Second love
…それは遠い遠い記憶の中。
聖なる日の前日。
街中は楽しそうに笑顔を浮かべながら歩く親子やカップルたちで一杯だった。
当然、俺の施設でもその祭りごとで賑わっていた。皆で食卓を囲み、普段は滅多に見ないご馳走をありったけ食べて讃美歌を歌ったりして盛り上がった。
だけど、その中で俺は何故か浮かない気分だった。別に何の不満もなかった筈なのに、無性に一人になりたくなって俺は途中で施設を抜け出した。
それで、近くの公園に行き、ちらちらと雪の舞う中、気の向くままにギターを掻き鳴らしながら歌っていた。
そんな時、一人の少女に出逢った。顔は良く覚えていないけど、明るくあどけない子だったということだけは記憶に残っている。
彼女は俺の適当な歌に合わせて一緒に歌ってくれた。俺はそれが嬉しくて、悴む手も気にせずにギターを鳴らし続けたんだ…
***
あれから数年たった今、俺は一向に彼女のことを忘れられずにいた。
また会える、なんて思っている訳でもない。だけど、頭の片隅にずっとあるあの日の記憶。
(まあいっか。別に覚えていて困るものでもないし…)
そう思いながら廊下を歩いていると、前からせかせかとリンちゃんが歩いてくるのが見えた。
「あら、音くんじゃない!丁度良かったわ〜頼みごと聞いてもらえないかしら?」
なんでも、明日までに提出しなければならないプリントを配り忘れていたらしい。生憎、今日は休日。その為、大急ぎでプリントを配って回っているとのこと。
リンちゃんに半分プリントを受け取り、俺も大急ぎででクラスメイトを探しに行く。
(…あとは七海と友千香の分、か……)
手元の二枚のプリントを見ながら、なんとか事を済ませられると一安心する。
だが、彼女たちの部屋に訪ねれば事なきを得るとそう思っていたら部屋には七海しかいなかった。
七海はこれから曲の合わせがあるから良かったら直接渡しに行ってあげて欲しいと言われ、取り立て用事も無かったから素直にそうすることにした。
七海の話だと、友千香は多分屋上にいるとのこと。
その情報を信じ、屋上へ向かう階段を登って行くと、どこからともなく何かの歌らしきものが聞こえてきた。それはここからでは籠っていて何かは良くわからなかったが、階段を登るに連れて次第に大きくなっていった。
階段を登りきり、屋上への扉を開けるとその籠った音が鮮明に耳に入ってくる。それと同時に俺の頭の端の深い記憶を呼び起こした。
「…っ……!!」
「あ、音也」
俺の気配に気付いたのか、空を見上げながら歌っていた友千香は勢い良く振り向き、俺に笑顔を見せてくれた。
「あのさ…この歌……」
「…これはね、あたしの初恋の人が歌ってた歌なんだ」
恐る恐る、尋ねる俺に、今まで見たことの無いような満面の笑みを向ける彼女。
―――ドクンッ
これでもかというくらい、俺の胸が激しく脈打つ。
この笑顔は、多分、彼女が初恋の人に向けたもので、今の俺に向けたものではないのだろう。それでも、嬉しくて、嬉しくて、思わず彼女を抱き締めていた。
「…っ!?…音也…どうしたの……」
不安そうに見詰める瞳が俺をとらえる。でも、そんなことを気にしてる余裕なんてない。
「会いたかった……」
「…何言ってんのよ…毎日顔合わせてるじゃない……」
「それでも、会いたかった」
「ねぇ、音っ……」
彼女の声を遮り、先程彼女が歌っていたのと同じあの歌を奏でる。
あの時の歌を今でも鮮明に思い出すことが出来るのは多分……今、目の前にいる彼女のお陰。
「…え……何で…」
「わからない?俺が君の…初恋の人、なんだけど」
「……!?」
今にも涙が溢れ出しそうな瞳に、まるで熟れた果実のように真っ赤な顔が可愛らしくて、もっと近くで彼女を感じようと顔を近付ける。
しかし、それも束の間。彼女に身体を勢い良く突き放され呆然としてしまう。
「友千香…」
俺から逃げるように走り去る彼女の背中。
それを見て俺は、ただ、ただ、彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった…