Happy Birthday Levi 25/12/2019
26 右目にキスを贈りたい
「じゃあ、気を付けてね」
「おやすみー」
「今日は楽しかった」
口々に別れの言葉を述べる友人達を玄関で見送り、リビングへと戻る。
「帰ったか」
先程まで忘年会兼クリスマスパーティーが行われていて、ひどく賑やかだった部屋には今、私と友人であるリヴァイしかいない。
彼は、宴会後の雑然とした部屋の中央に据えられた炬燵にぽつねんと入り、寛いだ様子で酒の入っているグラスを傾けている。
そこそこ飲酒した後だというのに、彼は酒宴が始まる前と何一つ変わっていないように見える。
顔色ひとつ。声色ひとつ。
今はBGM程度にまで低く抑えられたテレビでは、クリスマス特番が流れている。
私は、テレビの音に掻き消されることなく届いた彼の低い声に答える。
「うん。リヴァイはまだ帰らなくていいの?」
テレビ画面の片隅に表示される時刻を確認すると、23時を回っている。
終電に間に合わせるなら、あまりゆっくりはしていられない。
「…後片付け、一人じゃ大変だろ。手伝う」
「手伝う」と言いながら、変わらずグラスを離さないリヴァイを見て小さく笑う。
言葉と行動が裏腹だ。
「その様子じゃ、帰る気ないでしょ」
「不都合か」
「別に…いいんだけど、いつものことだしさ。でも、私は明日も仕事だから、あんまり遅くまで構ってあげられないからね」
「そうか…。俺のことは気にするな」
リヴァイはそう言って、グラスをまたひとつ傾ける。
仰のく時に晒される彼の首筋や、こくりと嚥下する喉仏に目が吸い寄せられそうになるのを慌てて堪え、私は炬燵テーブルの上の残った料理へと目を移す。
「うん」とか「そう」とか気も漫ろな生返事をし、片付けのため皿に手を伸ばした―。
リヴァイは友人だ。
そう、数年来のただ仲の良い異性の友人。
少なくとも…、1年前の今日―昨年のクリスマス・イヴ―は、私はリヴァイを異性としてこんなにも意識などしていなかった。
よくお互いの家を行き来するようになったのは…2年くらい前だろうか。
ある時、私が海外ドラマにはまっていると話すと、リヴァイが食い付いてきたのだ。
それまでは、共通の友人らを交えての付き合いが大半だったが、一緒に件の海外ドラマを観たり、映画を観たりとするようになり、二人で過ごすことの方が多くなっていった。
時には、体を動かすことが好きなリヴァイの趣味に付き合って、アクティブな活動(スキーやマリンスポーツ等)に連れ出されることもあったり。
家に泊まるにしても、一緒に映画を観明かすというような感じで、二人の間の空気としては同性の友人のそれとさして変わるものではなかった。
しかし、その空気が妖しくなってきたのが今年に入ってから。
多分、リヴァイの醸す雰囲気の方が先に変わった。はず。そういう彼に触発されて、段々に彼を異性として意識し始めるようになったのだ。
そう、例えば―。
ぼんやりと考えながら、手をつけられなかった残った料理を保存容器に、それ以外はゴミ箱にと仕分けする作業に没頭していると、不意にうなじにすぅっと触れるものがあり、ぴくりと体を揺らした。
驚いて振り向こうとすれば、いつの間にかすぐ真横にリヴァイが立っており、片手はキッチンの調理台に、もう一方の手は私の首筋へと伸ばされた状態でこちらを覗き込んでいた。
思いがけない接近に、二重の意味で心臓が跳ねる。
「なまえ」
いつの間にか消されていたテレビ。
静寂に包まれた室内に、リヴァイの声が通る。
「っ!…なに、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ。何ぼーっとしてやがる。何度も呼んだぞ」
「疲れたか?」と気遣いながらも、彼の指はなおもうなじをなぞる。
アルコールが入ったリヴァイの手が熱いのか、それとも彼に触れられた私の体が火照っているだけなのかわからないが、首筋が燃えるように熱い。
