2週目歌仙とリセット本丸8
歴史修正主義者は、時間遡行軍を編成し、時間遡行を繰り返しながらこの国の歴史への攻撃を開始した俺達の敵対勢力だ。敵は未来から無限に兵力を過去へ送り出している、号して八億四千万。まさに数は力なりを体現するような戦力をかつて保持していた。

俺達がその最大勢力を壊滅させたために、今やちりじりとなった残党、あるいは違う思想ながら迎合していたにすぎない小規模の敵のみとなっている。

歴史上の様々な事件があった時代へと赴き、直接干渉することで未来を改変しようとする為、これらを阻止するために俺は刀剣男士を白刃隊としてそれぞれの時代へ派遣している。

具体的には「家康暗殺部隊」や「土方戦死阻止隊」などのように「どういった歴史改変をしようとしているか」を示す名前が部隊名に付けられている。「池田屋一階」には「加州清光折大隊」という洒落にならない名前の部隊がおり、歴史上の人物ばかりか特定の刀剣をも対象としている。

また「ジパング貴金属回収部隊」「ゾーリンゲンサーバー部隊」など、海外に関連する勢力が存在する可能性も示唆されている。

その意図や正体が明示されていない為に様々な考察が出ているが、今のところ憶測の域を出ない。

刀剣男士たちと同じく「短刀」「脇差」「打刀」「太刀」「大太刀」「槍」「薙刀」の7種、新たに俺が審神者稼業を休業しているあいだに「苦無」「中脇差」の2種が確認されたようだ。

それぞれに「甲・乙・丙」と3種類のランクが存在し、同じ個体でも強さが異なる。丙が最も弱く、乙、甲とランクアップするにつれ強力になっていく。

特に厄介なのが高速槍と呼ばれる敵で、体力の低さと引き換えに防御力と機動に超特化されている。短刀・脇差・打刀による遠戦で倒さない限り、ほぼ最速で攻撃を仕掛け、刀装の上からでもダメージを与えてくる。おまけに硬いので刀装を剥がすのも一苦労で、こちらも槍男士を運用して刀装を貫通しない限り、無傷で倒すのが難しくなる。

高難易度の任務では最も警戒が必要な敵の一つであり、「槍から殺せ」と俺は任務に向かう部隊長にかならずいっていた。もはや合言葉となっている。

見た目は刀剣をモチーフにし、髑髏や骨を身に纏い、悪鬼悪霊を彷彿とさせる妖怪めいた出で立ち。だが、その中には刀剣男士と似たポーズを取るものも存在している。

そのため俺は歴史修正主義者側にも審神者がいて、彼らによって刀剣男士のように励起された存在である可能性を疑っている。現にやつらが落とした刀剣から稀に刀剣男士が顕現できるほど精巧に鍛刀されたものがあるからだ。

刀剣男士達もかつての主が死ぬ場面や、自身のありようが大きく変わる場面を目の前にして「今なら変えられるかも知れない」と悩み苦しむ姿を何度も俺は見てきた。特に前の主が悲劇的な死を遂げた刀剣は、少なからず悩む事があるようだ。幸いにして、俺を裏切る事はないようだが、もし裏切ることがあるのなら、俺はそいつを刀解しなければならない。

明治以降、共通の歴史をもつ人間が国を持つという前提で国は成り立っているし、世界は回っている。教育ってのはその根幹だ。当時の人々が歩んできた道のりの果てに今の俺達がいて、さらに未来に時の政府がいる。そのはるか未来において時の政府、そしてこの国がある。その大前提を脅かすようなことが出てきたなら、どんなことをしてでも阻止するのは当たり前のことだ。

阻止できなかったらどうなるか。そんなこと嫌でもわかっている。

かつて歴史修正主義者により次の日の歴史、世界線が違うという悲惨な毎日を送っていた俺は、昨日と違う自分の家族、環境、まわりの状況、そういったものが正しく認識できる稀な人間だった。昨日いたはずの友達が存在を抹消され、昨日まで既に死んでいたはずの祖父が普通に生きている。めまぐるしく変わる物事に混乱しながら生きていたある日、俺は世界線が毎日変わっていくことを認識できる人間として保護されたのだ。さいわい俺は正史にも存在していた人間だったので審神者になれば、平和な日常を取り戻せると時の政府に教えてもらったから適性だなんだと悠長なことをいってられるような状況でもなかったために審神者の才能がないのはわかっていたが審神者の道を選んだ。

