果てしなき流れの果てに3

《タカミムスビ》の落とし子が胎児を軸に巨大な触手をあふれさせ、こちらに向かってくる。

「おっと、危ない。気をつけろよ?どうやら、俺たちは歓迎されていないらしいな」

「そうだね」

「今度は俺が君を助ける番だ。というわけでここから先は通せない」

夕薙が自らにかけられた呪いと引き換えに得た月の波動を《タカミムスビ》の落とし子に叩き込む。

「ありがとう、大和」

「俺の助けが必要なら、いつでもいってくれ。さァ、この場をどう切り抜ける?」

笑う大和に私はつられて笑ってしまった。

《《墓守》の危機を救わんとす》

《その心意気は実に見事である》

《だがそれを為す鋭き刃を持たねば》

《即ち、茶番にも似たり》

《ならばキサマは示さねばなるまい》

《これが茶番に非ざる事を》

《前人未踏の最果てに何を見る》

「《墓守》だけではない。死の星と呼ばれる者として、この《遺跡》に降りかかる厄災への逆光となりましょう」

月の衝撃波を逃れた触手が襲いくるが弾き飛ばされた。私たちと《タカミムスビ》の落とし子の間に亀裂が入る。

《邪教におちた魂は今なお健在か》

《タカミムスビ》の落とし子は忌々しげに吐き捨てた。障壁による防御だ。

「いつまで持つかはわからないけどね、これに精神力をさけなかったから」

私は一歩後ろに下がる。

「翔、あまり離れない方がいい。生き延びたいと思うなら」

「やりたいことがあるんだ、見てて」

「まったく、君は毎度の事ながら後から教えてくれることが多すぎないか」

「仕方ないじゃないか、土壇場にならなきゃ必要かどうかなんてわからないんだから」

《妙見神呪眼》として完全に覚醒状態となった《宿星》により、《タカミムスビ》を解析する。夕薙とジェイドが前線をはる間に私は詠唱を開始した。棒立ち状態の私に狙いを定めたのか、《タカミムスビ》の落とし子は幾重もの攻撃をしかけてくる。

「玄武の宿星が騒いでいる。飛水流の技、 見せてあげよう」

「闇は怖るるに足らない。怖れるべきはそこに潜む人の悪意だ。こいつが人間の業だというのなら、俺の敵ではない」

一度でも喰らえば瀕死になるだろうが、ジェイドと夕薙が《力》により薙ぎ払ってくれる。

「......僕の水術が《タカミムスビ》の落とし子の装甲を突き抜けているな。こいつには威力しか見込めないと思っていたんだが......これは、状態異常になっているのか?」

「俺もそんな感覚があったな......翔、これが君の今の《如来眼》の効果か?」

ノックバック効果と状態異常が強制的に付与された自らの攻撃に2人は戸惑っている。

「《アマツミカボシ》の氣に無理やり変質させただけから、降ろしたわけじゃない。引き出せた《力》はこの程度だけどね」

私は《力》を解放する。

「《怪星大発光》」

《アマツミカボシ》の光が《タカミムスビ》の落とし子に襲いかかる。太陽光をぶつけたような灼熱と苛烈な光が襲いかかる。《タカミムスビ》の落とし子は火傷、麻痺をおい、さらにダメージが通りやすくなり、行動不能におちいる。

「まだだ」

《タカミムスビ》の落とし子の触手が迫り来る。

「邪魔だ」

ジェイドが懐から取り出した忍刀できりすてた。夕薙が断片もろとも吹き飛ばす。ノックバック効果が襲いかかる。距離をとり、さらに私は大技を叩きこむ。

「おい、翔。気がおかしくなり始めてるぞ。これ以上は侵食されるんじゃないのか?」

「そうだね」

ジェイドが《タカミムスビ》の落とし子を屠る。

「だいぶ弱体化できたみたいだし、《タカミムスビ》をあるべき世界にかえすから、それまでよろしく」

私は詠唱をはじめた。

「わかった。無茶はするなよ」

「任せてくれ」

私は《氣》を集中させる。

《いあ、いあ》

《時空を越えし彼方なるものよ》

《自存する源たる全なる神よ》

《門を開き、頭手足なき塊を連なる時空へ廻帰したまえ》

《大いなる時の輪廻の果てに、帰するために》

《ふんぐるい なるふたあぐん》
 
《んぐあ・があ ふたぐん いあ! いあ!うぼさすら!》

《タカミムスビ》は奉仕種族の混成体だ。ゆえにその《遺伝子》を駆逐すれば原型をたもてなくなるはず。そう判断したのだ。それが正解かどうかはすぐにわかった。

「ぎゃあああ」

しゅうしゅうと煙を上げて《タカミムスビ》の落とし子が苦しみ始める。ジェイドは容赦なく攻撃を続ける。夕薙は私に配慮しながらはじき飛ばす。やがて、《タカミムスビ》の落とし子ははじけた。内側から水風船のようにはじけた。液体がこちらに向かって襲いかかる。

