預言者たち6


「待ってください、《アビヒコ》様」

《アビヒコ》の際限ない憎悪を制止したのは阿部本人だった。

「彼は葉佩九龍、《ロゼッタ協会》所属の《宝探し屋》です。皇七部長がいっていた《長髄彦》様の呪縛を解き放ってくれた人ですよ」

《む......それは真か?》

「はい、間違いありません。生徒会の皆守と阿門がバディとして同行しているのですから。他の宝探し屋だったなら生徒会の人間を連れてここには来ないでしょう。そうですよね?」

「そうそう、阿部のいうことはだいたいあってるよ。《宝探し屋》の葉佩九龍。よろしくな!」

《そうか......私はアビヒコ、この身体の主は阿部和彦、私の末裔だ》

阿部はぺこりとお辞儀をする。だが、顔を上げた瞬間、また区画内の圧迫感が増した。

《お前が皇七八坂のいっていた宝探し屋、葉佩九龍───────長髄彦を討し者か》

阿部の体を借りて話している《アビヒコ》の影響だろうか、《陰氣》が膨れ上がる。目はギラギラとしていて人外にしかありえない色を宿しており、喪部銛矢を思い出させるには充分だった。

殺気は感じない。《墓守》だった皆守や阿門に対する殺気とは違う気迫が《アビヒコ》にはあった。《魔人》だ。目の前の阿部和彦は紛れもない《魔人》だ。葉佩はたらりと汗がこぼれるのを感じた。殺意こそないが脅威を《宝探し屋》の本能が必死に叫んでいる。今すぐ逃げろと叫んでいる。そんな葉佩を真っ直ぐに見つめながら阿部はいうのだ。、

《お前には興味がある───────あの長髄彦が......私が義兄弟の契りを交わしたあの男が自らの意思でもって闘いを挑み、敗けたのだ。どれほどの猛者か》

「奇遇だな、俺も興味があるんだよ」

《そうか......ならばこそ、私と貴様は死合うが定め》

「おいおい、物騒なことは......」

《ならぬ…......ッ!死を避けるなど許さぬ......》

激高する《アビヒコ》を宥めるために葉佩は皆守をとめた。

「甲ちゃん、大丈夫だよ。戦いたいよな、何歳になっても男の子なんてそんなもんだ」

《ふむ......話のわかる者は嫌いではないぞ。葉佩、貴様はこの世界を巡る者。その胸には目指す理想もあろう。ならば問う、貴様が理想とする世界とはいかなるものであるものか?》

阿部の瞳が静かに葉佩を見つめている。葉佩は口の中がカラカラだったが無意識のうちに唾を飲もうとしていた。意味深に《アビヒコ》はわらう。

《なるほど、確かにお前の生き様は自由の中にあるようだな。理想と生き様に相違なし。これがお前の力の源というわけか。人の世は常に移ろう。それもまた真なり。お前が思う以上に時として真実は過酷だ。その覚悟、忘れるでないぞ》

阿部も笑った。

《私もまた、長髄彦のように、かつて悪い夢を見ていた。善意と悪意が暴れ出し、それに翻弄される夢だ。目醒めさせてくれたのは和彦だ》

「えっ、じゃあまさか、アンタもこの《遺跡》みたいなところに幽閉されてたのか!?」

《いかにも。忘れもしない6年前のことだ。代々私の思念を受けとり、世をはばかる名士の隠れ蓑として生きていた阿部一族。その跡取りであった和彦は私を降ろす贄として有象無象共に拉致され、悲惨な目にあっていた。子孫さえ安寧ならば構わないと封印に甘んじていた私は激高した。組織は壊滅し、本体たる身体ごと研究施設を屠ったために私には戻る身体がない。ゆえに和彦が器となってくれている。感謝してもしきれぬ》

そこには末裔というよりは子供を見る父親の目をした《アビヒコ》がいるようだった。

《我が子孫のうちに秘めたる希望は私の自我となりしかと刻み込まれた。お前もまたこの學園に希望を刻みし者......私はどちらが勝るか興味があるのた。さあ、死合おうぞ》

