距離

本家に着いたその日、早速鴆親子には広々とした一室が与えられた。
部屋の造りは薬鴆堂と瓜二つだ。数多の引き出しのついた棚と小さな文机があるだけのがらんとした空間で、深呼吸すれば畳の香が心地よく肺に染み渡っていく。


「今日からここがおめーらの部屋だ。二人にゃちっと広すぎるが、まぁ好きに使ってくれ」

「いい部屋ですね」

「掃除は行き届いてるぜ、うちにはいろんな妖がいるからな。なんなら屋敷ん中案内してやろうか?」

「いえ」


かぶりを振った鴆は大きな荷を部屋の隅に下ろすとその中から紙や筆を取り出し始めた。シンプルだが上質なそれらは鴆の長く美しい指に自然と馴染んでいる。




「屋敷内は私が個人的にまわらせていただきます、鯉伴様のお手を煩わせるわけにはいきませんし」

「硬ぇなぁ…なんだよそのガチガチの喋り方は」

「お父さんはいつもこうだよ」

「そうなのか、おめーも不敏だな鴆坊」

「……………」


本人を前にして言う台詞とは思えないがやはりこれもぬらりひょんの気質だと脳内に無理矢理留めた。
ため息を1つついて集中。たっぷりと墨を含ませた筆は滑らかに紙の上を走っていく。




「ほー達筆だな…」

「字だけはしゃんとしろと父から五月蝿く言われていましたので。字にはその者の性格が表れると言いますし………どうです?鯉伴様も一筆」

「ぐ……」




にこり、と満面の笑みで差し出された筆に鯉伴は軽く唸った。鴆の目は笑っておらず、ただ「邪魔するな」と言わんばかりの負のオーラがびりびりと肌を刺し始めていた。




「おめー真っ黒なんだな…」

「何の話でございましょうか」

「言いてぇ事あんなら言やぁいいのに」

「わたくしからは何も」

「それだよそれ。なんだよさっきは意外と話してくれたくせに…一緒に笑ったの忘れたのかよ」

「あれは動揺から来る一瞬の気の迷いでございます。この鴆、本家で預かって頂く者として細々と身を粉にして働く所存にございます」

「ぁあ"ー!!もう硬ぇよおめー!!」



いつの間にか隣に腰をおろしていた鯉伴がぐしゃぐしゃと頭をかきながら叫んだ。

面白い男だ。これだけ冷たくされても何のそので
、しつこくまとわりついてくる。けれども不思議と不快感はなくて寧ろうきうきと心が弾むような心地さえしてしまう。
ただひたすらに楽しい。

だけど―――



「そういや俺、お前が本家預かりになった理由ちゃんと知らねぇんだけど」




深入りだけは――




「………殺しでございますよ」

「殺し……だと」

「はい」



そうだ、その不快な表情。
頼むから俺に笑いかけたりなんかしないでくれ。



「最愛の者をこの手で殺しました」








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