そして今に至るわけだが、当初の目的である75振りなんて運営したことがない規模の本丸の運営の計画書に悪戦苦闘しながら数日がたった。ようやく物思いにふけるくらいには余裕ができた。

目の前のTODOリストはひとつも減ってはいないが期限が迫るものやきっきんの課題はなんとかクリアできたのだ。少しくらい考え事くらいさせて欲しいものである。

「こんのすけ、ちょっといいか」

「はい、なにかご用ですか、主さま」

「前の本丸の刀剣男士のリストのデータ、最新版を出してもらっていいか」

「わかりました。担当課に申請いたします」

しばらくして俺のパソコンにデータが送られてきた。かつての本丸にいた刀剣男士たちのその後が書かれているリストだ。これは俺が決して忘れることは許されない俺自身に課せられた罪の重さというやつだ。刀解、賞与、連結、贈与、様々な言葉が並んでいるが何振りか消息不明の言葉がある。調査は継続中のようで最新だと2ヶ月前の日付が入っていた。前の本丸だと24振りで本丸を回していたからみんな練度が高かった。時の政府が危惧するのも無理はなかった。

「未だに行方不明か......」

「検非違使や時間遡行軍に主さまの霊力をもつ者は未だに確認されてはおりません。どうか気を落とさないでくださいまし」

「こんのすけ......」

「引き続き調査を進めてまいりますので、どうか、どうか」

「まあ最悪の事態を聞かなくて済んでホッとしてるよ。ありがとうな。そういや、時間遡行軍が刀剣男士と似てるって前々からある噂話だが......なにかわかったのか?」

「いえ、残念ながら。検非違使と時間遡行軍が同じ姿なのは、検非違使が時間遡行軍を捕らえた可能性がある説が濃厚になってきたことくらいでしょうか」

「ああ......新しいやつがでたらしいな。今のうちの本丸じゃ対抗出来そうなやつがいない。絶対に遭遇は避けなきゃなんねえな」

歴史を保全する番人にして、俺達審神者たちのトラウマ、検非違使。俺の手元にはそのデータがある。

歴史修正主義者(時間遡行軍)にも刀剣男士にも味方しない第三勢力、つまり双方の敵として俺たちの前に立ちはだかってきた。過去の改変を目論む歴史修正主義者を許さないが、それのみならず遡行軍を止めようと過去の時代へ介入した刀剣男士たちをも「過去へ干渉する異物」と見なして問答無用で排除しようとする。

機械的に、無感情に時間遡行を行う対象を破壊し、時には遡行した先で本来の歴史から外れ生き残った人々すら自らの手で殺害し「歴史を守る」ので、同じ歴史の守り人でありながら刀剣男士たちとの相互理解は当然ながら不可能だ。

検非違使は時空の歪みの中から突然現れ、歴史へ介入した刀剣男士たちの元へ現れた時間遡行軍の一団を彼らの目の前で倒し、続いて刀剣男士たちへその矛先を向けてくる。

「放免か......」

この階級は実在した検非違使の役職で、罪を一部免除されたり赦された元罪人が検非違使庁で検非違使の部下として現場で働いている存在である。実際に検非違使たちの手足となって犯罪者を探索したり捕縛するのを担当していた。

「普通に考えるなら、検非違使に捕らえられた時間遡行軍や刀剣男士の成れの果てか?」

「主さまたちの戦術をまるで見てきたかのように使いこなす軍も観測されています。可能性の域は出ませんが......」

「謎は深まるばかりだな......まあ、死んだ刀剣男士が時間遡行軍なり検非違使なりになるとしたら、どのみち前の本丸の歌仙兼定もなってるはずだ。覚えちゃいないだろう、覚えてたら真っ先に殺しにくるはずだからな。覚えてようが覚えてなかろうが俺達の世界線を破壊しようとするやつは敵に変わりはない。うちの本丸からいなくなった何振りかはいるのかもしれねえけど、やることは変わんねえよ」

