∴ケチャップ景気



 だってほらねえ、あるでしょう? そのことを知るまでは出来てたのに、知ってしまったとたん戻れなくなっちゃうよ、みたいな。タバコとかお酒とか、いけないおクスリ・・・は知らないけど、そういうの。たぶんねえ、私にとって克ちゃんって、それに近い存在なのよ、きっと。

 背後からくっついたままの錫子は口許を背中にうずめてそう言ったが、だからといっておれがこんなことをしなければならない理由にはなっていないことに気づけ。

「お腹すいたあ。まだ?」
「もうちょっと。皿ぐらいは用意しろよ」
「はーい」

 名残惜しそうに背中から離れた錫子の体温と足音とを確認してから卵を3つ割った。菜箸の先で黄身と白身をかき混ぜる。横着に、手近にあったマグカップでボウルの代用をしていることには何も言わせまい。
 「克ちゃんて器用よね」。先程よりもかなり遠くの方で声がする。塩と胡椒を適宜(おれは適宜という言葉が好きだ)(どうだっていい話だけど)。「片手で卵、割れるなんて!」。

 皿を用意した錫子はきっちり言われたことだけ終わらせるとまたおれの背中にはりついた。それからもそもそと体を揺らす。おい、本気で危ない。んー? ふふふ。揺らすのはやめたが錫子は相変わらずぺたぺた触れる。気が散ってしょうがない、し、腕を振れば錫子に直撃しそうで、おれはいつも以上に気合いをいれて料理をする。

「怠け者」
「・・・だって克ちゃんに任せた方が早く済むんだもの」
「自分で慣れた方が早・・・あーあ」
「どしたの?」
「焦げた」
「じゃあそれ、私が食べる」
「いーよべつに。不味いもん食わせて下手だと思われるほうが癪だ」
「そんなの思わないよ、今さら」
「いいって」
「克ちゃんてば強情だなあ」



 十数分後にはローテーブルに2つのオムライスを提供していた。きれいな黄色のやつと、ちょっと焦げたやつ。錫子のぶんは前者だった。「克ちゃん作のオムライスの表面には必要ない」と(言外に)なぜだか主張する錫子にはお呼びでないケチャップをかけようとする。と、ここで錫子が手をのばしてきた。

「克ちゃんの分、ケチャップかけちゃる」

 ケチャップを奪い取った錫子は、両手でもってメイド喫茶さながらの大きいハートマークをかいた。お前、そういうとこ可愛いよな・・・。

「はい、どーぞ」
「・・・たいへんじょうずにできました」
「克ちゃんもたいへんじょうずに言えました」

 いただきますを言うと、錫子は大きいスプーンでオムライスの端から攻めた。半熟とろっとろ。錫子のリクエスト通り。口に運ぶと途端にとろける顔をする錫子に、まあ、悪い気はしない。「・・・これ、美味しいとかって感想言ったほうがいい?」「そういうこと気にせずに食えよ」。そっか、そうだよね。ひとり合点して錫子はまたスプーンで一口分を掬っては食べる。言う必要ねーっての。ばーか。

「ほんと、錫子見てたら養いたくなる」
「んー?」
「家庭に1人ずつ配属されてこいよ」
「うーん・・・。でも私、養ってくれるのは克ちゃんがいい」
「・・・あっそ」

 竦めた小さい肩までにやにやさせる錫子を無視しておれも卵にスプーンをいれる。ハートを崩すのはまたあとで。あー養ってやりたい。



151029
title : Rachel















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