知らない記憶
リンクヴレインズに慣れた体にはあり得ないはずの3D酔いである。激しい画面の動きや明滅を含んだ映像に体がついていかない。あまりにもクオリティが低い上に体に一切配慮していないせいで頭痛やめまい、吐き気、眼球の疲れといった症状が襲いかかった。視覚によって得られる動きの感覚と実際の体の動きの感覚が食い違い、乗り物酔いに似た症状に至ってしまう。これほどまでひどいのは久しぶりだった。いつぶりだろう。体を鍛えている自信がある鬼塚であっても、三半規管と視覚を鍛えることはなかなか難しい。ただでさえリンクヴレインズのような環境はいかに脳を勘違いさせるかにかかっている。クオリティが低いと脳が幻覚を見ていると中途半端に勘違いしてしまい、本能が幻覚に陥るのは古来より服毒だと学んでいるため生理反応で気分が悪くなってしまうのだ。もっと長く体験していれば、いずれは慣れる。それに任せるしかなかった。


今自分が置かれている環境を考えれば、当然と言わざるを得ない。まず、周りが暗い。室内照明がちゃんと機能していないのか薄暗く、真っ暗な部屋で特大のテレビを見ているような気分になる。しかも鬼塚はリンクヴレインズにダイブしてからだいぶ長時間立っているはずだ。その疲労も拍車をかけているのだろう。それに加えて目の前に表示されている大きなモニタは残像がひどい。画面が大きすぎて視界を占有してしまい、酔いやすい。しかも天井が低くて上の視界を遮る何かがある、暗くてよく見えないが。おかげで視界が悪い。


「これはスピードデュエルか?」


風の中のデュエルを一昔前のレトロゲームで再現するとこんな感じになるのだろうか。集中線が走る中、見慣れたデュエルフィールドが展開されている。周りの風を表現している描写が激しい。特に上下に動きが大きい。クオリティが本当に低いゲームだ。田舎のアーケードゲームにありそうなイメージである。カメラの動きが激しい割に、3Dモデルがゆがんでいるし、鬼塚が思ったようにカードをちゃんと操作できなくていらいらしてしまう。視点が意図しない方向にズームしたり、アウトしたり、意図した速度で移動してくれなかったりする。



カードやデッキを見る限り、そんなに難しい詰めデュエルではなさそうだが、さすがに鬼塚は息を吐いた。しばらくじっとしていないと酔ってしまいそうだった。じっとりとかいてしまった冷や汗に我ながら情けなくて笑いがこみ上げてくる。GO鬼塚ともあろう者がなにをしているのだ、と思いつつ、自律神経がおかしくなってしまってはさすがにどうしようもなかった。



しばらくして、重い頭を持ち上げて、なんとか鬼塚はカードを手にする。周囲を演出している光の進行方向が移動先と真逆なのが酔いやすい原因だと気づいたのだ。デュエルに集中すれば少しはましになるだろうか。


「なんだ、これ」


不鮮明な画像とテキストを拡大に拡大を重ねてようやく解読ができた。


「俺の使ってるテーマじゃねえか」


そこには鬼塚が愛用している《剛鬼》が存在していた。


「まさか俺のデュエルの再現か?」


にしては対戦相手に設定されているデッキは、Dr.ゲノムでもハノイの騎士でもない。ましてやリボルバーでもない。


「どういうことだ?」


デュエルは鬼塚の疑問を無視して進んでいく。イラストがあまりにも不鮮明でも《剛鬼》だとわかればこっちのものだ。イラストのぼんやりとした輪郭とカードの種類を示す色を確認するだけでなんとかなる。


「へ、いい度胸じゃねえか。相手になってやるよ」


鬼塚は画面に集中し始めた。気づけば酔いはすっかり収まっていた。


YOU WINの文字が躍る。


「なんだ、この程度かよ」


あっさり勝ってしまって拍子抜けだ。詰めデュエルはむずかしいイメージだがこのデュエルは大したことなかった。難易度が低いのか、日々《剛鬼》を駆使して戦う鬼塚にとっては想定内だっただけなのか。物足りない鬼塚はもう一度挑戦しようかまってみるが反応がない。かわりに真っ暗な部屋に光が差した。


「なんだなんだ、今度は」


暗いところからいきなり明るいところに出たものだから、目がくらんでしまう。あまりにまぶしくてとっさに手で目を覆った鬼塚だったが、少しずつ視界が明るさになれてくるとそれが出口だとわかった。どうやらこのデュエルで勝利すると外に出られる仕掛けだったようである。


