見てるこっちがもどかしい
子供はどちらか。
部屋に入るとテーブルに突っ伏しているレイムを見つけた。
その背後には淀んだオーラがにじみ出ている。
「レイム」
声をかけると彼女はバッ、と勢いよく顔をあげてこちらを見た。
「アポロさま…!」
私を見るや目を潤ませて椅子から音をたてて立ち上がりこちらへと抱きついてきた。
「うわぁーん!アポロさまぁ!」
泣き出すレイムの頭をよしよしと撫でる。
「私、転職したいですー!」
口癖を言いながらそう泣く。
今日も彼の話題ですか。
「またランスに何かされたのですか」
「そうなんですよっ。なんで私が書類整理…ランスさんの書類をいじらないといけないんですか!おかしいですよね、絶対に!」
ぐい、と顔を私に近づけて力説するレイムに「そうですね」と返す。
レイムはランスの部下…それも彼のお気に入りの、だ。彼にしては珍しい。だが、それよりも珍しいのはこの少女なのですがね。
「もう〜最近は徹夜なんですよっ。睡眠不足で死んじゃいそうです…」
「しかし、それほどレイムに仕事を回すということはお前がしっかりと仕事をこなせるとランスも思っているのでは」
そう言うとレイムは一瞬、目を瞬かせたが次の瞬間には首を激しく横に振った。
「あり得ません!あの人は私の苦しむ姿を見て微笑んでいる悪魔ですよ!?絶対にあり得ない…!」
そこまで言い切るとは。
しかし我々の方が彼とは長くいるのだ。
最近のランスは昔とはどこか変わった。「もっとも冷酷」と呼ばれていた彼が時折穏やかな表情をするのだ。
私が見る限り、ランスがそんな表情をするときは決まって傍に彼女がいる。
彼女はそれに気づいているだろうか。…いや、気づいていないでしょう。
「あの人は鬼…いや、悪魔なんですよ!残業手当は出ないし、人が憂鬱になっているところに笑顔で毒舌を吐きにくるし」
「レイムはよくランスを見ているのですね」
思わず口にするとレイムは固まった。
おやおや、これは言ってはならない言葉でしたか。
「な、なななっ…!そ、そんなこと、ないです!ぜ、ぜーんぜん見てません!」
「図星ですか」
「違いますっ!見てません!」
顔を真っ赤にさせて抗議するレイム。こういうところが彼女の魅力だ。
ついつい苛めたくなる…これではランスと同じですね。
好きな子ほど苛めたくなるということか。
「レイムは可愛いですね」
「ななな、何を言い出すんですか!?わ、私は可愛くなんか「そうですよ、アポロ」
……ん?今の声は。
ゆっくりとドアの方を見るとそこにはランスがいた。
そんなに不機嫌な表情をして…あぁ、私のせいか。
「ランスさん!?」
レイムが若干顔を赤くさせたままでランスを見て驚いている。
「アポロ。口説くのなら別の女にしなさい。これは駄目ですよ。バカすぎて話にならないですからね」
ランスの言葉にレイムが「酷い!」と声を上げた。
「バカって言った方がバカなんですよ!」
「どこの子供ですか。あぁ、脳みそが子供と同レベルでしたか。失礼しました」
「むかーっ!私は子供じゃありません!」
…そうやって怒るところが子供なんですよ。
アポロさまーっ!と目を潤ませながら私を見てきたレイムの頭をよしよし、と撫でれば殺気を含んだ視線。
「…アポロ」
いつもの冷静なお前はどこにいったのでしょう。
本当に彼女が絡むと大人げなくなるのだから。
「――レイム。少し急用を思い出しました。また、お話をしましょう」
「えっ…はい、分かりました。話を聞いてくださり、ありがとうございました!アポロさま!」
レイムから離れ、ドアへと向かう。
ランスと目が合うが先に視線を逸らされ、思わず苦笑。
まぁ、一応見守ってあげますよ。
…レイムにお前の気持ちを気づかせるのは難しいでしょうけどね。
それにしても、もどかしいですね。見たところレイムにもランスを気にする節がありますし、あとはランス次第ですか。
「…楽しいですね」
ドアを閉め、歩き出す。
……さて、仕事はありましたっけ。
見てるこっちがもどかしい
(あら、アポロ。楽しそうねぇ)(えぇ。これからのことを考えまして、ね)