Happy Birthday Levi 25/12/2019
01 ノエルの足音
※R-15程度の表現があります。該当される方、苦手な方はお戻りください。
*****
今日は12月24日―――クリスマス・イヴだ。
若手社員、特に女性は普段の3割増しできびきび働き、仕事に区切りをつけた者からいち早く帰って行った。なまえも同じだ。昼休み返上で励んだので、定時で退社することができた。
約束の30分前には待ち合わせ場所に着いたので、付近の書店で時間を潰すことにする。
新刊コーナーをチェックしてから店内を巡った。目に留まった旅行情報誌を手に取る。
『春のドライブ、南房総への旅』
いいかも、と頁をめくる。思いの外読み入ってしまい、店内の時計に目をやると既に時間になっていた。が、そう焦る必要はない。恋人は常に平気で10分は遅れてくる。読みかけの旅行誌、毎月買っている業界誌を購入してから外に出た。
大きなツリーの下で彼を待つ。駅の方向を眺めていたが、しばらく経っても現れなかったので、バッグから携帯を取り出した。画面を点けると数件の不在着信が通知されている。気がつかなかった。すぐに折り返す。
「……あ、もしもし? ごめんね、電話くれたのに出られなくて。何かあった?」
『なまえ、ごめんな……』
彼は言った。
「……まだ遅れそうなの? 私なら大丈夫だよ、どこか適当な店に入って、」
『今までありがとう』
とも―――
―――電話を切ってツリーを見上げた。赤、白、シャンパンゴールドのLEDが光り輝いている。灯りの向こう、灰の空には雪がちらついていた。
ホワイトクリスマスだ。どこからともなく賑やかなジングルベルが流れてきている。楽しくて、幸せで、最高にロマンチックで……
……最悪だ。
惨めったらしさが際立つ。
なまえは電話帳をタップして目当ての名前を探した。
*****
一時間後、なまえは郊外の駅で電車を降りた。改札口を出て震える。気温は零度を下回る氷点下、体感温度はそれ以下だった。
駅近のホテルに泊まる予定だったのであまり気にしていなかったが、強い寒気が南下していて、天候はこれから明け方にかけて局地的に荒れるらしい。どうやらなまえはその局地に、のこのこやって来てしまったようで、風はかなり強まってきていた。
タクシーに乗るまではないが、それなりの距離を歩く。ようやく目的のアパートに着くと、背後でガシャンと大音がした。駐輪場の自転車が吹き飛ばされて次々ドミノ倒しになっていく。なまえはヒールをカツカツ鳴らして階段を駆け上がった。
ピポピポピポピポ、ピンポ―――……
インターホンを連打するとドアが開き、伸びてきた手にぎゅ、と頬をつままれる。
「うるせぇぞ」
なまえは荷物をその場にどさり、と置いた。うつむく。
「痛い……」
手はすぐに離されたが、こらえていた何かが涙と共に急激にせり上がってくる。
「……オイ、俺は泣くほど強くは、」
「痛いったら、痛い……っ、バカぁ……!」
リヴァイに抱きついて泣いた。
なまえと元恋人はニ年の付き合いだった。しかし、久々に会える予定だったクリスマス・イヴに、他に好きな女性ができたので別れて欲しい、とあっさり振られてしまったのだ。
部屋に上がり込んで泣き尽くし、顛末を報告し終えると、リヴァイは冷ややかに言った。
「だから言ったろ、あんなチャラチャラした男はやめておけと。いずれこうなると、わかりそうなもんじゃねぇか」
「わかってたら付き合わないよ……。リヴァイはどうしてわかったの」
「勘だ」
「……確信してたなら声を大にして止めてよ。幼馴染でしょ」
「止めた。大声ではなかったかも知れねえが。何度もな」
リヴァイはため息を吐いた。そしてなまえの胸元に視線を留めると、ネックレスに手を伸ばす。台座にはまる翠色石は、夏生まれであるなまえの誕生石だ。リヴァイは石を指で弾いた。