「闘いたいっていってくれるのは嬉しいんだけどさ〜......それって後にはできない?」

《ぬ......なにゆえだ?》

「その前にアンタの息子を解放しないとダメだろ?長髄彦と約束したんだよ、早く黄泉の国であわせてやらないと。アンタも会いたいからここにいるんじゃないのかよ?」

《はははははッ!なにをいうかと思えば......そうか、そうか......ッ!私、そして長髄彦の願いを叶えてくれるというのだな?この先に秘宝もなにもありはしないというのに......。ならば、その好意に甘えさせてもらうとしようか。我が子孫に無理をいっているのは自覚していたのでな。ならばその強さをもって我が愚息を黄泉へ送ってやってくれ》

《アビヒコ》の言葉とともに化人が雄叫びをあげた。

この闘技場では最初に《イワレ》が出現し、スイッチを押すと《イザナミ》が出現する。《アビヒコ》の息子の身体には様々な生物のDNAが組み込まれて創られた《化人》だ。繰り出される攻撃は攻撃力、範囲ともに強力で呪い状態にされる。

《イワレ》は驚異的な行動力と射程をもっている。だからこそ行動力を回復しながら強引に撃破するのが最善策なのだ。葉佩はそう思っていたが、どうやら阿部はそうは思っていないらしい。

葉佩は戦闘がはじまった瞬間に1番北に進み、頑丈な小型化人の急所に爆弾を投げ込む。これで邪魔な化人をまとめて排除できた。今までそうしてきた。セオリーだ。阿部はというと雑魚には目もくれず《イワレ》のところに向かっていく。

阿部は《イワレ》を幾度も倒しているようで、迷いがない。《イワレ》と柱を挟んで対峙するような位置取りに持ち込み、柱越しに《力》を発揮する。壁ぎわにノックバックし、自分は逆の壁ぎわに逃げるという体勢に持ち込んだ。もはや《イワレ》は柱の向こうを行ったり来たりするだけになり、ノーダメージのようだ。

「すごいなァ......そういうやり方もあるのかァ」

「悠長なこと言ってる場合かよ!」

「《アビヒコ》も邪魔がいなくならないと入口に戻されること知ってるんだろ。今は戦いに集中しよう」

《今度こそ、黄泉の国に参ろうな───────×××××××よ。1700年も待たせてすまなかった》

懺悔とともに《イワレ》は壁に激突する。《イワレ》は断末魔をあげた。体からは《魂》が抜け出て天井を上っていくが、この《訓練所》を解放してやらなければまた蘇生してしまうことを葉佩は知っている。

「よし、次は俺たちの番だな」

葉佩は蛇の頭をかたどったスイッチを押す。H.A.N.T.が超大型の化人を感知してエラーを吐きまくる。敵影を確認したから戦闘態勢に移行しろと警告してくる。葉佩は移動しながら装備を切り替える。

「《アビヒコ》が《イワレ》倒してくれたんだ。いっつもジリ便になって負けてたし、汚名返上と行きたいところだぜ」

「あんまリソース使いすぎると《アビヒコ》と戦う時きつくないか、九ちゃん」

「おそらく闘技場の制限内に決着をつけなくてはまた最初からになるぞ。気をつけろ、葉佩」

「任せろ、任せろ。連戦が3から2になったんだ。心理的負担がだいぶ違うからさ、大丈夫だよきっと。さあて、ずっと温存してきたんだ、2人とも力貸してくれよ?」

「あァ、俺の《墓守》の力を見せてやろう」

「見せてやろう。DNAを書き換える俺の《力》を」

葉佩の視界の隅で、動く影がある。先程のお礼だろうか。《アビヒコ》が雑魚の化人たちをまとめて引き受けてくれるようだ。

「よし、いくとしますか」

見上げるほど巨大なピンク色の怪物を前にしても、葉佩はいつものように笑ったのだった。
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