「ううん、平気。それより…私のうなじ、何かついてる?」
訊ねれば、彼の視線が私の鎖骨付近に注がれ、「いや」と答えが返る。
「…悪くねぇもんだなと思ってな」
軽く摘んで落とされた鎖が肌を擽る。
リヴァイが言っているのはネックレス―彼が私の今年の誕生日に贈ってくれたもの―のようだ。
左右の鎖骨の間にある窪みには、小振りの誕生石がのっている。
「ああ、これね。覚えてたんだ」
「当然だ。俺がやったものだからな。忘れるかよ。…あんまり着けてるところ見ねぇから、てっきり気に入らなかったのかと」
「そ!…ういうわけじゃないよ。たまに着けてるし。すごく気に入ってる」
慌てて否定すると、「ならよかった」と安堵したようにリヴァイの表情が和らぎ、最後につ、と肌を撫でた後、指先が首元から離れていく。
知らず知らずに詰めていたらしい息をふぅと吐き、私は肩の力を抜いた。
肌身離さず身につけていたら、それはそれで…恋人でもないのに変な感じじゃないかと、着けるタイミングには悩むのだ。
かと言って、あまり身につけないでいれば、それもリヴァイを消沈させるらしい。
ひとり悶々とするも、アクセサリーひとつに悩み過ぎだと心の中で苦笑する。
「なんだか、よくよく考えてみれば奇妙な感じ」
「何がだ」
料理を詰め終わったタッパーを冷蔵庫の中へ収めながら、半分独り言のように呟くと、リヴァイが不思議そうに返す。
「男の人とこうやってコンスタントにプレゼントを贈り合うのが。それも、リヴァイと」
「…嫌なのか」
「そうじゃない。でも…っ」
「恋人でもないのに」と続けそうになるのを辛うじて堪える。
「恋人」など恋愛に関するワードは禁句なのだ。私の中だけの。最近できた縛り。
そういう単語を口にした時に知ることになる、リヴァイの反応。
それを通して、彼の私への気持ちが透けて見えてしまうことが怖い。
何かが変わってしまいそうなのが。
避けたいのに、リヴァイのことを意識し過ぎて恋愛方面の発想へと思考が結びつきやすくなっているため、今みたいに不自然に会話が途切れることが最近増えている。
どう話を逸らそうか。軽いパニックを起こしている私を怪訝そうにリヴァイが窺う。
「でも、なんだ」
「でも…、…あ、ほら!リヴァイって誕生日とかイベント事とか興味無さそうなイメージだから意外だなーって。あと!長くプレゼントのやり取り続けてるとさ、大抵の物はもう贈り尽くしちゃってネタ切れになんないのかなーって思って」
なんとか捻りだした思い付きを苦し紛れに並べ立て、煙に巻かんと捲し立てる。
動揺はバレバレだろうけど、私が何に心を乱しているかは読めていないはず。
期待を込めて、リヴァイの反応を見守る。
「何かと思えば、そんなことか。どんなイメージを持ってんのか知らねぇが、俺は別に嫌いじゃない。むしろ結構楽しんでるぞ」
「へぇ…楽しいんだ」
これまた意想外な返答に軽く驚きつつ、話が狙い通りに逸らせたことにほっとした、のに。
「お前の持ち物が俺の贈った物で埋まっていくのは、なかなか気分がいいからな」
「俺の他に誕生日やクリスマスを祝い合いたい奴でもできたのかと、肝を冷やしたぞ」
と続くリヴァイの言葉に思考が止まる。
今…なんて。
言葉の意味を理解しようと反芻する毎に、心臓が早鐘を打ち始める。
心なしか、リヴァイの視線が熱っぽく感じる―。
ほら―、例えば今みたいなの。
ここ1年ぐらいで、こういう際どいやり取りが増えた。
言葉にしても、さり気ないボディタッチにしても―。
始めのうちは、「冗談だ」とか「本気にするな」だとかを語尾に言い足して、こっちの反応を楽しんでるようなわかりやすいからかいだった。
けれど、ここしばらくは…本気か冗談なのか判別が難しい。
何もかもが意味深長に思えてしまう。
恋の熱に浮かされて、私の頭がどうかしてしまったのか。
そもそも、私自身は本気であってほしいのか、冗談であってほしいのか―。