「でしたらなおのこと、検非違使か歴史修正主義者から解放して本来の姿を取り戻してあげなくてはなりませんね」

「......あはは、いいこというな、お前」

俺はこんのすけの頭を撫でた。

窓を打つ雨音を聞きながら、俺はため息をついた。近侍がいたら絶対に零せない本音だ。ゆえに物吉貞宗は今別部隊に遠征の依頼を言伝ている。宿坊から本殿はそれなりに距離はある。まだ帰ってはこないはずだ。

そんな考えを巡らせているうちに、部屋全体がいつもとは違う異質な空間になったように感じられてきた。霊力が低い俺でもわかる。まるで部屋そのものがひとつの意思を持っているかのようだ。

「誰か、いるのか?」

返事はない。

「主さま?」

俺は襖をあけた。誰もいない。

「気のせい......きのせい、きのせいか?霊力低い俺じゃわからん、物吉貞宗に聞いてみるか」







診療棟を出て廊下を真っ直ぐ進むと見えてくる突き当たりの建物。僕達刀剣男士の主な生活拠点となる宿坊と旅館をふたつたして割ったような外観の宿舎棟だとこんのすけが教えてくれた。この建物を突き進んでいくと主の拠点である本殿に続いているそうだ。

今までは本殿の裏側にある主の生活拠点である民家のような建物にある部屋で部隊ごとに共同生活をしていた訳だが、本格的に本殿側の民家には近侍と主しか住まなくなるということだろう。

僕達は一度部隊の部屋に戻り、私物を集めて掃除をした。そしてどこの部屋にするか、近侍の仕事をしていた通りがかりの物吉貞宗を捕まえて部屋割りを決めることにした。

「とはいえさ、アタシ達が1番隊なのは池田屋攻略までは変わらない訳だろう?活動すんのも一緒なわけだし、バラバラになるのもめんどくさいよねえ。新入り来る前にアタシらでどっかの部屋固めてとっちまおう。どうだい、隊長さま」

「主様は僕達に一任してくださるそうなので、大丈夫だと思います。でも、厚さんや前田さんはご兄弟が今回ようやく顕現されますよね?距離が遠くなるかもしれませんが、構いませんか?」

「俺は別にいいぜー、本丸ん中にいるのは変わらねえんだからさ。会おうと思えばいつでも会えるし」

「僕も構いません。主君の手を煩わせる訳にはいきませんから」

「そうですか、なら大丈夫ですね。ええと部屋割りは僕と次郎さん、歌仙さんと小夜さん、厚さんと前田さん。お部屋はどうしましょうか」

「本殿に近い部屋でいいんじゃないかい?物吉貞宗、きみは本殿にいる時の方が多いとはいえ、近侍でもある訳だ。なにかあれば主のところに一番にかけつけられるところの方がいいと僕は思うね」

