novel01 | ナノ

星降る夜に騒ごう

眼前にどこまでも際限なく広がる海は水平線にゆっくりと沈もうとする夕日に照らされ見慣れた青とは全く違う表情を見せる。
見渡す限り島もなにもないただただ海だけが広がる中に、ゆらゆらとたゆとう様に浮かぶ一隻の潜水艇の甲板で、この夕日に照らされた光景をまるで海がオレンジジュースになったみたいだと無邪気に言った白クマの感想が海賊にしては何とも可愛らしく、思わずクルー達の笑いを誘った。


「随分騒がしいな、日没してから開始だったろ?もう始まってンのか?」
「うおっ?!やっぱ船長すっげぇ似合うじゃないですか!」
「キャプテンかっこいい!!」
「その色で正確でしたね!お似合いです!」
そんな中、甲板に現れた我等が船長の姿に宴の準備…を進めようとしたものの、摘み食いをはじめ結局そのまま宴に突入しかけていたクルー達が一斉に振り返り、思わずといった感じで感嘆の声を上げた。
ペンギンに傅かれるようにしてクルー達の前に姿を見せたローは普段のラフな格好ではなく、シンプルな藍色の浴衣に漆黒の帯、左手はペンギンに引かれ、右手でゆったりと団扇で扇ぐ姿はなんとも優雅だ。
当然の事ながら今日はトレードマークの帽子も身につけておらず、耳に嵌められたゴールドのピアスが夕日に照らされ柔らかく光る。

「……動きにくい」
自分を取り囲みはしゃぐクルー達をはいはいと受け流しながら憮然とそう呟くと、どうせ船の中だけですからそれ程支障はないでしょうとペンギンにしれっと受け流される。
支障が無いなんてことは無いだろう、ここで敵船や海軍に鉢合わせしたらどうするんだと、船長としての考えがチラリと脳裏を掠めたものの、この場所なら浮上しても問題がないだろうと許可したのは自分であるし、何より多少動き難いという問題と自分の能力と力量を天秤に掛けても実際の所戦闘に支障があるとも思えなかった。まぁ最悪浴衣をたくしあげてでも戦えばいいだけの話であり……過保護なクルー達がそれを許すかどうかはさておき。
勿論ペンギンとしてはそれらの事を踏まえての”問題ないでしょう”という発言であり、冷静な部下をもったものだと一人ごちる。
(自分の船長がまさか最悪の場合は浴衣をたくし上げてでも等と考えている所までは想像に及んではいないだろうけど)
「それにしてもまぁ…よく準備したな」
ハートの海賊団の船は潜水艇だからこそ造りとしては甲板部分はさほど広くはない。
その甲板の手摺りに括りつけるように、短冊を吊した笹が幾つも並び、簡易的ではあるがテーブルが用意されこれでもかとツマミと料理がずらりと並ぶ。
見慣れない料理が幾つか見受けられるが恐らく今回のイベントに因んだ料理かなにかだろうか、それとのワノクニの料理だろうか。
興味深げにテーブルを覗き込むローに今回の首謀者であるクルーの一人がキャスケットを被りなおしながら楽しそうに笑う。
「へへっ何て言ったって七夕っスからね!」





事の発端は昨夜、食堂でのシャチの一言で始まった。
「船長!明日七夕なの知ってますか!?」
「…七夕ァ?」
「ハイ!ワノクニの行事で一年に一度織り姫と彦星が−」
「いやそれは知ってる。俺が聞いてンのはそれがどうかしたかっていう話だ」
たっぷりと盛られたサラダのベーコンの部分だけをフォークでよけつつ、ドレッシングが大量に掛かってる部分も避けながらもごもごと野菜を頬張りながら話すローに、何処からか”兎さんじゃないんですからサラダ位ちゃんとより分けないで食べて下さいよ!”というペンギンの小言が聞こえてくるがそこはあえて聞こえないフリをした。
「ウチでもやりましょうよ!七夕!!」
「航海の真っ最中、海のど真ん中でか」
「ハイ!!浮上して!」
ここは比較的安定した海域だし、短冊に願い事とか書いてみたいです!そう目を輝かせて話すシャチの話を聴きながらフム…と食事の手を休め思案する。
確かにここ数日は治安、天候共に安定しており特段問題は無いだろう。
むしろ何日も上陸できず刺激の無いまま航海を続け、何もおこらないというこの状況は逆に人間の精神にストレスを与えかねないとローは考えていた。そろそろクルー達のガス抜きでもしてやる必要があるかと思っていた所だ、ここでクルーの提案どおり騒ぐのも悪くないだろう。
恐らくこの調子ならば明日の夜は快晴、星もさぞよく見えるに違いない。
「…お前達がやりたいというならそりゃ構わねぇが……色々と準備があるんじゃないのか?」
笹なんて船には常備してねぇぞ、うちのベポはパンダじゃねえからなと零せば、パンダじゃなくてごめんなさい…としょげるベポは相変わらずの打たれ弱さだ。
「大丈夫です!こっそりみんなで用意しました!」
冷暗室に実は笹とかあるんです!短冊とか七夕飾りも!と胸を張っていうシャチに俺に無断で事を進めたのか?と軽く苛めてやろうかとも思ったが、話がややこしくなりそうなので止めておいた。
聞けば、先日上陸した島でふらりと立ち寄った雑貨店の主人がワノクニの出身だったそうで、時期柄もあって世間話がてら色々と話を聞いたらしい。そこの店主の好意で七夕準備に必要な一式を分けてくれたそうだ。
「まぁ羽目は外しすぎんなよ」
船長からおりた許可に周りにいたクルー達がどっと歓声があがり、騒がしかった食堂が尚賑やかに活気づく。たまにはこういうのも悪くないとローは密かに目を細めながらやはり何処からか聞こえてくる”またそんなに残して!”というペンギンの声を無視し、残ったサラダをそっとシャチの皿に押し付けた。





