∴おいしくない理想論



 駅の表通りからすこし離れた公園で麦に会う。23時。日は沈んだが月は高い。俺と麦の間にある常識はそういうものである。2人していかにもてきとーなふうを装ってブランコに腰を落ち着ける。声をひそめて話す。麦の小さい両手。他の同い年の誰と比べても小さい両手。深爪になるほど不必要に爪が切られていた。・・・ふうん。一瞥して、思うことを喉の奥に押し戻す。心配しなくても他の仕事はあったし、押し戻したそれらは嫉妬ではなかった。

「裕くんはご飯食べたの」
「まだだけど」
「わたしご飯食べたんだけど、お腹へった」

 「・・・それで、どうすんの?」。「・・・デブになるけど」。ああうん、デブ。なるかもね。今度は2人して立ち上がって、手をつないで近くのコンビニに向かう。麦のつむじを視界にいれて歩くのは慣れている。歩幅の取り方も、俺と麦は無意識のうちに落としどころをみつけている。たぶん、二人三脚とかしたらぶっちぎりだと思うけどやったことないしやるつもりもない。小学生のうちにやっておけばよかったね、とか言った麦に相槌うった気はする。さむい、と麦が首を竦めた。

 がらがらの陳列棚に列べられた昆布のおにぎりをひっつかんで、保温ケースの前で唸っている麦と合流する。迷ってんの。質問ではなく断定を投げかける。裕くんはなににしたの。おにぎり。具は? 昆布。こんぶ! けたけた笑った麦は「じゃあわたしはピザまん」と、向こう側にいる四十路の店員に呼びかけた。ひとつ? 指で訊いてきた店員に頷く麦。俺は昆布のおにぎりをレジに置く。ピザまんを出した店員がレジスターの上で指をはねさせるのを眺めて、会計を済ませる。レシート、いらない。小銭だけ受け取ったときに見た店員の目は、俺を責めるようだった。もしかしたら前にも、レジ打ちをやってもらったのかもしれない。コンビニを出てから麦に訊いたら「あのおじさん長いよ」と言われた。

 じゃあ、前に見られたことあんのかも。

 「そんなこともあるのかもね」。麦は前を向いたまま言う。「わたし、たぶん、見られてるもん。覚えられてるかも」。・・・それ、誰と来たとき。「えっと、晋一郎さんかな。それか、ゆうきゃん」。平気そうな声。
 『晋一郎さん』は妻子もちのどっかの部長さんで、『ゆうきゃん』はチャラチャラした美容師だった、はず。いや、べつに、誰がどういうヤツだったかなんてどうでもいいけど。でも、『ゆうきゃん』と麦が頻繁に会っていた頃だとしたら数年は前だった。マジかよ、あの店員そんな前からいんの。

「裕くんも、みっちゃんといるとこ、店員さんに見られてたのかもね」
「香野と来たのも際いかもな」
「え、嘘。香野さんって家、遠いんでしょ」
「来たいって言ったから、1回だけ」
「へえ。・・・ていうかみっちゃんも香野さんも、なんか名前が懐かしい」
「麦の、みっちゃん、ていうの、言い慣れてないかんじすげー」
「やっぱり? わたしもなんか違うなって思った」
「そんなだとみっちゃん振り向かない」
「わたしのみっちゃんじゃ認証してくれないの」
「認証してくれないね」

 左手のビニール袋がガサガサ鳴って、右手の麦はぬくぬく笑った。やっぱ、こうなんだよな。やっぱり、これなんだよな。俺と麦の繋ぎ目は何度も熔解をくりかえしたせいで、もう離れることなんてできやしないし、こういう関係になってしまったのも仕方ない。無理に引き離そうとするとお互いに痛みが生じる。だから俺たちは下手に動かない。片手で恋愛をすることにも疑問をもたない。

 だけど、こういう関係を周囲は白い目で見て、許さないから、辛い思いをするわけだった。香野はもの分かりのいいふりをして麦の存在を黙認しようとしたけれど、結局すぐ別れた。みっちゃんなんかはヒステリーを起こしてぐだぐだと喧嘩を長引かせて別れた。ひどい別れ方だった。
 麦は、・・・麦は、そもそも男運がないのもある。『晋一郎さん』は初めて俺と会ったときこそ穏和に振る舞っていたけど、それから1ヵ月麦を束縛し続けたし、『ゆうきゃん』なんかは俺の家まで殴り込んできた。ごめん、裕くん。ごめんね。ボロボロの俺を見て泣いた麦につけこんで堪能したあれこれは、やっぱり一番俺に合っていたし、麦もすぐ『ゆうきゃん』と別れた。そうしてまた、熔解をくりかえす。

「裕くん」
「・・・なに」
「ピザまん、半分あげる」
「後悔してんの」
「夜中に食べていいものじゃないね」

 公園にたどり着いて、半分にしたピザまんを食べた。昆布のおにぎりは見て見ぬふりをする。そういうことは得意だし問題ない。たわいのないことを話して、時おり思い出したように恋人ごっこをして、麦を家まで送った。あんたたちのせいで俺と麦はますます離れなくなるってことに、気づけ。



150320
title : Venus
これのつづきもどきでした。
















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