オディプスの恋人 6

地下遺跡をおり、西北西の扉から9つ目のエリアに入る。黄金に輝く区画を抜けると、最深部には神鳳が待ち受けていた。

「やはり来ましたね、葉佩君......。あなたにひとつ訊きたい。あなたは一体なんのために、この最奥を目指すのかを」

「んなの決まってるだろ。そこに《遺跡》があるからだッ。理由なんかそれで充分だろ」

「ふふ......正直な人だ。そうですね、僕も自分のためにここにいる。ならば、これ以上の言葉は不要ですね。たとえあなたの理由がなんであれ僕は僕の役目を果たすだけです」

神鳳充と対峙した葉佩は、武器を抜いた。

「あれ......」

「どうした、翔ちゃん」

「いや、あのね、神鳳の気が......」

出現した敵は加賀智6体、いわゆる蛇である。打撃攻撃、射撃か鞭撃が有効、背中の刺青が弱点。主なアイテムは蛇の皮・卵・血清。

神鳳充の解析を試みようとした私は固まる。屋上で喪部銛矢に祓われたはずの《長髄彦》の氣が神鳳充を巣食っている。

「ファントムの氣がなんで神鳳に?まさか───────」

私が口走りかけたその時だ。神鳳の口元が歪に歪んだ。

「この身の毛がよだつ気配…......この地獄に好んで足を踏み入れる者…......どこの物好きかと見に来てみれば…......これは懐かしい。死の星と呼ばれる惑星の輝きを背負う者ではないか」

それは濃厚な殺意だった。

どかんという音がして、目の前の葉佩が消える。いや、私と葉佩と皆守を隔てる罠が発動したのだ。区間全体を震わせる衝撃があたりに広がる。

「翔チャンッ!」

「おい、翔ちゃん、大丈夫かッ!?」

私の前に現れたのは回廊だ。すべすべに磨きをかけてある御影石の回廊は、閃光に当たった面だけざらざらに焼け爛れ、光の当たらなかった方は元のまま滑らかになっている。上から焼夷弾が雨のように火の尾をひいて降りそそいだ。私はあわてて回廊を走り抜ける。後退は許さないとばかりに砲声と銃声とが、怒涛のような響きとなって聞こえてくる。

「また我が輝きの逆光となるつもりか、禁忌を犯した咎人の分際で」

重い地響きが伝わり、高射砲の炸裂する音がパアン、パアンと聞こえてきた。遠雷のような唸りを伴った音だ。

「ぐっ......」

「この地獄に立ち入った己の行動を悔い嘆け。そして我に狩られる鼠となれッ!」

心臓を激しく刺されても死ねない拷問ような痛みが走る。強烈な電気に触れたように、からだが縮まる。

「知ってたけど容赦ないなッ!?」

少し開けた場所に出た。洞窟内のしんと沈んだ湿気のある空気が一気に流れ込んできて、入り口が墨を塗ったように漆黒なまま前に鎮座していた。獣道かと見まごうような小道だ。細い道は、奥へ奥へとつづいているようだった。それでも私は進むしかない。

「これが《魂》の霊安室......」

私は先に行くのを躊躇した。濃淡の巨大な網のような汚水が満ちていたからだ。漆のような黒いネットリした汚水が流れている大きな泥溝である。それでも進むしかない。後ろからは正体不明の砲撃が飛んでくる。

「大気の流れがある......閉鎖空間じゃなさそうね......」

私は《如来眼》で空間全体の位置関係を把握しようとした。

「......なにこの迷路」

それはひたすらに続いていく回廊だった。やがて下層域にも到達するのだが、そこに至るまでが長い。長すぎる。様々な部屋が安置されていることから、世話役たちの魂がここに閉じ込められていたのだろうか。全ては《長髄彦》を封じるためのエネルギーになっているため魍魎だらけというわけではなさそうだが。小部屋のひとつに逃げ込んだ私は、碑文を見つけた。

