Happy Birthday Levi 25/12/2019
14 紅茶の吐息
「すみません、ハンジさん。お忙しいのに相談に乗っていただいて」
「それくらいは構わないさ。それに君は昔からずっと調査兵団を支えてくれていた存在だ。君とは長い関係だからね。そう畏まらずに言ってくれ」
ウォール・マリアの奪還と引き換えに、調査兵団はエルヴィン・スミスを含む多くの兵士を失った。所謂古株と呼ばれる者は現在の調査兵団団長ハンジ・ゾエ、人類最強と呼ばれている兵士長リヴァイ、そして戦地へ赴くことはしないが壁外から帰還し負傷した兵士の治療や、日常的な医療面でのサポートをすることで兵団に従事してきた医者のなまえ・みょうじ、この3人のみとなっていた。
「ありがとうございます。相談できる相手がもうハンジさんくらいしかいなくて......」
「あぁ、私たちは多くのものを失いすぎた...」
「す、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」
「構わないさ。それを受け止めて私たちは前へ進まなければならない、それが調査兵団だからね。それで相談って?大方の予想はついているが」
カチャリと陶器が擦れる音を立てながら、ハンジはなまえに淹れたての紅茶を差し出した。上質で嗅ぎ慣れた優しい香りが2人の鼻腔を擽る。同時になまえは驚きの顔を隠せずにいた。嗜好品にはあまり頓着しないハンジが兵団内で支給されるものではなく、内地の店まで赴かなければ手に入らない筈のものを所持していたからだ。
「この紅茶.....」
「あぁ、気が付いたかい?流石リヴァイの恋人だ」
ニコリと笑ったハンジ曰くこれはリヴァイが珍しくくれたものらしい。団長となり重責を担う立場となったハンジへ、リヴァイなりの気遣いなのだろう。だからハンジが差し出したものはリヴァイが普段愛飲している銘柄だったのだ。恋人である彼女はそれを毎日のように口にし、また淹れることが日常となっていたので見事に嗅ぎ当てたという訳だ。
「どうしたの?顔赤いよ。熱かったかな?」
「あ、いえ、その、なんでもないですよ」
「なんでもなかったらそんな顔しないよね?遠慮せずに言ってみなよ」
本気でなまえのことを心配している様子のハンジは真面目な顔で尋ねる。しかしそれに対するアンサーは決して真面目なものではなく、寧ろ笑われてしまうかもしれないものだ。例え相手がハンジであろうとこれを言うのは恥ずかしさを伴う。しかしそんなハンジの思いを無碍には出来ないと、なまえはおずおずと口を開いた。
「.....その、リヴァイさんの.....」
「リヴァイ?彼が何かしたの?」
「いえ、そうじゃなくて...その、におい、が...」
「あぁそう言うことね。可愛いこと言うなぁ」
「なっ、そんなつもりは...!」
「実に可愛らしいじゃないか。紅茶の香りがリヴァイの匂いだと思って、それでそんな顔をするのだから。リヴァイ居たらなんて言うんだろうね」
「ハンジさん...!」
思考することが得意なハンジは、なまえが発した「リヴァイ」と「におい」の2つのワードだけで真実を突き止めたようだ。実は理由はそれだけではないのだが、それを言う勇気はなまえには無かった。
頬を林檎のように染め上げアワアワとしている彼女を優しく見守るハンジ。調査兵団のトップとして今までとは異なる立ち振る舞いをしなければならない調査兵団団長は、まるで昔に戻ったような感覚に陥っていた。心なしか表情も柔らかいものになっていた。巨人の研究に力を入れていた頃のように、自由奔放なハンジ・ゾエに戻っているようにも感じられる。
「そ、それでその、相談なんですけれど!」
「うんうん、なんだい?」
「もう直ぐリヴァイさんのお誕生日ですよね。それでリヴァイさんにプレゼントを贈りたいと思っているんですが何がいいのか全然分からなくて...リヴァイさんと仲の良いハンジさんなら何かいい案があるんじゃないのかと思いまして......」
「リヴァイと仲が良いかと聞かれると分からないが、まぁ今はそこは置いておこうか。......プレゼントね。ありがちな答えかもしれないが気持ちが有れば十分だと私は思うよ」
「そう言うものなんですか?」