「しっかし、なんで俺はここにいるんだ?俺はリボルバーに負けたはずじゃ」


ここまできて、ようやく前後の記憶がはっきりしてきた鬼塚は、出口の明かりでようやく全貌が明らかになった部屋を見渡した。


「……やなところだ」


孤児だったころ、勝手に住んでいた倉庫街によく似ている。たちの悪い大人に捕まってひどい目に遭ったこともある鬼塚にとって、どうみてもシャッターの向こう側にしか見えないコンクリートが打ちっ放しの空間はいやな思い出しかない。ここがどこかわかったことで、ようやくほこりまみれの部屋であり、粉っぽいこと、不衛生な空気、そして後ろには巨大なモニタが設置され、すでに0となったデジタル文字が表示されていることに気づく。


「……」


どこかで見たことがある光景だった。どこでだっただろうか。どん底の生活の中で似たような状況に追い込まれたことはたくさんあった。思い出そうとしても特徴的なものはあまりない。ずっとここにいても仕方ない。鬼塚はそのまま外に出た。入り口は狭く、体を縮めなければ外に出られない。



夕焼けに染まる森が広がっていた。振り返ると、森の中に一目をはばかるように置かれた倉庫。黄色いテープが周囲を囲っている。昔事件でもあったんだろうか。その先をくぐると似たような倉庫を通り過ぎた。一応中をのぞいてみるが誰もいない。ひっくり返ったトレーやおまる、そういったものが乱雑に放置され、独特の異臭を放っている。


「………」


不快感がこみ上げてくる。その根源が特定できない。知っているのに知らない、気持ち悪い感覚だった。


「まあいい、そのうち思い出すだろ」


鬼塚はそのまま歩き出した。まずはここがどこだか調べなくてはならない。


「デンシティ、か?」


はるか遠くにSOLテクノロジー社の看板が見えた。鬼塚は眠ってしまっている街の中で唯一明かりを持つビルを目指して歩き始めたのだった。








夕焼け色に染まるデンシティのいつものランニングコースを行けば、やがては唯一の光源となっているSOLテクノロジー社にたどり着くことができるだろう。鬼塚は辺りを警戒しながら先を急いだ。自分以外誰もいない、まさにゴーストタウンと化した街は不気味である。あの森の中の倉庫みたいな場所といい、意味がわからない。はやく手がかりを掴みたかった。


鬼塚の前に立ちふさがる謎の青年は、SOLテクノロジー社に行きたいのならデュエルしろといってきた。ハノイの騎士かと聞いたら、グレイ・コードでもあるけどね、とどこかのデュエル狂いみたいな笑い方をする。アインスと名乗った青年のアバターはおそらく実態を伴わない偽物だ。突然空間を歪めて現れた。今日は招かざる客が多いとうそぶくあたり、ここがなんなのかわかっているようだ。デュエルで勝ったら教えろと詰め寄る鬼塚に、アインスは言った。できるものならと。


デュエルが成立したメッセージが表示され、鬼塚のデュエルディスクが発光する。そして万全の体制を整えた鬼塚はターンを渡した。


「僕はフィールド魔法《霊神の聖殿》を発動!1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。デッキから《エレメントセイバー》モンスター1体を手札に加える。その後、次の自分ターンのバトルフェイズをスキップする。僕がサーチするのは、《エレメントセイバー・ウィラード》!」


見たことがないテーマデッキだった。見た目はおそらく《戦士族》である。《戦士族》対決なら望むところだ。《剛鬼》たちは戦闘体勢である。


「そのまま手札からモンスター効果を発動だ!手札から他のモンスター2体を墓地へ送って発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。
墓地に送るのは、《エレメントセイバー・マロー》2枚!中央に《エレメントセイバー・ウィラード》を特殊召喚!」

「いきなり高レベルモンスターだと?」

「まだまだこれからさ。ここで魔法カード《真炎の爆破》を発動!自分の墓地から守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。甦れ、2体の《エレメントセイバー・マロー》!さて、下準備はこんなところかな」


アインスは前を見据えた。


「さあ、いくよ。導け、我らが灰色の法典(グレイコード)よ!アローヘッド確認!召喚条件は戦士族モンスター2体!僕は《エレメントセイバー・マロー》2体をリンクマーカーにセット!リンク召喚!リンク2《聖騎士の追憶 イゾルデ》!このカードがリンク召喚に成功した場合に発動できる。デッキから戦士族モンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたモンスター及びその同名モンスターを通常召喚・特殊召喚できず、そのモンスター効果も発動できない。僕がサーチするのは、《エレメントセイバー・ラパウィラ》!」