先刻まで一面の海をオレンジジュースのように染め上げた夕日はいつの間にか姿を隠し、幾ばくか湿度を含んでいるとはいえ頬を撫でる宵の風は昼間のそれと比べ心地好い。
タイミングの良い事に今夜は新月で星を愛でるには申し分ない夜になりそうだ。
クルーがローの為にと甲板を見渡せる位置に用意してくれた席は、木箱に浴衣が汚れぬように布が敷かれた簡易的な物ではあったが、船上ではこれで充分であったし、何より慣れない浴衣姿を気遣い、座りっぱなしのローの元へと料理だお酌だとクルー達が次々と押し寄せまさに至れり尽くせりだ。
「船長ォ!呑んでますか!」
すっかり出来上がったクルーがにこにことワノクニの酒を片手にローの元へとふらふら近づいてくるのが何とも危なっかしい。
酌ならちゃんと受けてやるからゆっくり歩いてこい、危ないだろうと叱りつければ、強面のクルーがまるで子供のようにはーいごめんなさーいと返事をするのがどこかおかしかった。
ローからの返杯を楽しげに飲み干しながら、来年はオレらも浴衣全員着ますからねっと上機嫌に言われれば、浴衣を差し出された時のペンギンとのやり取りを思い出し本当に仕方のない奴らだとつい笑みが零れる。




クルー達が夕刻楽しげに宴の準備をする最中、自分もなにか手伝う事はないかと珍しく自発的に甲板へ向かおうとした所をペンギンに止められ、そっと差し出されたのは藍色の真新しい浴衣。
浴衣というものを知識の上では知ってはいたが、初めて目にする実物にあの店で買ったのかと聞けばいいえと首を横に振られ、店主に教えてもらってシャチと一から作ってみました和裁って結構面白いですね!と事もなげにそう言ってきた。
流石に準備期間が短すぎてクルー全員の分は無理であったけども、来年までには皆で手分けしてクルー全員の浴衣を用意します勿論航海に支障は出させません!と力強く宣言するペンギンにローは開いた口が塞がらない。
我が海賊団はいつから戦う和裁集団になったんだ―そんな言葉が喉元まで出かかったものの、ペンギンの様子があまりにも俺達こんな事も出来るんです!褒めて下さい!というオーラ全開で、イヤミを言うどころか俺は着付け出来ねぇぞ…と返すのがやっとだった。(結局ペンギンに着つけてもらったのだが)




クルー達の盃を受け切ったと思われた頃、最近入った新入りがローの元へと酌をしにやってきた。
このタイミングになったのは恐らく他の先輩たちに遠慮した結果なのだろう。
「ジャンバール、ちゃんと呑んでるか?」
「ああ、お陰さまで」
基本新入りに関しては不要な軋轢を生まぬために他の幹部やクルーに任せ放任主義を貫くローであり、自分がスカウトしたとはいえジャンバールも例外ではない。結成当初からの古株から昨日入った新人までローの扱いは平等である。
とはいえ、新入りと言いつつも元は他船の海賊で先日までは天竜人の奴隷だった男だ、他のクルーとは明らかに異色の経歴であることは間違いないだろう。
表立って表情に出したことなど一度もないが、心中ジャンバールの事はこの船で上手くやれるのかと気にかかってはいた。
「……ここは」
「ん?」
「クルー達が活き活きしてる、良い船だ」
船長の力量が充分わかる、そう言って盃を煽るジャンバールにそうじゃねえだろうと内心舌打ちをする。
「お前はどうなんだジャンバール」
「…俺か?」
「忘れんな、テメェもその”良い船”とやらのパーツなんだよテメェも楽しくなきゃテメェのいう良い船なんかじゃねぇだろ」
「……ああ、そうだな」
すまないと謝るジャンバールに謝ることはないだろうと返せば再びすまないと返されてしまい、存外真面目で不器用な男だなと思った。
暫くの間言葉少なく静かに杯を交わしていた二人であったが、ポツリと来年は全員浴衣だそうだなと零せばわずかにジャンバールの表情が曇る。
「……そうだな…俺も着ることになるんだろうな」
「まあベポとお前は流石にサイズが特注だからな、作るのは最後の方になるだろうけどなァ」
「…うむ」
浮かない返事をするジャンバールに嫌なら合わせる必要はないんだぞと言えばそうではないと言う。
「着付けを学んでもこの体格では浴衣をちゃんと着られるかどうか不安でな……」
先ほどの会話といい何処までも一人不器用で真面目なジャンバールに、酒の勢いもありついに堪え切れなくなったローは声をあげて笑った。



「そン時は俺にでも言え!!俺も着付けを覚えてやる!」




そう大きな声で言ったつもりはなかったものの、甲板中に聞こえていたらしくクルー達がジャンバールだけずるいです!俺も!!俺も気付けてほしいです!キャプテン!俺も着付けしてくれるよね?!と我先にとクルー達が押し掛け、流石にお前らいい加減にしろと船長が能力を発動するまであと3分ー





基本ハートの海賊団は仲良しで船長崇拝で、そして船長もなんだかんだ言ってクルーの事がすごく大事、という関係性だといいなぁと思ってます。
クルー→←船長 でお互い口に出さないけどわかってる的な



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