彼の変化に、私の変化に、関係が変わってしまうことに、足が竦んでしまう。
「どういう意味か」と、言葉の真意を訊ねれば、今のリヴァイはきっと答えてしまう―。
だから怖いのだ。
そんな漠然とした予感があるからこそ、何も言えなくなってしまう。
赤面したまま、言葉を失った私の目をじっと覗き込むリヴァイ。
私の揺れる瞳の奥に何を見たのだろうか―。
私自身ですら、まだ自覚できない何か。
何かリヴァイを満足させるものがあったのか、片方の口角を微かに上げ、私を解放してくれる。
「風呂、入ってきたらどうだ?後は俺が適当にやっておく」
そう言ってリヴァイはシンクに向き直り、置かれたグラスに水を注ぎゆすぐ。
洗いものに取りかかろうと肘まで袖が捲り上げられ、剥き出しになった彼の筋肉質な腕。
そこから視線を引き剥がすように、私は浴室へと逃げ込んだ――。
*
どこをどう洗ったのか記憶が覚束ないまま、洗面所を出る。
思考はまとまらないが、ひとまず、熱い湯を浴びたことで多少頭はすっきりした。
平静を保ったまま、このままおやすみを言おう―。
そう心に決め、リビングの扉を開けると、すっきり片付いた部屋がある。
食器類で溢れていたテーブルの上は、今や塵一つ無い。
なんと手際のいいことか。
さすがリヴァイだと、感嘆の息が漏れる。
ちらりと彼の様子を確認すれば、こちらに背を向けて携帯電話を操作しているようだ。
「片付けありがとう。リヴァイもお風呂入る?」
そう声をかけ、水でも飲もうと台所へ向かえば、こちらもすっかり綺麗になった調理台の上に見覚えの無い白い紙製の小箱がひとつ乗っていた。何だろう、これ。
「?…これ、リヴァイの?」
「ああ。お前にやる」
私が何を発見し、問うているのかわかっているらしく、こちらを一瞥もせず答えが返る。
「私に?」
「開けるね」と一言断ってから箱を開け、中を覗くとそこには…。
緑色と茶色の2種類のパウンドケーキが綺麗にカットされて入っていた。
「…お、パウンドケーキだ。美味しそう。どうしたのこれ」
箱の口に顔を近付けてみると、仄かに抹茶の芳しい香りがする。
茶色の方は、色からしてチョコっぽい。
どちらも私の好みのフレーバーで、心が浮き立つ。
外装は無地で、店名や消費期限を表記したシールは見当たらない。
「クリスマスプレゼント」
「まだやってなかっただろ、今年の分だ」と腰を上げ、キッチンの私の元へとやってくる。
「そういえば、そうだったね」
「ありがとう、明日にでも食べるね」と再び封をしようとする私の手をリヴァイが止める。
「待て、今一口食ってみろ」
「え、でももう歯磨きしたし…」
と渋る私をよそに、リヴァイは小箱の中から一切れ取出し、私の口元へ突き出す。
「明日じゃ味が落ちるだろ。俺の腕が疑われるのも不名誉だ」
“俺の腕”?ということは…。
「これ、リヴァイの手作り!?」
「そうだ。いいから口開けろ」
「リヴァイってお菓子作れるん―んぐ」
いい加減問答に痺れを切らしたリヴァイが、強引に私の口中へとケーキを押し込む。
衝撃の事実への驚愕もそこそこに、私は仕方なく一口齧る。
チョコだと思っていたが、実際はココア風味で、ほのかな甘味が口の中に広がる。
しっとりとした口当たりもいい感じ。
自然と口元が綻んでいく。
「どうだ」
「…美味しい。すごく」
「そりゃよかった」
私の反応に満足したのか、追撃の手がゆるんだ隙にリヴァイの手から残りのケーキを掠める。
寝る前に食べる罪悪感を今日だけは無視して、二口目に齧りつく。
リヴァイにお菓子作りの才能まであったなんて…。ちょっと悔しいかも。
私の咀嚼を観察するリヴァイに、先程遮られた疑問をぶつける。
「リヴァイって、お菓子作りの趣味あったんだ」
「…別に。作ったのは今回が初めてだ。お前が気に入ったって言うなら、また何か試してみてもいいが」
初めてでこの出来とは前途が明るいのでは。