「《怪星大発光》」

容赦なく焼いていく。

そんなさなか、私たちが入った異空間と《遺跡》を繋ぐ門に変化が現れた。
重苦しい感じのする空洞がその向こう側に出現したのだ。濃霧はそちらに吸い込まれ、異空間の寒さは一瞬にして頂点に達する。そこは真冬でも滅多に体験できないような冷気に満ちており、私たちのまつ毛や濡れた服は徐々に凍り付き始める。

「さっきの呪文であの門を別の空間に繋げたのか!」

「いろんな種族の《遺伝子》を収集するのに使ったんじゃないかと思ってたんだけど、どうやら正解みたいだね」

「あの門の先はどこかに通じているのか」

「神話的な魔道と超古代科学技術の融合した産物だな」

「これこそが人の生みだした悪夢というわけか」

《タカミムスビ》本体が私の退散の呪文により追放されてしまう。私はぽっかりあいた空間に残された石板を拾い上げる。そしてH.A.N.T.の解析にかけた。

「開いた門は閉じないといけないね、《遺跡》に繋ぎ直さないといけない」

私は記された呪文を声高に詠唱し始める。それは人間の言葉とはかけ離れた不吉な旋律の混ざった歌声だ。

「閉じるまでが本番というわけか」

「夕薙君、大丈夫かい?」

「時間の感覚さえ薄れてくる恐ろしい空間が向こうにあるのはわかる。だがこういう場所は嫌いじゃないよ。ここには月光も届かないからね」

「それだけ言えるなら上等だ」

いつのまにか、《タカミムスビ》が追放された門の向こう側から液体が染みだしてきている。このままにしておけば、恐るべき神が《遺跡》に降臨することとなる。その被害ははかり知れないだろう。

「───────《タカミムスビ》ではなさそうだな」

水撃を放っていたジェイドが眉を寄せる。

「ダメージはあるが......物質そのものは取り込んでいるのか......。あれがまさか、《タカミムスビ》の......」

「《力》自体は効果があるようだからまだマシだが......」

「翔が貫通効果をつけていなかったらどうなるか、わかったものじゃないな」

「まったくだ」

「時間稼ぎには充分なる」

夕薙たちの会話を耳にするほど私に余裕はなかった。石板にある詠唱をたどたどしくも口にしながら、《アマツミカボシ》の《氣》を石板に注ぎこむのだ。

《タカミムスビ》が鎮座していた亜空間全体が鈍く振動を始め、ひずみ始める。

「これは......?」

「あっちが門の範囲を広げて移動しようとしてるみたい。大丈夫、大丈夫、まだ間に合うッ!」

私は叫ぶ。

「翔は集中してくれ、こちらはなんとかする」

「絶対にこちらを見るなよ」

私は知らない。夕薙たちの目の前で《タカミムスビ》がこちらに戻ろうと必死で足掻いている光景が広がっていることなど知らない。

すでに下半身はウボ=サスラと呼ばれる無形の塊に貪り食われ、体が変質し、ゆるやかに同化しつつある。

それどころか、徐々に染みだしてくるウボ=サスラに捕われ、生きたまま喰われるという無残な最期を遂げようとしていた。

ウボ=サスラは意志を持たないゼリーのように、やや速度を増してぶるぶるとこちらにあふれだしている。

ジェイドたちは《力》を無我夢中でふるい、追い立てていた。

突然、轟音が響き、亜空間に向かって強い突風が吹いてくる。私たちは凍りつくかと思った。どうやら門によって、中の空気ごと外の空気と入れかわってしまったようだ。門にあったはずの不思議な機械はいっさいなくなってしまっており、それどころか内壁までが表面数センチほどきれいに削り取られてしまっている。

まずい、まずい、まずい!このままじゃまずい!みんな溶けてなくなる!あの先にいるのは《タカミムスビ》じゃない、ウボサスラそのものだ。あの先があんなに寒いのは南極の地下深くだからだ。真実をしるがゆえにそんな焦りが私の中にもたげてきた。H.A.N.T.が私の精神力の限界が近づきつつあることをエラーで教えてくれるからだ。尚更意識が焦りを産む。そんなさなか。

「───────」

呼び掛けてくる声を感じ取った私は辺りを見渡した。

「え、なんで?なんで」

目を開けてみると、あたりは見渡すかぎりの雪原だった。今まで見てきたいかなる雪景色も、この光景の前には色褪せるくらい綺麗な世界だ。だがそれは私にとっては死刑宣告だった。ここは南極だと直感が教えてくれるのだ。
まさかウボ=サスラに喰われたのか?あの一瞬で!?固まる私は後ろから誰かに抱きしめられた。

