって足りないんだ。

精神的ショックでフリーズしている月魅をよしよししながら歩いていたらつま先になにか当たった。生徒手帳だった。開いてみる。

2年生の葉山真紀ちゃんね。月明かりに照らされる生徒手帳はなかなかに美人で、一緒に貼ってあるプリクラは同じクラスと思われる彼氏がうつっていた。これだけなら微笑ましいのにああ、さっきの相手なのかと私たちは把握してしまうのだ。

「......生徒手帳忘れるなよ......」

私はどうしようかと赤面したまま気まずそうな月魅をみた。聞かないでください、と目をそらされる。ニヤニヤしっぱなしの葉佩にだけは預けてはいけない。私は生徒手帳をポケットにしまった。皆守は絶対に嫌がるし、やっちーをはじめ女性陣には任せられない。

「2のB、か。よかった、Aじゃなかった」

「えっ、後輩なのにか?」

「出来たら近づきたくないんだよ。2のAには《生徒会》役員がいるんだ」

「噂の?」

「噂の」

「2年生で《生徒会》役員てすごいですね」

その実態は《副生徒会長補佐》という名前の雑用なんだが月魅に同意しておく。彼の名前は夷澤凍也(いざわとうや)。運動神経抜群で、礼儀正しいが度を超した自信家で才走った性格。 下克上を狙う野心溢れる少年だが、阿門たちからは「所詮は小物」と見られており、実際上も「生徒会」における彼の立場は雑用係に近い。また、副会長が誰であるのか知らない。 外見は整っており、美形メガネ。 女生徒からはこっそり「王子」と呼ばれているが、何分性格がアレなもんで、キャーキャー言われたりはしない。 好物がミルクなのは身長を伸ばしたいから。背が低いのを気にしているらしい。 音速の拳を繰り出し相手を凍りつかせる「力」を持つ。

ちなみに同じクラスには響 五葉(ひびき いつは)という演劇部所属の少年がいる。ウサギを思わせる気弱でおとなしい少年。生まれ付いて身に備わった、声を衝撃波に変える「力」の扱いに怯えながら生きてきたため、常にマスクをしている。
声による広範囲の音波攻撃を使うことができる。なぜか夷澤は響の尻拭いをすることが多かったりするがそれはおいといて。

「オレも転校生だから因縁つけられたら困るなと思ってたんだけど、隣のクラスならよかった。明日届けてくるよ」

「後で詳しく」

「葉佩さん、皆守さんに言いますよ」

「ごめんなさい、冗談です。皆守には内緒にしてくれ。俺の大事な脳細胞が死ぬ!」

もう、と月魅は肩を竦めた。こういうところは学級委員っぽいんだよな。そんなトラブルがありつつも、無事に探索を終えた私達は寮の前で解散したのだった。



そして、翌日。

「あーくそ、リア充爆発しないかな。なんでオレがこんなことしなきゃいけないんだ」

ギョッとした皆守がこっちをみてくるがまるっと無視した。

「おはよー、翔クン。なんだか不機嫌だね?大丈夫?」

「葉佩に任せると不安な案件があるからオレが届けに行くんだよ。詳しくは葉佩に聞いてほしいな。ちょっと2階にいってくる」

「そっか、わかったよッ!いってらっしゃい!」

「いってら〜!」

私は意を決して2階に向かい、初めて2年生の教室に向かった。

「すいません、2のBの葉山真紀さんっていますか?生徒手帳わすれたみたいなんだけど」

やっぱり3年生がいきなり行くと教室が一気に騒がしくなる。ざわざわしはじめた。あんまり素行がいい生徒じゃないのか、生徒手帳を代わりに受けとってくれそうな友人がいない。こそこそ話をまとめてみると友達の彼氏にもちょっかいを出したり、部屋に彼氏を連れ込んだり、色々とやばい噂がある女子生徒のようだった。

「すいません、葉山さんだったら
音楽室に行きました」

「え、音楽?」

時間割をみても違う教科が書いてある。あの、その、と教えてくれた女子生徒が真っ赤になりながらしどろもどろになってしまう。あー、なるほど。どんだけお盛んなんですかねえ......。

