(if世界/現代設定)
「ただいまー」
がちゃりと玄関を開けると、美味しそうな食欲をそそる匂いが鼻の奥を刺激する。
「おかえり」
迎えてくれるのは、これまたエプロンが似合う男になったベルトルト。
黒いシンプルなエプロンが細身の体にすっと馴染んでいる。先ほどまで作業していたのか、腕まくりしてシャツの袖から見える腕は流石男と思わせる筋肉が顔を覗かしていた。
どこからどう見ても、それは主夫と呼ぶに相応しい姿だった。そう、私の旦那様であるベルトルトはーー掃除洗濯料理、家事全般をこうやって全てこなしてくれていた。
結婚して2年、私が激務な仕事をこなしていけるのは間違いなくベルトルトのお陰だろう。
「うー、えい!」
「わわ」
思わずその胸の中に飛び込んでいくと、彼は少し驚いたような声を上げる。
だが声とは裏腹にその身体はびくりともせず私を受け止めてくれる。胸に顔をスリスリさせると、どうしたの、と少し苦笑したようにでも優しげ頭を撫でてくれる。
細身に見えて筋肉質なベルトルトの身体は角張っていて胸板も思ったより厚い。シャツから覗くネイビーのVネックに鼻を近づけてみると、愛用している香水の匂いが鼻を掠める。
仕事で疲れた身体や心が癒されていくのが分かる。ここが玄関先であるが、ぎゅうっと腕に力を込めて抱き着く。
「いっつもそうするよね」
「…ベルトルトは嫌?」
何だか少し呆れられたのか、と思い伺うように彼の顔を見上げると、眉毛をハの字にしてこちらを優しく見つめていた。
そのまま唇が近づいてきて、額に柔らかい感触が伝わってくる。
「まさか」
「うう、だって」
「いつも仕事頑張ってるもんね。僕の前では甘えて大丈夫だよ」
「!」
思いがけない労りの言葉に、顔がポッと赤くなるのが自分でもわかる。
柔らかな唇を当てられた額から熱が広がっていく。
「…ほんと好き」
思わず小さい声で、心の中の叫びが漏れてしまった。だがこんな距離だと勿論聞こえてしまっていたみたいで、僕もだよ、と耳元で囁かれた。
「…今日のベルトルト、優しい」
「そうかな?いつもと同じだよ」
「…そう?」
頭をするすると撫でる大きな手は、とても温かい。うっとりするように目を細めていると、お仕事お疲れ様と頭上から聞こえてくる。するとキッチンの方から何かのタイマーの音が響いてきた。
「あ、出来上がったかな」
「今日はなぁに?」
「グラタン。牛乳を使い切っちゃいたくてホワイトソースから手作りだよ」
グラタン、というワードに私は分かりやすく瞳を輝かした。
ベルトルトが作るご飯は美味しい。正に家庭の味、というべきか。お陰で外食が激減し、お家ご飯にハマってしまった。
「ベルトルト、大好き!」
「はいはい、もー現金だなぁ」
早く手を洗っておいで、と腕の中から解放されて初めに言った言葉に、お母さんみたいだなと思ったのは心の中に留めておこう。
食卓についてテーブルの前に座ると熱々のグラタン皿からは湯気とともにこんがりと焼けたチーズの香ばしい匂いが漂ってきた。
いただきまーす、と一言手を合わせて言うと、猫舌のベルトルトはあちちと言いながらふうふうと息をかけて食べていた。
「おいしい!相変わらず、猫舌だね」
「出来立てを食べたいんだけどなぁ…こればっかりは悔しいね」
そういいながらスプーンでグラタンの具を掬い取ると伸びたチーズが線を描く。
中からほうれん草とベーコン、そして飴色の玉ねぎが顔を出した。
あっという間に食事の時間が終わると、私はキッチンに立って洗い物をする。
これは結婚してからのルールだ。洗い物は私、それを拭いて棚に戻すのはベルトルト。
いつもご飯を作ってくれるベルトルトへの細やかすぎる感謝の気持ちだった。が、最初はそれすら彼は自分でやると断ってきたのだ。何が何でも私がやる!と言い張ったのは懐かしい。
「今日ねー後輩の子がちょっとミスしちゃって」
「うんうん」
「別にそれ自体は問題ないんだけど、それを指摘したら…何だか向こうの気に触っちゃったみたいで。」
今日あった些細な愚痴。
楽しかったこと。
同僚には言えないけど、相談したいこと。
この洗い物の時間にポツリポツリと話す。
それを遮ることなく時折頷いて話を聞いてくれるベルトルトは本当にいい男だ、と思う。
そして最後に必ず。
「大丈夫、明日からまた頑張れるよ。僕は知ってるから。」
そう言って頭を撫でてくれるのだ。
あの優しい大きな手で。
私の身体を簡単に包み込んでしまう大きな身体と心を持った旦那様は。
今日もせっせと家で愛情たっぷりの食事を作りながら私を待っている。
「…ずっと仲良しでいようね」
自然に出てきた言葉は彼の顔を少し赤らめさせ、勿論、と小さく微笑んだ。
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