「楽しみにしてる」と微笑んでおいた。
それにしても、リヴァイに贈り物として食べ物―それも彼のお手製の―をもらったことってこれまで無かった気がする。
今までもらった物といえば―、本や映画DVDといった趣味に関するもの、それから普段使いできそうな万年筆や手帳などだろうか。あとネックレスも。とにかく思い出せる範囲では、全部形として残る“物”だったと思う。
料理に関心を持つとは、一体どんな心境の変化があったんだろうとふと興味が湧いてきた。
「リヴァイが手作りのものくれるって初めてだよね」
「ああ、趣向を変えてみようかと思ってな」
ふぅん、趣向ねぇ。
プレゼントのネタ切れってことだろうかとぼんやり考えながら、最後の一口になったケーキを口に入れる。
「自分の作ったものが相手の血肉になると考えたら、ぞくぞくするだろ」
真顔でとんでもない発言をするリヴァイに我が耳を疑う。
ごくりと嚥下した最後のケーキが胃へと落ちていく。
自分が何を言っているか理解しているのだろうか、この人は。
じぃっと彼の目を覗き込む。
「…リヴァイ、酔ってる?」
「至って素面だが」
いやいや、素面でこの発言の方が問題なんですが。
茶目っけなど微塵もない真直ぐな目が見返してくる。
「じゃあ、へ、変態?」
「失礼な。お前だっていつも手料理食わせてくれるだろ」
「!?ちょっと、私はそんなつもりじゃ…っ。ていうか、そんな風に思いながら私が作ったもの食べてたわけ!?」
不名誉な切り返しに憤っていいのやら、呆れればいいのやら。
ひとり感情の波に揉まれる私をよそに、リヴァイはパウンドケーキの箱を閉じ、隅に押しやる。
「ケーキはもういい。早いうちに全部食べろよ。それよりだ…。床がびしょびしょじゃねぇか」
彼は眉間に皺を寄せ、私の足元を睨み据える。
私もその視線を追うと、点々と水の跡があった。
あ…と気付く。十分に水気を切れていなかった髪からポタポタと水滴が落ちていたようだった。
慌てて毛先を肩にかけていたタオルで拭う。
「タオルドライしようと思って…」
ケーキのことですっかり忘れていた。
弁明口調でリヴァイを窺えば、けしからんと言うように睨まれる。
「床拭いて、炬燵で待ってろ」
と言い残し、リビングを出ていったリヴァイ。
残された私は、「ここ、私の家のはずなんだけどな…」と誰にともなく唇を尖らせつつも彼の言葉に従うのだった――。
*
時折、頭皮を這う指。
うなじを掻き上げるように掠める男の手。
毛先へと指が滑らされる感覚―。
部屋に戻ってきたリヴァイはドライヤーを手にしており、「髪、乾かしてやる」と言ってきかず。拒否する私と束の間の攻防の末、抵抗空しく彼にされるがままの今に至る―。
粗暴な印象を与える口調からは想像もできないほど優しい手つきで乾かされていく私の髪―。
初めて知るそのギャップに頭がくらくらする。
たまにドライヤーを当てる角度を変えるため、移動したリヴァイが視界に入るが、私は直視しないように目を伏せている。
彼の視線が私の顔に注がれている気がするが、確認する勇気は無い。
今の状況・この近さで目が合えば私の心臓がもたない。
顔が火照る感覚はあるが、ドライヤーの熱で誤魔化せているはず。
リヴァイはどうして―、どういうつもりでこういうことをするんだろう。
自問したって答えは出ないのに、さっきから頭の中がぐるぐるしている。
ひとり悶々としているうちに、ドライヤーが温風から冷風へと切り替わる。
仕上げの段階に入ったのだ。
もうすぐこの時間が終わる。
終わってほしいような、永遠に続いてほしいような甘い時間が―。
なんて口を開けばいいか決めかねているうちに、ドライヤーのスイッチがオフにされた。
待って――、まだ、心の準備が―。
リヴァイも言葉を発さない。
夜の静寂の中に、ドライヤーのコードが巻き取られ、最後にことりと床のどこかに安置される気配がした。
何か言わないと、と息を吸い込むが言葉は出てこない。
