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「そろそろオレとお前の息子見合いさせてもいいと思うんだが」
「ああ見合いな………え?」
適当にあいずちを打っていた先代鴆は会話のおかしさに気づいて思わず薬草を擦り潰す手を止めた。
しばしぐるぐると思考を巡らせてからやっぱりおかしいと濡れ縁にいる鯉伴を振り返った。
のどかな昼下がりに見回りだと言いつつ薬鴆堂に立ち寄るのが彼の日課になりつつある。
何も言わず家に上がっているせいか部下たちも慣れたもの。この時間帯になると誰かしらお茶を用意して濡れ縁に置いてくれている。
さらに鴆の分も準備してあるものだからたまに鯉伴の話を聞きながらまったりと過ごしたりもするのだ。
ただの暇つぶしだと二代目は言うが、先代鴆の体調確認に通ってくれていることは容易に見てとれた。
だが、今日の話に鴆は一瞬息を詰め、吃驚したまま広い背を見つめるしかできない。
――み、見合いだぁ?
「なぁ、お前んとこ娘ができたのか?」
「娘なんかいねーよ。できたら真っ先にお前に言うだろ」
「だよな」
そうだよなともう一度笑って頷きながらまた手を動かし始める。
きっとさっきのは聞き間違いだ。鯉伴には息子が1人いるだけなのだから。
うちだって一人息子しかいないわけだからそういうのは成立しないのだ。
きっと聞き間違い………
「オイ鴆、話聞いてたか」
「は?何の」
「…ったく、ろくに聞いちゃいねー。見合いだよ見合い!」
「誰の」
「だからオレとお前の子どもだって」
「待て待て待て待て」
聞き間違いじゃなかった事を嘆きながら慌てて濡れ縁に這っていく。鯉伴の前に正座して腫れ物を見るかのように顔をしかめながら声を絞り出す。
「まさかお前自分の子が女児って気付いてなかったのか」
「はぁ?うちの子は正真正銘の男だぜ」
「え…でもお前さっき見合いって」
「あぁ、だからそろそろ対面させてもいいんじゃねぇか?っていう意味だ」
「男女の結婚に繋がるあれじゃなくてか」
「それは“お”見合いだろ?」
どうやら冗談で言ってる風でもない様子に先代鴆はわなわなと肩を震わした。
「鴆?」
「…………まっ…」
「ま?」
「紛らわしいんだよボケーー!!!…っぐ、ゲホゲホっ!」
「え、おいちょっと!待っ…」
鯉伴が手ぬぐいを出したが間に合わず。
盛大に吐き出された鮮血を頭からかぶって一瞬で鉄臭さに包まれてしまった。
「すまん……けほっ」
「鴆おめぇ…出すなら出すって言いやがれ」
「お前さんが突拍子もねぇこと言うからだろ。だいたい学がねぇんだよ鯉伴は」
「すぐ早とちりするお前が悪い。ま、お前がいいなら嫁に貰ってやらんでもないがな」
「…あんたが言うと冗談に聞こえねーな」
鴆が軽やかな笑い声をあげてバシバシと鯉伴の肩を叩いた。
弱い儚いと嘆かれる割りには存外力が強い。
「じゃあ明日の昼本家でお見合いといこうじゃねえか」
「お見合いじゃなくて見合いだろ?」
「?……どっちも一緒だろ、鴆。大丈夫か」
「!お…お前が言ったんだろうが!?」
「んなわけねーだろ、そんな間抜けなへ理屈。恥ずかしいな薬師一派頭首は〜」
「っ!?……てめぇいい加減にしやがれ…っつかそこに座れボケェ!そのひん曲がった性格治してやらぁああ!!」
「あははは」
「…………何してんだ親父達」
騒がしさに駆けつけた三代目鴆はその戯れを呆れた顔で見つめていた。
ぎゃあぎゃあ叫ぶ父親と、爆笑する鯉伴。
いい大人が何やってんだと冷静に思ったが、厳格な父がこうして気を許せるのは後にも先にも二代目だけなのは分かっているので何も言わない。
父と鯉伴の会話を遠くに聞きながら鴆はつい最近の出来事を思い出していた。
“オレはあの男に惚れたんだ”
今日みたいな快晴の日だった。
何時ものごとく鯉伴が帰って静まり返った屋敷で何気なく父に聞いたのだ。
『父さん、なんで鯉伴様に仕えてんだ』
唐突な質問に先代は目を見張ったが、すぐに破顔してぐしゃぐしゃと息子の頭を撫でた。
『オレはあの男に惚れたんだ』
『惚れたぁ?』
『おぅよ。優しい心と広い上等な器、差し出された手を思わず握っちまったんだ』
『……それを惚れるって言うのか?』
『そうだな、ま、直にお前も分かるさ。それまでは父さんの手でも握っとくか?なんて、もうそんな歳じゃねーか…』
鴆はからからと笑う父の指に手を伸ばして、何も言わずに握りしめた。
“オレにもそんな主が現れるかな”
思わず手を伸ばしてしまうほどの、胸を張って惚れただなんて言える主が現れるかな。
笑うのを止めた父は俯いたままの鴆を見下ろすと、深緑の髪をぐしゃぐしゃとかき回して小さな手をしっかりと握ってくれた。
そして己の主はどんな御方かと鴆の思いは日に日に募っていた。
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