novel05 | ナノ

予定調和


午前中の部活動が終わった帰り道、ほとんど乗客のいない三両編成のローカル線の一番後ろの車両、更に一番後ろのボックス席。
ガラガラの車内で、二人の高校生がボックス席へ座るとなれば大概向かいの席、オマケに席が狭いから斜め向かい同士で座るもんなんだろうけど、俺とユースタス屋はいつもこの向かい合ったボックス席に並んで座る。
別に途中の駅で乗客が増えるからとかそんな理由じゃない。このローカル線は夏休みのこの時間、始発駅から終点までガラガラだ。
俺がただユースタス屋の隣に座りたいからそうしてる、ただそれだけの話。
ユースタス屋も別に広い方にいけよなんて一度も言ったことがないから、多分良しとしてるに違いないと勝手に思っている。
……いや、良しとしてるかどうかは正直分からないけれど、少なくとも嫌ではないのは確かじゃないだろうか。
だってそうだろう、ここのローカル線は冷房なんて入ってない。全開になった窓から入る生温い湿った風と、
それを申し訳程度に天井で首を振ってかき回す扇風機のみの車内。
こんな不快な環境で隣に座られるのが嫌なのに何も言わないなんてありえねぇ。
稀にそんな事も言えない気の弱い人間だっているかもしれないが、
少なくともユースタス屋はそんなタマじゃない。(もちろん俺も)
兎にも角にも俺は、ユースタス屋の隣に座りたいからそうする。理由は自分でもよくわからない。
いや、分からないフリをしていると表現した方が多分正しい。
半袖のカッターシャツ越しにずっと触れてる二の腕とか、
偶に触れる俺より体温の高い肘だとか、
なぁ暑い、暇だと声をかければいい子だから大人しくしてろよなんて上から目線で言われた挙句、
俺よりずっとデカい手でわしゃわしゃと俺の頭を撫でたくるところだとか
ああもう本当は堪らなくコイツの事が好きだって自覚してる。
ただ、今のこの気の置けない関係という奴を壊したくない、いいやもうまどろっこしいからいっそ壊れてしまえばいい、お願い気が付いて気が付かないで、そんな葛藤を自分の気持ちに無理やり蓋をしてこの今の気温みたいにウジウジと煮え切らないだけだ。





カチカチカチカチ……


ガタゴトと眠気を誘われるような揺れの中で、ユースタス屋の携帯を弄る音だけがカチカチと響く。
隣り合って座るものの、夏休みだというのに毎日のように顔を合わせているし、
こんなぐったりしたくなるような暑さの中で会話する事なんてほとんどない。
俺の隣でユースタス屋が携帯を弄り、俺が物言わずダレきってるのは最早夏休みが始まってからのお決まりの光景。
不満などあるはずもない。
……ユースタス屋が何をそんなカチカチやってんのかはちょっと気にならなくもないけど。
もし彼女とかにメールを打ってるとかだったりしたら確実に俺は死ねる。この電車に今すぐ飛び込むくらいの勢いで死ねる。こんなちんたらしたワンマン運転のローカル線じゃまず軽傷で終わるのがオチだろうからやらないけど。
別に彼女がいる事自体に死ねる訳じゃねぇ。
部活と勉強とそれからひっそりとした絶賛片思い中の俺と違ってコイツは割とお盛んだ。
決して長続きはしないけど割と彼女がいない期間が少ないくらいで。しかし、俺やほかのツレ達との約束を優先するあたりコイツにとっては彼女へのプライオリティは限りなく低い。……つまりは割とオンナに対してはロクデナシ野郎なんだと思う。
そんなロクデナシ野郎が隣の俺を差し置いて彼女へのメールなんて打っててみろ。俺個人へのプライオリティはそのクソ女以下という訳だ、それだけは正直いただけない。