「あ〜......わかった。届けてくるよ」

ホッとした空気になるとかどんだけ嫌われてるんだ、葉山さん。

「あの〜どこで拾ったんですか?」

「ああこれ?墓地に落ちてたよ、避妊具と一緒にね。オレ、毎朝マラソンするのが趣味でさ、その途中で落ちてるの見かけたんだ」

女子生徒たちを中心に下世話な噂が一気に広まり始める。これで少し気が済んだ私はそのまま教室を後にした。

「......音楽室かあ。どうするかな」

ここのところ《執行委員会》が動いた形跡はないのだが、葉山さんとやらが1限目の音楽室にいるというこの状況があまりにデジャヴすぎて急にやる気がなくなってきた。でも今更行かないのは不自然だし、グダグダ考えているうちに音楽室についてしまった。

なにやら言い合う声がする。音楽室は二重扉になっていて、内鍵がかけられていてあかない。ガチャガチャしてみたが開かない。

「葉山さん、いるか?!生徒手帳届けに来たんだけど!」

「きゃ───────ッ!!」

なんつータイミングで叫ぶんだよ、葉山さん!ああくそ、暗幕のせいで音楽室の向こう側が見えない!私はガンガン叩いたが鍵はあかない。防音扉すら通り越して聞こえるとか、まじでヤバイ断末魔じゃないか。私は慌てて引き返すことにした。

「どうした!」

「なんかすごい声がしたよッ!?」

「なんで翔クンが降りてくんの?」

「説明はあとだ!はやく職員室にいって鍵を借りてこよう!葉山さんが音楽室の中にいるみたいなんだが、内鍵のせいで開けられないんだ!」

私の叫びに葉佩が一目散に階段をおりていく。

「俺達は音楽室にいくぞ!」

皆守にひっぱられて私はまた音楽室に戻ることになった。皆守がガチャガチャドンドンやっている。

「やっぱり鍵はしまってるみたいだな」

「だから言ってるじゃないか」

「まあそう怒るなよ。お前かなり気が動転してたから、勘違いしたかもしれないと思ったんだ。気を悪くしたなら悪かった。たしかに開かねえな」

私は肩を竦めた。まあ疑われても仕方ないけど。私は宇宙人なわけだし。皆守は私の仕業ではないとわかったらあっさり謝ってくれた。まあお互い様だ。

「持ってきたぜ、マスターキー!」

葉佩がやってきてから私達は雪崩込むように音楽室に入った。葉山さんだった。腕をかばうように倒れている。

「助けて......助けて......しにたくない......たくやくん......たくやくん」

しくしく泣いている。葉佩が葉山さんを助け起こした。

「手が......手がァ......」

「こいつは......」

皆守が言葉を失う。

「あたしの手......あたしの......」

「手が干からびている......」

「葉山さん、葉山さん、大丈夫か?」

「うう......」

「もう大丈夫。オレたちは3年生だよ」

「何があった?」

「私......たくやくんに呼ばれて......誰かが音楽室にいるから......たくやくんだと思ったら、違ったの......」

私達は顔を見合わせた。

「あたしに飛びかかったと思ったら、突然そこの窓から逃げ出して......」

「この窓から?まるで猿だな?」

「うう......」

「どんなやつだった?」

「わからない......わからない」

「ちょっと皆守、落ち着けってば。葉山さんこまってるよ」

「そうだぜ、皆守」

「思い出せッ!どんなやつだった!?」

「皆守!」

「いやあああ───────!化け物!化け物があああ───────!ああァ、たくやくん、を、やめてやめて殺さないでしにたくないしにたくない!!」

いきなり葉山さんが暗幕の向こう側を指さして大暴れしはじめた。

「ちッ!おい、翔、葉佩。とりあえずこの女を保健室に運ぶぞ!」

私は嫌な予感がして暗幕をあけた。

「おい、なにし......!?」

「なっ」

そこには電信柱に絡みついている無数の砂と男子高校生の制服があったのだ。それを見た瞬間、白目を向いた葉山さんが絶叫する。

「何眺めてんだよッ!!おい、しっかりしろ!クソッ、どうなってんだ!保健室にこいつを運ぶぞ、手伝えっていってんだろ!!」

私達はあわてて葉山さんを担いで保健室に運んだのだった。

どういうことだ。このイベントだと葉山さんしか襲われないし、死人は出ないはずだ。でもこれは......。明らかに動揺している私にとっては、皆守と葉佩が先をひっぱってくれるのはありがたいことだった。
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