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※鴆のお父さんが出てきます





目の前を若葉が舞った。
びゅうと唸る風に乗って空高く吹き上げられる。陽光を弾いて光る緑が群青の中で煌めいた。



「鴆」



名を呼ばれてはっとする。
どれだけ呆けていたのだろう。
慌てたせいで裏返った返事に二代目はにこりと笑い、父はすみませんと謝った。



「子どもはそれでいいんだよ。退屈なお話なんてのはなしだ、なぁリクオ」



とくんっと胸が高鳴る。
恥ずかしさで伏せていた顔を上げれば鯉伴の後ろから幼い子が恐る恐る顔をのぞかせていた。栗色の髪と、同色の大きな瞳。着物は黒で子どもらしくなかったが不思議と違和感は感じない。



――これが三代目…



「ほらリクオ、挨拶しな」



鯉伴がそう促すがリクオは微動だにしない。
しっかりと父の着物を握りしめて一心に鴆を見つめている。
対する鴆も興味津々でリクオを見つめて観察していたが、先に痺れを切らしたのは父だった。



「迎えに行ってやれ。これじゃ埒があきゃしねぇや」

「ぇ…う、うん」




強引に背を押されて二代目親子のもとへ歩く。
正面に立つとリクオは完璧に姿を隠してしまった。うーっ、とぐずるのを鯉伴が無理やり抱っこして鴆の前に立たせる。
既に瞳いっぱいにためられた涙にぎょっとして顔をしかめた。



――そこまで嫌がんのかよ



ちょっと傷つきつつため息をつくと、鴆は懐から出した手ぬぐいをリクオの顔に押しつけた。
後ろで父があぁっ!?と叫ぶ声がしたが気にしない。
そのまま両手で三代目の涙を拭い、キョトンとした双眸としっかり目を合わせた。



「男がこんなとこで泣くんじゃねーよ、三代目なんだからしっかりしな」

「わっ!馬鹿何言って…;」

「まぁ落ち着けよ先代」



息子を止めようとした父を鯉伴が笑顔で止める。
もうちょっと見てみようぜ、と目で合図して息子達を見守る。



「な、泣いてないもん」

「泣いてたじゃねぇか、見ろこの手ぬぐいのシミ。どう見たってお前の涙だろ」

「違うもん。それは…汗だよ!」



ぶはぁっ!
父親たちは遠慮なく吹き出す。



「目から汗は出ねーよ。目玉にゃ汗腺がねーからな」

「汗腺…なぁに?それ」

「汗の出る穴だ。」

「じゃあ涙はどこから出るの?」

「涙腺だ。ほら、ここ見てみな……小さい穴あいてんだろ」

「……わあっ、ほんとだすごいすごい!」



きゃっきゃっと喜ぶリクオに鴆は誇らしげに胸をはった。
薬師の家に産まれただけに体の構造や仕組みなんて朝飯前だ。
でもまさかこんなに喜ばれるなんて、少し照れくさい。



「ねぇもっといろいろ教えてよ!」

「いいぜ、何でも教えてやらぁ」

「やった!じゃあ裏庭行こう、面白い花見つけたんだ。えっと……」

「鴆だよ。オレの名前は鴆だ」

「鴆くん!ボクは…」

「リクオだろ、分かってる」

「え!?そんなのも分かっちゃうの?ボク何も言ってないのに」

「……まぁな」



部下なら主の名前くらい知ってて当然だ。
そう言うのは簡単だけどなぜだか言いたくなかった。
口にすれば知らず知らず高揚したこの気持ちが一気に冷め切ってしまう気がしたから。



「お父さん鴆くんと遊んできてもいい?」

「おぅ、行ってこい」

「行こう鴆くんっ!」

「お、おぉ」

リクオにグイグイ手を引かれながら鴆は父親たちにぺこりと頭を下げて走って行った。
残された父親はどちらからともなく笑う。



「一時はどうなるかと思ったが、上手くいったようですなぁ」

「みてぇだな。にしても子どもは分かんねぇな、喧嘩するかと思ったぜ」

「本当に。けどリクオ様の強引さは間違いなくあんた譲りだ」

「そうかい?」

「オレが言うんだから間違いねぇ」

「お前の息子もなかなかに男前だな」

「だろ」

「親バカ」



くくくっと喉で笑う。
どうなる事かと心配された息子達の対面を無事乗り越えて、鯉伴と先代鴆はやれやれと息をついた。



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