「なぁ」








「…今日いつもより暑くね……?」
「はっ?えっ?何っ?!」

俺とコイツの彼女に置ける優先順位についてぐるぐると考えこみ、デモデモダッテが2周半ばかりした所で、あ、そうだコイツ今彼女いねーんだったと袋小路だった思考にデカい風穴が開く。
その瞬間、諸悪の根源であるユースタス屋にふいに声を掛けられて思わず返事が上ずった。
ビビらせんんじゃねーよバカスタス
「だから今日いつもより電車暑くねーか?って」
「おっ……オウ!そうだな……ってお前髪束ねてねーからじゃね……?」
長いとは言い難い、それでもこの真夏には傍から見ていても鬱陶しいと思う程度には伸びている真っ赤な髪を部活の時はゴムで軽く結わえている。(余談だが束ねた毛先がチョロンとしてて豚のしっぽみたいでちょっと可愛いと俺は思ってる)
しかし、今日のユースタス屋はよくよくみれば、前髪をピンで上げて緩いポンパドールみたいな髪型をしていた。
「あー……伸びてきた前髪うっとーし過ぎて後ろ忘れてたわ……」
クッソあちぃ。そうぼやいて鞄の中から、うちわ代わりに突っ込まれてる下敷きを取り出してわさわさと仰ぎ始める。
温いとはいえ無いよりはあった方がマシだと言わんばかりに、その仰ぐ風のおこぼれに頂戴しようとユースタス屋の方へ身を寄せると、てめぇも下敷きあんだろと軽く小突かれた。しかし離れろとは言われなかったのでそっと身を寄せたままにしておくことにする。
うん、おこぼれに預かるって言うのはただのくっ付く口実でしかないんだけど。
「やっぱ後ろ束ねると違うモン?」
そういいながら、ユースタス屋の後ろの毛束をクイって軽く摘んで問えば全然違うと返された。
俺は後ろは項が見えるくらい短いから正直そんなに違うもんなのか違いが想像つかねぇ。
「……んー俺短いしわかんねーな」
「ああ…お前昔からみじけーもんなぁ」
俺がツンツンと緩く引っ張ってた毛束を離すと、今度はユースタス屋の手が俺の項へと延びてきた。
俺より高い体温が、ゆっくりと毛の流れに逆らうように下から上へ、何かを確かめるみたいな手付きでゆっくりと撫で上げられる。
やわく短い髪の間に指を差し入れられ、やわやわとろくに力も入れず撫でられた瞬間背筋がピンと張るような何ともいえない感覚が俺を襲う。
アレ?何かヤバいかもと思った頃にはもう手遅れだった。


「ひぁっ」
「っ!!」

おいおいおいおいなんだこれ何だよ今の誰の声だよ!俺か?!俺の声か?!
何この声気持ち悪い!!!引かれた!絶対にユースタス屋にひかれた!!!
いつも俺の頭をなでるみたいにわしゃわしゃと触れてくるんだと思っていた俺はすっかり油断しきっていた。
まさか同性に項を触られて、はしたない声を上げるだなんて誰が想像できただろうか。
とは言えユースタス屋の触り方ちょっとなんかエロかったのは確かだ。クッソ過去の彼女共にだってそうやって触ってたのかよリア充め!爆ぜちまえ、いやいっそ禿げろ。つーかもげろ。
ぐるぐるぐるぐると顔を赤くさせたり青くさせたりしている俺を尻目にユースタス屋も俺につられたのか何のか仄かに顔が赤い。
畜生、なんでテメーがそんな顔してんだ恥ずかしいのはこっちだし、何なら俺は今なら泣ける気すらする。
「お前……」
「んだよっ!!きっ…気持ちわりーんだよ!離せ」
「…ここ?」
「ひゃっ……てめっ」
「気持ちいいんだ?」
そう耳元で息を吹き込むように囁かれてしまうと、一瞬くたりと俺の身体の力がぬける。畜生、これがユースタス屋じゃなかったら気持ち悪いの罵声と共に拳ぶち込んで済む話なのに。