「───────」

極限の寒さの中では不思議と現実味の感じられない希薄な存在に思える。その腕は私をやさしく抱き締めると、こう囁いた。

「《タカミムスビ》が消えた今なら......ようやく、私の声も届いているわよね......」

「え、あ、かあ、さ......」

「ありがとう......本当にありがとう、江見睡院先生を助けてくれて......」

「待って、父さんが......」

「ありがとう......そして、ごめんなさい......私はいけない......翔をひとりにはできない......だから残るわ......私達のいるべき世界に……」

ゆるやかに腕が解かれていく。私は引き留めようとしたが、拒否されてしまう。

「そうすれば、もう、こんなに苦しくないから......」

「それじゃあ、父さんも、母さんも、むくわれないじゃないかッ!」

「ありがとう......私は、翔とも、先生ともいたい。そして、あなたとも......このままでずっと一緒にいたかった」

「じゃあ!」

「でも駄目なの……あなた達は私達には耐えられない……どんなに願ったって……どうしても……そういうものだとわかっているのに言ってくれるのね。優しいこ。翔もあなたみたいな子に育って欲しかった......」

「こんなのってありなの......?」

「誰も間違ってはいなかったのよ。生きている……ただ、それだけで……どうしようもないことなんて、沢山あるでしょう?それが......今だっただけよ......」

声が遠ざかっていく。

「絶えることなく流れる日々の中で......私たちは......出会い......別れて......新たな自分になっていくの......。たとえ形をなくしても......私はあなたの中にいて......そして明日という日を待っている......。だから生きて......?今、この瞬間まで、私といっしょに生きてくれた......天野愛さん......あなただから......あなただけには......生きてほしいの......」

ブローチが砕け散る音がして、私は目を覚ました。極寒の地にいたはずが亜空間で私の口は邪悪な呪文を唱え続けている。

石板が輝き出した瞬間、いきなり門が音を立ててしまった。ジェイドがこちら側に切断されて残された液体をひとつのこらず《力》で粉砕する。

私はふたたび門と《遺跡》をつなぐ呪文を唱え始めた。やがて、門が開く。また《遺跡》と繋がったようで、ようやく私は息を吐いたのだった。

「お疲れ様だな、翔。向こうへいってみないか?少しでもこことは違う空気を吸った方がいいだろう。少し休んでも構わないよ」

「うん......そうするよ......」

「それが《九龍の秘宝》か?」

「うん、たぶんね......」

私はすさまじい疲れに体が鉛のように重くなるのを感じながらH.A.N.T.の暗視機能で辺りを見渡した。今の私の目ではろくに見えるものも見えそうにないからだ、眠い。

「おい、どうした?」

「なにか......なにか残ってない?江見翔くんとか、母さんの痕跡とか......」

「いや?」

「H.A.N.T.は反応がないようだ。残念だが、《タカミムスビ》がすべて持っていったのではないかな」

「そんな......」

「翔、そう気に病むことは無い。《タカミムスビ》は取り込んだものを再現することが可能だったじゃないか。幻だと思うものでさえ、そこに見える理由があるものだ。あれはおそらく《タカミムスビ》がみせた幻覚の類だ」

「......そっか」

私はためいきをついた。今更門を再起動して《タカミムスビ》のところに戻るわけにはいかないからだ。
 
「遥か永劫の輪廻の果てウボ=サスラがもとに帰す」

「なんだい、それは?」

「私が読んだ魔導書の予言が正しければ、江見翔くんや母さんにまた出会えるときがくるかも知れないと思って」

「余計なことを考えるんじゃないぞ、翔。この《墓》を作り上げたのは人間だ。超常的な力ではないんだからな。再起動するとしたら、俺は君を半殺しにしてでも止めるぞ」

「わかってるよ」

私は笑うしかない。

「そういう意味じゃない。違うんだ。今の私には慰め、希望、うーん、なんていうか前に進むために必要な言葉にすぎないから」

「にしては随分と不吉な言葉のように思うが」

「瑞麗先生に見てもらった方がいい。なにはともあれ、やるべきことはやったんだ。俺たちは脱出しよう。あとは九龍たちに任せるべきだ」

「そうだな。翔、たてるかい?」

「ごめんなさい、無理......」

「だろうね」

「俺が先導しよう。化人の襲撃は俺にはなんの意味もなさないからな」

私はジェイドに背負われる。撤退が始まったのだ。

「この感じ……昔を思い出すよ。慎也と君は本当に似ている。無理をするなというのにこれだ。退くのも戦略だ、あとは九龍君に任せるべきだよ」

「......はい」

私は《九龍の秘宝》をしっかりと抱えたまま目を閉じた。夕薙やジェイドと私は今見ている世界が違うのは事実だから、なにをいってもすれ違いにしかならないだろう。

エイボンの書には予言されているのだ。地球上のすべての生命はウボ=サスラから発生し、何十億年もの未来には、すべての生命は退化し再びウボ=サスラに吸収されるであろうという予言が。

今だけは信じてもいい気がした。
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