リヴァイも何か言ってくれたらいいのに。
リヴァイは今どんな顔をしているんだろう。
回らない頭を捻っていると、すぅーっと首の後ろの髪が掻き分けられ、熱い何かがうなじに押し当てられる感覚に思考が止まる。
一拍したのち、熱い吐息が首筋を擽ってはじめて、その正体がリヴァイの唇であることに気付いた。理解した途端に、背筋に甘い電流が走る。ぞくりと鳥肌が立つ。
「ッリヴァイ」
喘ぐようにして彼の名を呼ぶ。
「なまえ」
彼も私の名を呼ぶ―どこか切なさを孕んだ、私の大好きな、あの低い声で。
バクバクとうるさい私の心臓の鼓動が聞こえてしまうんじゃないか―。
それくらいの距離の近さに私は狼狽える。
「リヴァイッ、駄目っ」
もう一度、彼から離れようともがけば、リヴァイの腕が回され、抱きすくめられる。
ぴたりと添わされる彼の胸板が、私の呼吸を一層乱す。
どうして、こんな…。この先を知ればきっともう戻れなくなる。私も、リヴァイも――。
「なまえ」
私の名を呟く彼の声に、もうこれまでのような単なる友人への親しみや節度は感じられない。
切なく求める響きは、隠しようもなく溢れ、私の心を甘く締め付ける。
「今年の誕生日プレゼント…まだもらったなかったよな。ひとつ、欲しいものがある」
誕生日…。
つと壁の時計へと目をやれば、いつの間にか0時を回っている。
12月25日――リヴァイの生まれた日だ。
「プレゼントならちゃんと用意してあるっ。朝にでも渡そうと――」
リヴァイの言葉の続きを察して、それでもはぐらかそうと足掻いてみる。
きっと徒労になるとわかっていても―。
「誤魔化すな。そういうんじゃないって、わかってるはずだ」
呆気なく看破され、口を噤むしかなくなる。
「お前の…気持ちが知りたい」
ああ、リヴァイ…。とうとう言ってしまった―。
がらりと私の中で何かが崩れる音がする。
「俺の自惚れじゃなけりゃ、お前と俺の気持ちは同じはずだ」
「ほとんど確信してると言っていい。だが、きちんとお前の口から聞きたい」
がら、がら、がら―。
畳み掛けるリヴァイの言葉が、私の中の鎧―奥底に隠し守っていた、私の嘘偽りのない本当の望みを押し込めるための堅い殻―を突き崩して、否応無しに剥き出しにしていく。
リヴァイの腕がゆっくりと解かれていく。
私はもう抗うことはなく、彼の促すままに彼と向き合う。
熱っぽく見つめる彼の目に、この身が溶けてしまいそう―。
だけど、最後に、友人としてちょっとだけ――。
「私は―、リヴァイほど綺麗好きじゃないし」
「―そこは心配するな。腰を据えて仕込んでやる」
「紅茶より抹茶派だし」
「…そこはコーヒーじゃねぇのか」
ふふっと可笑しくなって二人して笑う。
「…あと、ちょっと怖い」
―この1年、いろいろなものが、以前よりずっと見えなくなった。
リヴァイの気持ち。私自身の気持ち。
それは多分、私がリヴァイに…恋をしたから。
恋心をはっきりと自覚した今後、一体どれほど盲目になってしまうのか――。
そして、友人としての交際期間が長い自分達。
恋人として向き合ったとき、どんな表情を見せるのか。
急に、恋人ならではの特別な雰囲気をすんなりと受け入れられるのか――。
私の中で蟠っていた不安な思いを、勇気を持って打ち明ける。
それに真剣に耳を傾けていたリヴァイが、私が知るリヴァイの中で最も屈託の無い表情で答えてくれる。
「いろいろ見えなくなるのは、一人で悶々と考え込んでいたからで、これからは二人で分かち合っていけばいい」
「恋人としての空気ってのは…、この1年を掛けてじっくり引き出してきたはずだ。お前は今まで通りにしてりゃあいい。なかなかいい表情してたぞ」
後者は―、リヴァイの新たな一面―執念深さ―を知るようで、嬉しいような、でも別の意味で恐ろしいような複雑な思いだが、前者については、私にとって目から鱗が落ちるような、新たな発見を与えてくれる見解で、しこりが取れたような晴れやかな気分にさせてくれた。