「アタシはどこでもいいけどさ、外に早く出られる方が酒取りに行きやすいよねえ。今回から中庭通らなきゃ食堂に行けなくなっちまったから、歌仙に賛成だよ」

「共同キッチンはついてると聞いてますけど」

「やだよー、冷蔵庫ちっさいんだもんあそこのやつ。妖精さんたちに頼めばすぐだし」

「僕も主君のところにいち早く駆けつけられる部屋がいいです。僕達は1番隊な訳ですから」

「だよなー。兄弟たちには悪いけど、みんなのためにここまで本丸デカくしたんだから、先にいい部屋決めてもいいと思うぜ」

僕達の意見を取りまとめた物吉貞宗がさしだしてきた電子端末には、新しい宿舎棟の内部構造が表示されていた。本殿に続く通路は1階と2階にあり、どちらでもいいそうだ。

「あ、でも2階の方は主君の部屋、近侍の部屋と通じています。2階の方がいいのでは?」

「なら2階の一番奥の、3部屋だねえ。どうする?中庭がみえるか、漆喰の壁が見えるかの違いだけど」

「僕は中庭が見えた方がいいな、1番隊の仕事がない今は久しぶりに歌が詠みたくてね。題材を探して本丸を歩き回っているから、風景がよく見える方がいい」

「僕はどちらでも......本殿に近い部屋だし......」

「アタシはどっちでもいいけど、物吉のこと考えるなら歌仙に相談もあるだろうし真向かいでいいんじゃない?」

「ああ、そうだね。それもあるか」

「ありがとうございます、次郎さん。歌仙さん。よろしくお願いします」

「うーん、じゃあ俺達はどっちも好きな方選べるんだ!?迷うな、どうする?」

「そうですね......僕達の部屋はどのみち真向かいも隣も別の隊員になりますから、後からでもいいのでは?」

「あー、様子見ってことか。なあなあ、予約ってできる?」

「希望者が重なった場合は、話し合いか抽選にするか決めなくてはいけないので大丈夫ですよ」

「よし、じゃあ歌仙たちの隣か、物吉たちの隣だな!」

「あ、2番隊のみなさん、僕達が登録したことに気づいて予約いれてきましたね。1階の本殿側が全部埋まりました」

「あっぶなかったねー、ぼーっとしてたら1階も2階もあやうくいい部屋とられるとこだったよ」

「3番隊と4番隊のみなさんは、新入りさんたちが激しく入れ替わることも考えてか、岩融さんと巴形薙刀さんは3階みたいですね。隊員さんたちはバラバラみたいです」

「あ、秋田たち登録したの物吉たち側だ。こっちにするか?」

「そうですね、その方が部屋も近い」

「決まりですね、ありがとうございます。僕、このまま主様のところに1度戻りますね」

「忙しいところ捕まえて悪かったね。きみの荷物どうしようか、運んだ方がいいかい?」

「あ、大丈夫です!僕、ほとんどの荷物近侍部屋に移動させてありますから!みなさんはお先にどうぞ!」

物吉貞宗はそういって慌ただしく去っていった。僕達は私物をかかえて本殿側の通路から宿舎棟に入ったのだった。

真新しい旅館のような宿舎棟は天井が高い。次郎太刀が頭をぶつけないですむと喜んでいる。そして僕は中庭と本殿、五重塔がよく見える部屋に小夜と入ったのだった。

「これはこれは......想像以上だな」

「2人でも広い......もったいないくらい......」

「頑張れば3人でも行けそうな広さだ」

僕は障子を開けた。

「これはいいな、本殿と五重塔がよく見える。夕方になると尚のこと綺麗だろう。庭の景色がよくみえる」

「......ほんとだ。主が1番好きだっていってる景色、よく見えるね」

「そうだね」

僕達は窓を開けたまま、部屋を一望した。

「一応聞くが間仕切りは?」

「いい......歌仙は?」

「僕も小夜ならいいさ」

「うん」

「さて、私物を片付けてしまおうか。今夜は新入りを歓迎するのに妖精たちが総動員だ。僕達も手伝わなくてはね」

「それもあるけど、まだ本丸の中ちゃんとみてないし、迷子になったらかっこ悪い」

「1番隊が迷子か、たしかに笑えないね」

そんな軽口を叩きながら部屋の収納や宛てがわれているものがちゃんと使われているか検分していた僕達はほぼ同時に無言になった。そして目を合わせる。

「ふたつになったけど、返す?」

「......いや、きっとどこの部屋に誰が入るかわからないから全ての部屋に置いてあるはずだ」

「宿舎棟120振り分あるのに?」

「さすがに刀装備まではないか、よかった」

「主、大丈夫なの?」

「僕が聞きたいくらいだ。極のお守りだってタダではないんだぞ」

「歌仙、部屋の片付けは僕がやっておく。主のところに行くんでしょ?行ってきたら?」

「ああ、ありがとう、小夜。すぐ戻る」

僕は障子を閉めた。

「......今夜新入りの歓迎会だけど、そんなにすぐ終わる?」


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