気持ちが有れば何でも良いというのは確かに分かってはいた。リヴァイのことだからきっと何を贈ってもありがとうと喜んでくれるのだろう。しかしなまえはリヴァイにはもっと喜んで欲しいという欲がある。贈り物を貰った事実に対して喜ぶのではなく、贈り物自体にも喜びを感じて欲しいと。リヴァイと恋仲になって初めて迎える彼の誕生日だからこそ、なまえは頭を悩ませていた。リヴァイとは長い付き合いになる。恋仲になる前までは兵士と医者という関係だったが今は違う。昔はおめでとうございますと、深く彼の中に踏み込まない為にも言葉のみを贈ってきただけだった。だが今は彼に踏み込むことを多少は許されている関係に発展している。彼に渡す初めての贈り物なのだから余計に良いものを贈りたいと考えてしまうのだった。
「まぁ敢えて言うなら紅茶関連くらいしか私には思い付かないな......私が知ってる限りでは彼の趣味ってそれくらいだし」
「やっぱりそうなりますよね...私もそれは最初に考えたんですが、既に持ってるんじゃ無いかと思ってしまうと悩ましくて...」
「一層の事プレゼントは私!とかやっちゃえば?」
これ以上はお手上げだと顔で語っているハンジは苦肉の策として下世話なものを提案してみたが、案の定「そ、それはダメです!」と断られてしまった。ハンジにとってはこれが一番彼が喜びそうなものだとは思っていたのだが、やはりと言うべきか真面目で恋愛に関して初心な彼女には少しばかり早い話だったようだ。
「紅茶路線で考えるとして、何か珍しい茶葉とかあったらなぁ......でも何が珍しくて良い物なのかはサッパリだし...」
ハンジの紅茶関連くらいしか...というアドバイスを受けてか、彼女の中でプレゼントは紅茶関連に決定したようだ。しかしなまえにとって紅茶とは、リヴァイが飲みたいものを共に飲む時くらいでしか口にしないものだ。リヴァイ直伝の紅茶の煎れ方やリヴァイと飲んだ事のあるもの、無いもの程度にしか紅茶に対する知識は存在しない。
「そういえば新聞で今しか手に入らない希少な茶葉があるって記事を読んだよ。それとかはどうだい?」
「そんなのがあるんですね...!いつの記事か覚えてますか?」
「うーん、少し前のだった気がするんだけど具体的な日付は覚えてないなぁ。ていうか直接聞けば早いんじゃない?」
「聞くって誰に?」
「ピュレだよ。よく私たちの取材をしてくる新聞社の」
「なるほど!ありがとうございますハンジさん!今から向かってみますね」
「うん、それが良いだろう。気を付けてね。いってらっしゃい」
・・・・・
なまえはベルク社へ向かおうと兵団の門を潜ると、門の前には目的の人物が立っていた。彼は王政を打倒する辺りから調査兵に付きっきりだと幹部の者たちが言っていたことをふと思い出した。そうとなれば話は早い。こちらが向かわなくとも良いのだから。なまえは手帳とペンを手にした青年に声をかけた。
「ベルク社のピュレさん、ですよね。最近は調査兵の取材を多くされているとかで...」
「おや?貴方はもしかして調査兵団に所属されているお医者様ですよね?どうかされましたか?」
自身の存在まで知られていたとは思いもしていなかったなまえは驚きの表情を隠せずにいた。それを目にした新聞記者は笑って応えた。調査兵の取材していたら貴方の話も時々出てくるのです、と。
「ひとつお尋ねしたい事があるのですが、今よろしいでしょうか?」
「はい。遠慮なくどうぞ」
手帳とペンを構えたピュレ。これは取材では無いのだが...と思ったが、彼にとってはどんな些細な事でも重要な情報なのだろう。その記者魂には恐れ入ってしまう。
「少し前に今しか手に入らない珍しい茶葉があるという記事があったのですがそれについて詳しくお聞きしたくて...って覚えて無いですよね流石に......」
「あぁ、その事ですか。実はその記事は兵士長さんが元になっているので良く覚えています。それにその記事を書いたのは私ですから」
「そうだったんですか...!ところで、兵士長が元とは...?」
リヴァイの為に新聞の記事について尋ねたらその記事は彼が元になっていたという。思いがけない名前が出てきたことでなまえは動揺しているようだ。そんな僅かな変化は観察眼に優れている記者には全てお見通しだ。彼の目の前にいるなまえが求めている情報、そして求める理由の予想が大方ついたのであろう。
「良ければ案内しますよ、その雑貨屋に」
・・・・・
その後なまえとピュレは雑貨屋へと向かい無事茶葉を手に入れることができた。店主曰くリヴァイは希少な物故に、複数種類あるものをじっくりと時間をかけて吟味をしていたらしい。その様子はかなり物珍しいもので、そんな彼を陰から見ていた店主は彼が何を手に取り何の種類と迷っていたのかをなまえにコッソリと告げた。因みに英雄が買った茶と宣伝されていた茶葉はとうの昔に売り切れてしまったらしい。しかし他の種類の茶葉は少しばかり残っていたようで、その中から香りが気に入ったものを1つ手に取り、プレゼント用にラッピングして貰った。