「《戦士族》リンクモンスターか」

「うん、そうだよ。さらに第2のモンスター効果を発動!デッキから装備魔法カードを任意の数だけ墓地へ送って発動できる。墓地へ送ったカードの数と同じレベルの戦士族モンスター1体をデッキから特殊召喚できる。こい、《エレメントセイバー・マカニ》!モンスター効果を発動だ!1ターンに1度、手札から《エレメントセイバー》モンスター1体を墓地へ送って発動できる。デッキから《エレメントセイバー・マカニ》以外の《エレメントセイバー》モンスターまたは《霊神》モンスター1体を手札に加える。僕は《エレメントセイバー・ラパウィラ》を墓地に捨て、《光霊神フォスオラージュ》をサーチ」

「《霊神》?」


《戦士族》デッキかと思いきや、まさかの混合デッキだろうか。わざわざ混ぜるのだ、なにか秘密があるはずである。鬼塚は気を引き締めた。


「アローヘッド確認!召喚条件はトークン以外の同じ種族のモンスター2体以上!僕は《エレメントセイバー・マカニ》とリンク2《聖騎士の追憶 イゾルデ》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク3《サモン・ソーサレス》!」

「それは《サイバース族》!playmakerのカードをなぜお前が!」

「答える義理はないね。この瞬間、僕の墓地には光属性5枚を揃った!」

「墓地を参照するモンスターだと!?」


ゴーストの《裁きの竜》をはじめとして、強力な効果であることが多い。鬼塚は嫌な予感がした。


「僕は《光霊神フォスオラージュ》のモンスター効果を発動!攻撃表示でフィールドに特殊召喚する!このカードが特殊召喚に成功した時に発動できる。相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」

「なんだと!!」

なんと禁止カード《サンダー・ボルト》と同じ効果である。天からの一撃に屠られると宣言された《剛鬼》たち。一瞬にして鬼塚のフィールドはガラ空きとなる、はずだった。


「ならば発動させてもらうぞ、罠発動《激流葬》!モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動できる。フィールドのモンスターを全て破壊する」

「なっ!?」

「これで仕切り直しだな」


鬼塚は笑った。アインスはなんのためらいもなくフィールドを一掃した鬼塚に驚いているようだ。なにも不思議なことではない。《剛鬼》たちは墓地に行くとほかの《剛鬼》たちをサーチする効果があるのだ。手札補充ができれば問題ない。


「先を見誤ったな、アインス。《光霊神フォスオラージュ》は表側表示でフィールドから離れた場合、次の自分ターンのバトルフェイズをスキップする。次のお前のバトルフェイズは回ってこないだろうな」


アインスは悔しげにそのままターンを終了した。


「俺のターン、ドロー!俺は《剛鬼スープレックス》を通常召喚!モンスター効果を発動だ。手札の《剛鬼ツイストコブラ》を特殊召喚だ。さあ、開け俺様のサーキット!アローヘッド確認!召喚条件は《剛鬼》モンスター2体!俺は《剛鬼スープレックス》と《剛鬼ツイストコブラ》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク2《剛鬼ジェットオーガ》!!」


鬼塚の怒涛の巻き返しが始まる。


「墓地にいった《剛鬼》の共通効果で魔法カード《剛鬼再戦》と《剛鬼ハッグベア》をサーチするぜ。そして、そのまま発動、魔法カード《剛鬼再戦》!自分の墓地のレベルの異なる《剛鬼》モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。さあて、いくか」


ふたたびリンスマーカーが鬼塚の前に展開する。


「アローヘッド確認!召喚条件は《剛鬼》モンスター2体以上!俺はリンク2《剛鬼ジェット・オーガ》と《剛鬼ツイストコブラ》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク3《剛鬼サンダー・オーガ》!!ここで《剛鬼スープレックス》をリリース!《剛鬼ハッグベア》を追加召喚するぜ」

「一体なにをする機会なんだい?」

「見てりゃわかる!さらに俺はリンク3《サンダ・オーガ》と《剛鬼ハッグベア》でリンク召喚!リンク4《剛鬼ザ・マスター・オーガ》!!」

「一気にリンク4!?」

「さらに手札から《剛鬼ライジングスコーピオ》のモンスター効果を発動!自分フィールドのモンスターが存在しない場合、または《剛鬼》モンスターのみの場合、このカードはリリースなしで召喚できる。俺のフィールドには《剛鬼ザ・マスター・オーガ》のみ!攻撃表示で特殊召喚だ!さあ、バトルだ、アインス!2体でダイレクトアタック!!」


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bkm






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