いつの間にかユースタス屋の空いていたもう片方の腕が俺の腰に回されて抱きかかえられるみたいに引き寄せられる。
何だこれは罰ゲームかなにかか?俺なにかテメェとの賭けで負けた事なんてあったか?いいや違うそんな覚えはない。
じゃあ何かこれは仕返しか、俺が合宿で寝ているテメェに眉毛と肉って書いたのばれてたのか。
「ちょ…ユースタス屋…ん…待てって……」
「あ?ンだよ」
「なぁ……これいったい何の罰ゲーム……」
「はァ?!テメェここまできてそれ言うか?!」
ああもうお前鈍いな、こんなクッソ暑い中こんだけくっついてこんなやらしい触り方してんだから悟れよ!!空気よめよ!
なんてユースタス屋に言われたけど、その言葉まるっとお前にかえしてやりたい。だってくっ付きにいったのはユースタス屋じゃなくて俺なんだから。俺が言うならともかくお前が言うのは若干お門違いという奴だろう?
だから、ふざけんなクソスタス屋 と、そう返しそう思ったのにその言葉がユースタス屋の耳に届くことはなかった。
気がつけば俺の視界は一面の赤に遮られそのままずるずると狭い二人掛けの椅子に押し倒される。




「はっ……?!ちょ……っ何だよ?!」
「うっせ……ちょっと黙ってろ」
尚も文句を垂れてやろうと思っていた矢先に今度は言葉が詰まる。
……言葉が詰まるというよりは呼吸が止まったと言った方が正しいかもしれない。一瞬何をされたのか分からなかったが、ぬるりと口腔に侵入してきたユースタス屋の舌の感触でやっと俺はコイツに唇を塞がれてるんだという事を理解した。
分厚い舌がいやらしく俺の舌先をなぞったかと思えば今度はむせそうになるくらい奥にまで突っ込んでくる。
「んうっ…ふっ」
「なァ…舌だして?」
もはや思考回路が半分溶けかけてる俺は言われるがままに素直に舌を差し出すと、そのままユースタス屋の口腔にやわく、あまく歯を立てられるその快感に思わず腰が小さく跳ねる。
ひくりと跳ねた拍子に絡み合ってた舌が離れ酸欠不足だった脳に、肺に一気に空気が流れ込んできた。
「は……てめっ……場所考えろよ」
「この車両誰もいねーじゃん」
いっつも終点まで俺たちだけじゃねーか、なんて耳元で熱く掠れた声で言われて首筋の汗を吸い取るみてーにキスされちまったら、それだけでもう何もかもどうでもよくなってしまってユースタス屋のがっしりとした首に両腕をまわす。
「ぁっん……」
「ああ、ここもイイ所なのか?」
わざと音と立てて外耳道の入り口をねちねちと舌で嬲られると、抑えが利かなくて無意識のうちに腰をゆすってユースタス屋に先をせがむ。
健全な汗はよこしまな気持ちすら流すとかあんなもん絶対嘘だ。何が健全な精神は健全な肉体に宿るだクソったれ。部活でさわやかな汗をいくら流した所で勃つもんは勃つ。俺もユースタス屋もガッチガチになったそれを制服越しに擦り付け合い舌先をいやらしく絡める。
「あ、あ、ゆ、すた……や、もっと」
「ハハッ……えっろい声」
どんな女の声よかエロい、たまんねぇ そう言って制服のチャックを下げて無遠慮に下着の中に手を突っ込まれ、我ながら声を抑えることもせずはしたない声を上げながらふと何かが過る。
……そういえば、ユースタス屋の全然長続きしなかったカノジョ達はどいつもこいつもショートカットでスレンダーな身体の、女性にしては背の高い部類に入る気の強そうな女ばかりで、後輩が特に他意もなく何となくトラファルガー先輩に似てるっスねなんて言っていた事を思い出した。





「なぁ……好きだ、トラファルガー」












ああなんだ俺が我慢する必要なんて最初からなかったんじゃねーかこのバカスタス屋め。










言うならばそれは多分予定調和の出来事だったに違いない。







エロが入る予定ではなかったのに何故か入ってしまった不思議な作品…


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