「きっと喜びますよ」
「はい。ピュレさんも店主さんも、相談に乗っていただきありがとうございました」
プレゼントを手に入れ残るは当日を迎えるのみだ。彼を知る者からアドバイスを求めてようやく辿り着いた品である。リヴァイの喜んだ顔が見られるといいなぁと思いながらなまえは雑貨屋を後にした。
・・・・・
誕生日当日、兵団内はちょっとしたお祝いムードになっていた。この日の夕食は普段のものよりもほんの僅かだが豪勢なものとなっていた。1日の職務を終えリヴァイの私室へ足を運んだなまえは扉を3回ノックする。
「誰だ」
「わ、私です!なまえ・みょうじです!」
「なんだなまえか......お前なら別にノックはしなくていいと何度も言ってあるだろうが...」
「い、いえ!流石にそれは...」
「......まあいい。入れ」
名前を告げた直後、光の速さで開いた扉からその住人が姿を現した。互いに多忙な身の故、平日に顔を合わせるのは夜が多く例え誕生日であろうとそれは変わらない。運が良い時は食堂で会うこともあるが、なまえは基本医務室で食事を済ませている為にそれもあまりない。今か今かと待ちわびていたリヴァイは、彼女が自身の私室へ訪れる度に似たようなやりとりをしている。
「リヴァイさん」
「何だ?」
「お誕生日おめでとうございます。これ、ちょっとしたものですが私の気持ちです」
「あぁ...貰っておく」
「はい。喜んで貰えたら嬉しいです」
「開けてもいいか?」
「もちろんです」
シュルリとラッピングされていたリボンを解くと例の紅茶缶が姿を現した。皆と相談して選んだ一品だ。彼は一体どんな顔をするのだろう。
「......これは、」
「あの、お気に召しませんでしたか?すみません、紅茶のことはよく分かっていないので色んな人と相談して決めたのですが......」
「いや、これは飲みたいと思っていたヤツの一つだ。だが結局買わなかったから驚いただけだ」
「喜んでいただけた様でよかったです。安心しました。」
「あぁ、こちらこそ気を遣わせたみたいですまない。なまえ、ありがとうな」
人類最強の兵士として多くのものを背負い、ピリピリとした空気を身に纏っているリヴァイもなまえが側にいる時だけは柔らかな空気に変わる。憑物が落ちたかのような優しい表情でなまえの頭を優しく撫でた。多くの巨人を倒し壁内人類を守ってきた大きな手は、今は恋人を愛おしむだけの柔らかな優しい手だ。なまえはリヴァイからこのようにされる度に彼から愛されているのだと実感して恥ずかしくなると同時に、幸せな気持ちで一杯になる。
「なまえ」
「はい」
「こっち向け」
「...はい」
手にした紅茶缶を丁寧に側にあった机に置き、その手はなまえの頬へ移動した。頭を撫でていたものも同様だ。
リヴァイの大きなゴツゴツとした手に包まれたなまえの顔は熱を持ち耳まで真っ赤に染め上げている。徐々に顔が近くなり額が触れた。互いの吐息が顔で感じられる距離だ。ふっ、とリヴァイの吐息がかかったなまえはふとハンジとの会話を思い出して更に恥ずかしくなってしまい、思わず目線を逸らしてしまう。
「どうした?」
愛しい恋人の優しくて低い声がなまえの鼓膜を震わせた。しかし恥ずかしくて言えません、なんて答えを言わせないような圧がそこにはある。
「その、...り、リヴァイさんの.....におい、が、」
「あぁハンジが言ってたヤツか」
「っ!聞いたんですか!?」
「数日前にな」
「恥ずかしくて埋もれたい......」
良いじゃねぇか、俺はそういうのは嫌いじゃねぇ、と笑ったリヴァイはなまえの唇に自身のものを寄せた。一瞬触れた互いのものは熱く熱を生んでゆく。離れた瞬間、リヴァイが日常的に愛飲している紅茶の香りが吐息としてなまえの鼻腔を擽った。
リヴァイが普段身に纏う匂いだから、そしてキスをしたときにかかる吐息が紅茶の匂いだから。なまえはリヴァイの吐息が紅茶の匂いであることを知っている。それはきっと恋人である彼女だけの特権。これは絶対に誰にも言えないなまえだけの秘密だ。
「リヴァイさん、お誕生日おめでとうございます」
ほんの少し離れた、でもまたすぐにでも触れそうな距離。女の唇は恋人の誕生を祝う言葉を紡ぐ。
「今年もその言葉をなまえから聞けるのは悪くねぇな」
来年も、その先もずっと言わせてくださいね、となまえは朗らかに笑う。普段はまるでデフォルトのように存在しているリヴァイの眉間のシワはとうの昔に消えていた。
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