期待




「ホント不思議な桜だよな」




一枚の花びらを視界に捉えて落ちるまでを目で追う。桃色の地面にはらりと着地するのを見届けてから、また次の花びらに目をつけて。
こんな暇つぶしの繰り返しを何時間も前からやっているのだけど、目の前のしだれ桜は様相を変えることはしない。きっと何年経っても同じことなんだろうと思う。




『この桜は妖木じゃからなあ、本家の妖怪の妖力を吸って生きながらえとるんじゃろう。まったく頭の良いやつよ』





今は隠居してだいぶ角が取れた父親が笑いながら説明してくれたことがある。いや、隠居したといってもまだまだ遊んでばかりなのだが。
“元”総大将とは言っても眼光は衰えず、容姿だって少し無精髭が生えた程度で未だに道行く女はすれ違えば必ず振り返る。


そんなぬらりひょんが年相応の表情をして鯉伴に教えてくれたのだ。






『不思議な桜じゃろ。冬なのに木肌は見えず、夏なのに青葉もつけない。まるで』




「ここだけ時間が止まってるみてえだ・・・」






零れるように呟いた背後でみしりと床が鳴った。まだ桜を見つめたまま、鯉伴は口を開いた。





「親父、その変に殺気だててくるおふざけやめてくんねぇ?」
「おふざけじゃないぞ?ワシはいつだって本気じゃ」
「いやそれもっとタチ悪ぃだろ」
「老いぼれのご隠居は常に本気じゃないと生き残れんからのぉ」





怖いご時世じゃとおいおい泣くふりをするぬらりひょんにへぇへぇと適当に相槌をうってやれば、肩にずしりと温みと重みが乗っかった。





「おいおい、ご隠居様は足腰も弱っちまったのかい?」
「息子があまりに暇そうじゃからの、遊んでやろうかとな」
「ほんとだぜ、暇すぎてどうにかなっちまいそうだ。だいたい親父が今日は客が来るから本家にいろっつったんじゃねえか。まだ来ねぇのかい 客 人 は !!」





あぐらをかいていた膝をバシバシと叩きながら鯉伴が言う。こんな暇つぶしをしなければいけないのも全てぬらりひょんのせいなのだ。



「今日はお前にとって大事な客人が来るから遊びに行くのはちょっと待っといてくれな」




俺にとって大事な?と聞き返したがぬらりひょんはそれ以上語らず、そうじゃと頷いただけで鯉伴との会話を終わらせてしまったのだった。
常ならば「わりっ、俺ぁちょっと用事があるから客人とやらは鴉天狗に任せてくれや」とにげるのがいつもの手である。
適材適所。正座して堅苦しくお話なんて俺には苦痛でしかねぇんだから。


そんな考えが何故か今回は働かなかった。
桜の花びらを数える間もどこか心が急いて仕方なかった。遊びに行きたくてそわそわするのとはまた違った、わくわくしつつもじれったくなるような。まるで生娘だと身震いした。





「今さっき朧車が出てったからもうそろそろじゃろうな」
「そろそろねぇ・・・」





頭の上に顎を乗せられたがもう好きにさせておく。変わりに目の前に垂れてきたぬらりひょんの長いもみあげを引っ張って遊んでみる。
一房を三つに分けて器用に編んでいくとツヤツヤした髪はすんなりと纏まり、陽光を反射して黒く光った。






ごぅごぅごぅごぅ・・・ギギギ






「お、帰ってきたかの」
「やれやれ待ちわびたぜ」





反対側のもみあげに手をかけたとき、聞きなれた朧車の音がした。木製特有のキシミ音が瞬く間に近づきがしゃんと派手な音をたてて着地する。





「さあてどんな別嬪さんかね」
「はは、あいつの家系は皆美人じゃからのう。お前なんか腰抜かすかもしれんの」
「そりゃあ美味そうだ」
「ふん・・・あんま気ぃ抜くとおぬしが喰われるかもな」
「そりゃあどういう・・・・・・」
「さ〜て!迎えに行くぞ鯉伴」
「あ、おい親父!!」






手早く三つ編みを解いてさっさと歩き始めてしまったぬらりひょん。肩にかけただけの羽織をきちんと着こなすと、凛とした出で立ちで玄関へと急いでいく。



女・・・なのか?






中途半端に濁されもやもやは溜まるものの、百聞は一見に如かず。
これだけ待たされたのだから顔ぐらいは見ておくべきかと鯉伴はぬらりひょんを追って玄関に向かったのだった。




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