皇七八坂

《悪魔憑き》という言葉が日本で一躍巷間に知れ渡るようになったのは、1973年に制作された映画『エクソシスト』がきっかけである。世界中にセンセーションを巻き起こし、空前の大ヒットとなったこの映画によって、多くの日本人は初めて「悪魔憑き」という現象と、それに対処する「祓魔師=エクソシスト」という存在に触れた。


『エクソシスト』は実際に起った事件をモデルにしていると噂されたものだが、もちろん娯楽の殿堂ハリウッド製のホラー映画であるから、その内容にはおどろおどろしい誇張や派手な演出がふんだんに取り入れられていた。つまり、あの映画で描かれるエクソシストと悪魔との闘いは、必ずしも現実に即したものではなかった。


少なくても皇七八坂(すめらぎやさか)にはそうではなかった。


一般的に悪魔憑きとは憑依の一種で、心身を悪魔に乗っとられたかのごとく周囲に害悪を及ぼす行動、またはそのような行動をとる人のこと。


悪魔憑きの者は、凶暴に振る舞い、邪魔な人を滅ぼしたり呪い、本来その人が決してしないような行動を取ったり、周囲の人にも同様の行動を取るよう仕向けたりし、その結果周囲の人々との良好な関係が破綻したりその人の魂が破滅に陥る(自殺など)といわれる。また、悪魔憑きの周囲では、自然・動物も異変を来たすともされる。


悪魔憑きと誤解される原因として、パニックのような極度の興奮、トランス状態、睡眠時遊行(いわゆる夢遊病)といった心理状態・現象に起因するもの、てんかんの発作のように身体的疾患に起因するもの、統合失調症、妄想性障害、解離性障害、双極性障害、虚偽性障害、ミュンヒハウゼン症候群など精神疾患に起因するもの、アルコール依存症や幻覚剤など薬物の影響によるもの、単に意図的な演技によるものなど様々なものが考えられる。


科学的見地からみた悪魔憑きへの対応としては、科学的には悪魔憑きの原因として、一時的な興奮状態のように時を経れば収まるものから、適切な医療処置が必要な深刻なものまで様々なケースが考えられる。


皇七家にとってはいずれでもなかった。皇七家はかならず女が生まれる。男は生まれない。そして長女は代々16歳になるとかならず気が触れてはるか未来から来たと主張する女の精神に乗っ取られてしまうのだ。本来の精神は食い潰され消滅してしまう。そして、皇七家はその女の知識により代々繁栄してきた。バブルも失われた10年も乗り越え、これからくる情報化社会に向けて動き出している。

「......お前は男だろう」

天香学園初代校長が勲章を授与された式典のあと、阿門邸で開かれたパーティにて阿門帝都はそういった。

「そうだよ、本家に男は必要ないから俺はスペアにもなれない。これから生まれてくる《悪魔憑き》になる運命の妹になにもしてやれない。俺は生まれてすぐ分家に里子に出されたからな」

《悪魔憑き》って知ってるか、と声をかけてきたのは、主賓たる初代校長がつれてきた孫だった。いずれ阿門家のために《力》になるからと顔合わせにきたのだ。使用人かと思っていたらまさかの同い年の少年だったから驚いたのだ。《力》になるの意味をまだ阿門は知らない。

「あんたの《力》でなんとか出来ないか?」

子供同士の交流目的のため、端の方で内緒話をしても執事はニコニコとしているくらいで誰も気にはとめない。

「《力》......?」

阿門がこの邸宅に来るのは久しぶりだった。未熟児として生まれた阿門は体が弱くいつもは天香学園の敷地外にある邸宅に母親と執事と住んでおり、今回の晩餐会のため久しぶりに父親と顔を会わせたのだ。そのためまだ阿門家の秘密について次期党首でありながら阿門はまだ知らなかった。

阿門の様子を見た皇七は肩を落とした。

「ごめん、まだ知らないみたいだな。《力》について教えてもらったら、思い出してくれ」

残念そうにいわれてしまい、阿門は問い返した。

「なぜお前が阿門家の秘密を知っているんだ?女しか受け継がない力なんだろう?《悪魔憑き》は」

にやっと皇七は笑った。

「よかった、阿門家の次期当主様はちゃんとおツムが回るらしい」

「なぜ試すような真似をした」

「当たり前だろ、俺はいずれアンタの傀儡になるんだ。それとひきかえに忌み子として抹殺されるところを保護されるとはいえさ、馬鹿だったら嫌じゃないか」

「傀儡......?」

「いずれわかるさ、いずれな」

「さっきの相談は嘘なのか」

「それは嘘じゃないよ。俺が一子相伝の《悪魔憑き》なのが認められないで追放した本家に取り残される運命の妹が可哀想なのは事実だ」

「お前はどうしたいんだ」

「俺が皇七家の当主になりたい。そりゃそうだろ、誰が好きで16になったらお前は死ぬっていわれながら、可哀想だからって蝶よ花よと育てられたいと思うんだよ。妹は16になってもまともなままなんだぜ、悲惨すぎる。それまでにはなんとかしたいんだ」

「まさか、それも見えているのか?16で《悪魔憑き》になるのに、もう才能に目覚めてるのは何故だ?」

「知らねーよ、そんなこと。男が《悪魔憑き》になるなんて前代未聞らしいからな、早熟すぎて覚醒しかかってんじゃねえの?そのうち俺の体から皇七八坂は死ぬんだ。なら残された妹のためになんとかしてやる方が優秀な兄ってやつじゃないか」

「..................俺になにを望んでる」

「俺を肉体的に女にして欲しいんだ。そしたら全部丸く収まる。《悪魔憑き》のせいで体がかわったことにすればいける。あとはこの計画に関する記憶をアンタに差し出せば完了だ」

「......そんなことが、できるのか?」

「できるさ、アンタは阿門帝等なんだから」

皇七の計画がいかに自己犠牲に支えられているかを阿門が思い知るのは、のちに父親から《墓守》という重大な使命を引き継ぐことになる数年後のことである。
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