「ああ、これ……もう取らなきゃね……」
付き合ってはじめて迎えた誕生日に元恋人から贈られたものだった。なまえは右に左に身体を傾けて、留め具に腕を回すが、なかなか外れない。
「何してる」
「見てわかるでしょ。苦戦してる」
「相変わらず絶望的に不器用な奴だな……」
リヴァイはなまえの背中側に回ると、ネックレスを外した。
「ありがと」
なまえは掌を差し出したが、リヴァイは素知らぬ顔でそれをゴミ箱に投げ捨てた。
なまえは持参した缶ビールを開けた。テーブルの上に整列しているリモコンのひとつを取り上げる。テレビを点けたが、たいして面白そうな番組はやっていなかったので、すぐに消してリモコンを放った。が、リヴァイに睨まれたので、慌てて元のポジションに戻す。
リヴァイを巻き込み、飲んだくれた。色々あってここまで来た。疲れていた上に空腹で、リヴァイがこさえたツマミの到着も待てずに飲みはじめたので、酒が巡るのも限界が訪れるのも、普段より早かった。
なまえは、こくりと船を漕ぐ。やがて座り心地のいいソファにずるずると横滑りし、意識を手放した―――
身体が浮いて、揺れている。重い瞼をわずかに持ち上げると、力強い腕に抱え上げられていた。
「重いでしょ……ごめんね……」
「……ベッドで寝ろ」
「リヴァイは……ほんとに、優しいね……」
大好き……
冷たいシーツの上に下ろされる。ばさっと上から布団を掛けられたので引き寄せて、そのまま眠った―――
唇に一瞬、何かが触れた。―――そして静寂。
今度はゆっくりと丁寧に重ねられる。二度、三度、と柔らかな熱が押しつけられる。その後は何度も―――
淡い暖色が灯る薄闇の中で目が覚めた。黒い前髪から覗く静かな目がなまえを見ている。
不思議と頭は冴えていた。身体を見下ろすと、ブラウスのボタンがいくつか外れ、襟ぐりが開いている。リヴァイはゆっくりと身体を起こして着ていたセーターを脱いだ。鍛えられた裸の胸が現れ、なまえはわずかに怯む。
「……どうして」
そっと聞く。
過去、二人で飲んだ後になまえがリヴァイの家に泊まったことは何度もある。逆にリヴァイがなまえの自宅に泊まったことも。だけど今まで、こんなことは一度として起こらなかった。
なまえに再び伸しかかったリヴァイは、壁に掛けられた時計をちらりと見た。同じようになまえも目線だけで時間を確認すると、針は0時と少しを指している。
「今日は俺の誕生日だ。だから、くれ」
「……っ、」
何か言う前に口が塞がれる。舌が唇を割って侵入してくる。擦りつけられて絡まり、強く吸われると背筋に痺れが駆け抜ける。徐々に激しくなるキスに息苦しくなり、なまえはリヴァイの肩を両手で押した。熱が離れていく。
「……もういい加減、俺でいいじゃねえか」
リヴァイの身体がなまえをすっぽりと包み込む。常より早く脈打つ心臓を重ね合わせ、吹雪が窓を叩く音を聞きながら、なまえは目を閉じた。
*****
今日は12月25日―――クリスマスだ。
なまえの意識は緩やかに覚醒した。天井を見つめる。すぐ隣がごそ、と動いていた。布団がめくれて冷たい空気が肩を刺す。なまえはベッドに深く潜った。
ベッドはぬくまっている。リヴァイの匂いがする。リヴァイのベッドなのだから当たり前だ。
昨夜を思い出した。欲動に駆られた視線を終始なまえに浴びせながらも、リヴァイは優しかった。手触りを、声を、思い起こせる。つい数時間前の出来事であるからこれも当たり前だった。
まだ身体が火照っている。熱が籠もってきたので、なまえは布団から顔だけ出した。
リヴァイは背を向けて台所に立っていた。手を洗っている。キュッと蛇口が締められて水音が止んだ。
ポットが湯を沸かしている。ガスコンロに火が点いた。おそらくハムと目玉焼が焼かれている。パンの焼ける香ばしい匂いも漂ってきた。