“二人で分かち合えばいい”か――。
どこからかがらりと、最後の鎧が剥がれ落ちた音がした――。
私の不安が薄れたことを見て取り、リヴァイが改めて請う。
「今日、俺の誕生日に、ひとつ欲しいものがある」
「ほんの二文字だ。言ってみろ」
この期に及んで、どうしても私に言わせる気らしい。
「もうほとんど確信できてるでしょうに。いつも以上に強情っ張りじゃない?」
「なんたってお誕生日様だからな。多少の無理は聞き入れるもんだ」
「…暴君め」
リヴァイの瞳が期待に輝き、先を促す。
弛んでいた空気がまたピンと張り詰めていくのが肌で感じられるよう。
その雰囲気にのまれて怯んでしまわないうちにと覚悟を決めた。
リヴァイの目を見つめ、震える唇に真心を込める。
「好きです」
かぁっと顔に血液が集まる私に、満足気にリヴァイの片側の口角が上がる。
「今までで最高のプレゼントだ」
「リヴァイは?」私だけに言わせるなんてと非難の色を込めて睨む。
「言っただろう。俺もお前と同じ気持ちだと」
リヴァイの顔がすっと寄せられて、耳元で愛の言葉が囁かれる。
ぞわりと肌が粟立つ。
彼の真心が私の中に沁みこんで、今までに無く心が満たされていく。
鼓膜を震わせる私の大好きな声に、背筋が甘く痺れ、顔がますます紅潮するのがわかる。
そのまま首筋へと這わされる唇に、腰が砕けそうな衝撃に襲われ、思わず彼の肩を押し留める。
「待ってっ……!」
「―悪い。急ぎ過ぎたな」
潔く身を引くリヴァイ。
まだ、すぐには、私の全てをあげられる心の準備はできていない。だけど――。
何か、今の私の精一杯の想いを示してあげたいと、彼を引き留める。
「どうした」と優しく気遣うリヴァイが愛おしい。
込み上げる想いのままに少し膝立ちになり、そっと彼の右目の瞼に唇を押し当てる。
柔らかな瞼の感触と、微かな睫毛の震えが唇越しに伝わってきた。
すぐに体勢を戻し、はっと息を呑むリヴァイと視線を絡ませる。
「誕生日おめでとう」
「ごめんね、これが今の私の精一杯」
今年はまだ伝えていなかった祝意と、気まずさの尾を引かせないための謝意を伝える。
「―今は、お前からその言動を引き出せただけで十分だ」
そう返すリヴァイの耳は紅く染まっているように見えた――。
*
リビングに客用布団を敷き終え、私も眠ろうとひとり、寝室のベッドに潜り込む(リヴァイは風呂に入ってから休むからと、先におやすみの挨拶を交わして別れた)。
自分としては大分大胆な行動――瞼へのキスを思い返す。
体のどの部位にキスをするかで、深層心理学的にどういう感情が潜んでいるか読み取れる―というような記事を以前どこかで見た記憶がある。
それによれば、瞼へのキスの意味は確か、「憧憬」だったはず。
強い憧れ…思い焦がれるこの切望を唇に乗せたつもりだが、リヴァイにはそこまでは伝わっていないだろうなと思う。
それより気になるのは、リヴァイが私に贈ったキスだ。
首筋へのキスが持つ意味は――、「執着」「離したくない」または「誘惑」。
―リヴァイがそういった情報を持っているとは思えないが、どうなんだろう。
彼の持つ思いの丈は、今はまだ私には計り知れないが―、これから知っていくことになるのかなと思い、ひとり頬を熱くする。
―いやいや、今は考えるなと無理矢理頭から追い出して、眠気を迎え入れる準備をする。
この調子じゃ、まんじりともせず出勤することになってしまう。
今日は―、特に長い夜だった気がする。
明日…もう今日だけれど、朝目覚めたら世界はどんな風に見えるんだろう。
今日起こったことは全て現実なのか…自信が無くなってきた。
でも、どうかこれが夢ではありませんように―。
それだけは確かな願いだと、首元のネックレスに触れながら瞼を下ろした――。
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