《汝の生命は再び始まった、汝の魂は汝の神聖な体から隔離されることなく、汝の精神は魂と共にあり……汝は日毎に立ち上がり、夜毎に戻るであろう。夜には汝のために明かりが灯されるであろう、陽光が汝の胸に射す時まで。汝は告げられるであろう───────ようこそ、ようこそこの汝の生の家へ!」

雄弁に語られているものの、それは死してなお《長髄彦》の世話をせねばならない人間たちにとっては死刑宣告だったに違いない。

「............まってよ、もしかしてここ、世話役の巫女たちの区画?」

足元で蠢く粘着質のスライムのせいか、ファントムの攻撃はここまで届かない。近づいたら自分が喰われることを学んでいるからか、近づけないのかもしれない。

「......もしかしたら」

私は暗視ゴーグルで光源を確保してからあたりを見渡す。

「やっぱりそうだ。ここ、古代エジプト末期のピラミッドとそっくりだわ」

壁一面が碑文だった。

どうやら《遺跡》のミイラは、物部氏の《鎮魂の儀》と古代エジプトから流入したミイラの概念により、かなり似ていながら独自の解釈で死後の世界をここに描いたらしい。あの時代のエジプトは王家だけでなく民衆もあの世で同じ生活を送れると信じていたため、王は王家だけでなく自分たちの納めたエジプトという国そのものを共に埋葬した。だから使用人やペットを模したものまで埋葬された。

だがこの《遺跡》は違う。《永遠の命》の実験体にされた人間たちを未来永劫封印するための楔として巫女たちまでミイラが使用された。どこにも行けないようにするためだ。この過程が機能するためには、身体にある種の保存を行うことが必要とされ、このため遺体はミイラとされたらしい。

もう一度死なないようにし、またその人のことを常に記憶しておくための呪文を含み、来世がこないよう存在し続ける呪詛が書かれている。

デメリットはもちろんあるようで、この姿での復活は、適切な葬送儀礼が執り行われ、継続的な捧げ物がなされる場合にのみ可能とされている。

このためもし墓が管理されなくなってしまうと《神》が怒り狂って全てを貪り食うと書いてある。食われた人間は一種の幽霊もしくは彷徨うゾンビにされる。そうなれば生者たちに害も益も及ぼすことがあり状況によっては、例えば悪夢、罪悪感、病気などを引き起こし、あるいは罰を下すとある。

「吐き気がするわね......」

私はこのエリアの一番奥にある祭壇に向かった。

「..................」

さいわい棺のところまでスライムが這い上がってきた形跡はない。盗掘の気配もない。

「......私で悪いけど我慢してくれる?」

私は石室をあけた。

「..................」

やはり中には《墓地》と同じミイラが埋葬されていた。ほかのミイラと違うのは埋葬品が現代人のものではないからだろう。

「......彼に渡してあげたいからさ、借りていいかな」

祈るように捧げられているミサンガみたいなアクセサリーを手にする。あっさりと外れた。

「あれ?」

ほかの埋葬品に触れるつもりはなかったのだが、ひっかかったのか綺麗な石がついてきた。どうやら数珠のような細い紐に通されていたのがひっかかってしまったらしい。

「......」

なんとなく気になって電気銃にセットしてみたら、ぴったりはまってしまう。こういうのなんていうんだっけ、シンデレラフィット?なんか違うな。とりあえず、これで何とかなるかもしれない。私はミサンガもどきをポケットにいれ、電気銃を構えたまま、元きた道を戻ることにしたのだった。

「かつて、我が逆光とならんとした魂は、我が一族もろとも焼き払った。同じ末路を迎えさせてやろう!」

「悪いけどそれは出来ないね。オレはまだ死ぬわけにはいかないんだ」

「待て......貴様、それをどこで......」

「君が入れない魂の霊安室に安置されてたよ。勝手にもってきて悪いけどないと信じてくれなかったでしょ?」

《長髄彦》が動揺したせいか、一時的に攻撃がやんだ。その隙を狙って電撃銃を発射した私は《長髄彦》が氣でこの区画のギミックを遠隔操作していたことを知る。ギミックと思われる場所を感電させてコントロールを失った途端、いきなり爆発したからだ。よし、これならいける。この電気銃に実弾制限はない。私ははやく葉佩たちと合流すべく先を急いだのだった。