トースターが鳴った。冷蔵庫を開ける音、閉める音。食器やカトラリー類が置かれる音。それに、リヴァイがふぅ……と悩ましげなため息を吐く音。
リヴァイは後悔しているだろうか……
そうだとしたら、少なからず誘うような真似して悪かった、となまえは思う。とはいえなまえに至っては、後悔など1ミリたりともしていないが。
なまえは今日―――12月25日がリヴァイの誕生日であることを覚えていた。今回たまたま思い出したわけではない。毎年欠かさず意識していて、時期が近づくと知恵を絞っては画策し、リヴァイの顔を見に来ていた。生憎、今年は想定外の出来事が起こったために、小細工する必要はなかったが。
なまえはリヴァイが好きだった。恋人がいながら、リヴァイを一番愛していた。だが、リヴァイの気持ちはなまえにはなかった。想いは届かず、叶わない。制服を着ていた遠い昔に思い知らされて諦めてはいたものの、それでも事あるごとに、冗談混じりにリヴァイに好きだと伝え続けた。こうなることをずっと心の奥で望んできた―――
なまえはリヴァイの後ろ姿を見つめた。リヴァイはラフなスウェットを着ていた。後頭部に寝癖がついている。いまいち似合わない眼鏡をかけていた。
そんなリヴァイも、なまえにとっては誰より格好良い。だが、リヴァイは気難しい部分も確かにあるので他人の受けはあまり良くなかった。友人も少なくはないが、多くもない。
なまえとリヴァイは、母親同士が長年の友人で、幼い頃からの馴染みだ。だからなまえはリヴァイの細やかで優しい本質を自然と知ることができた。知っていながら今まで誰にもリヴァイの内実を教えなかった。これから先も言うつもりはない。誰にも知って欲しくない。リヴァイの良さは、自分一人がわかっていたい―――
部屋のカーテンが開けられた。異常に眩しい。風はすっかり止んでいたので、積もった雪が太陽に反射し、外が普段より明るいのかも知れない。
なまえは再び布団に潜った。
リヴァイの気配がぴたりと止まる。見えないけれどなまえにはわかる。リヴァイが見ている。
鼓動が痛いくらいに速まった。布団の中で身を縮めて、シーツを固く握り締める。
「……なまえ。大袈裟かも知れねえが、俺はずっとこんな朝を待ってた気がする。自分でも長いこと気づけなかったが、俺は、お前が好きだ」
規則正しい仄かな足音が、一歩、また一歩と近づいてくる。
これから先はきっと、何度も一緒に夜を越えられる。こんなにも穏やかな朝を、リヴァイの隣で迎えられる―――
なまえの胸があたたかな予感に満ちていく。自然と涙が溢れて白いシーツに零れ落ちた。
*****
今年のクリスマス・イヴは火曜日だった。故に、クリスマスである今日は水曜日だ。従って平時通りに出社しなければならない。リヴァイもなまえと同じく職場は都内であるから、二人共が時間に追われていた。
「あと10分早く起きてくれたら良かったのに」
慌ててシャワーを済ませたなまえがリヴァイに言うと、
「早めに起きたが、お前の寝顔を見てたらいつの間にか時間が経ってた」
真顔で返されたので、なまえはそれ以上は言わずに口を閉じた。
詰め込むように二人で朝食を食べて仕度を終え、家を出る直前に、なまえは迂闊にも言い忘れていたことに気がつく。玄関のドアに手をかけていたリヴァイの背広を引いた。振り返ったリヴァイの唇を唇で優しく塞ぐ。
「誕生日おめでとう、リヴァイ。一生大事にするから、これからも傍にいてね」
「……それは普通、男側の台詞じゃねえのか?」
リヴァイは喉を鳴らして笑ったが、なまえは体裁なんてどうでも良い。なまえには生まれてこの方、リヴァイ以上に大切なものなんてないから。
リヴァイがドアを開くと、外は一面の雪景色だった。眩しさに目を細めながら、なまえはリヴァイの背中を追って駅までの道を急いだ。
end
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