窮屈な回廊からようやく生還した私の目に飛び込んできたのは、本来なら神鳳充の《黒い砂》が本人から這い出て、新たな核として《思い出》を取り込んで生成される化人ではなかった。神鳳充自身がヤマタノオロチになる瞬間だった。

「おかしいんだ、《黒い砂》がいきなり神鳳をッ!」

「まさかファントムがなにかしやがったのかッ!?」

「いや、ファントムも驚いてるみたいだったぜ、甲ちゃんッ!明らかに動揺してたし!様子がおかしかった!」

まさかの異常事態に葉佩も皆守も混乱している。

「様子がおかしい?どんなふうに?」

「待て貴様、それをどこでって」

「えっ、それここから喋ってたの!?テレパシーかなんか?たぶんこれのことだと思う」

「なんだそれ」

「ミサンガかなんか?」

「オレが閉じ込められた回廊の先にあったよ。死後の王の世話をする世話役の巫女たちの部屋があったんだ。破邪の効果が見込めそうだから借りてきた」

「───────ッ!?」

「巫女?ああ、《鎮魂祭》だって元々は巫女さんが儀式に関わってるんだっけ?いいの見つけたな翔チャン」

「あの回廊、かなりスライムに侵食されてるからファントム入れないんだと思う。知らなかったみたいでさ、明らかに動揺し始めたんだ」

「それであれかあ......もしかして知り合いだったパターンかな」

「......どうだろうな」

「もしかして、ファントムの動揺を異常と勘違いして《黒い砂》が暴走してるんじゃない?」

「そういや《黒い砂》はファントム封印してる墓守の力だっけか?そりゃまずいな」

「多分そうだと思うッ!はやく倒そう、九ちゃんッ!このままだと神鳳の魂が完全にファントムもろとも《黒い砂》に食い潰されてしまう!神鳳、今ファントムに憑依されているから《黒い砂》がやつを過剰に抑え込もうとしてるんだ!」

「神鳳もろともかよッ!融通効かないなあッ!」

神鳳の広範囲の呪詛攻撃から音波攻撃に形態がかわったためか、葉佩は作戦を変更するつもりのようだ。それなら今のうちに。

「ここから先はいかせないよ」

私は破邪に効果が変更されたオーパーツ銃を放った。やはりヤマタノオロチでありながら微妙に違いがあるようだ。

「解析完了。九ちゃん、こいつは八俣遠呂智、獣人だ」

「じゃあ射撃か鞭が有効?」

「鞭じゃなくて破邪効果に置き換わってるから銃の方がいいよ」

「そっか、わかった。まあた破邪が弱点か〜、そんな気はしてたんだよ。白岐連れてくればよかったな!」

「あはは、次からはそうしたら?」

「そうだな、次はない方がいいけど!うーん、加賀知みたいに背中に刺青があるっぽいな。狙ってみるか!」

「やれやれ、一難去ってまた一難か。さっさと片付けてやろうぜ」

葉佩が銃を装填し、構えたときだった。奥の方から畏怖の咆哮がした。私がいた回廊を突き破り、巨大な化人が現れた。

「こいつが神鳳の記憶から生まれた化人かな?」

私は息を飲む。私が知らない化人がそこにいた。魂の霊安室からしみ出したスライムが神鳳充がさしだした記憶を糧に新たな力を獲得するはずだが、妹らしい面影もイタコらしき格好でもない。それは巫女によく似た化人だった。鳥肌がたつのがわかる。今の神鳳充の中には《長髄彦》がいる。そこから発生した化人だとしたらとんでもない強さを獲得した化人だ。

私はオーパーツ銃を電気の石にきりかえる。

「気をつけて、九ちゃん。こいつは破邪攻撃してくるよ」
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