もう、のみこめません


残すのはいけないんだぜ。



「ううっ…」

今にも泣き出しそうな表情をしているのは俺様の向かいに座っているレイム。
その様子をレイムの隣に座り、楽しそうに(いや、これは楽しんでいるな)見ているのはランス。

レイムの持っている箸の先が皿の中にあるオレンジ色の物に触れる。

とっとと食えばいいだろうに…

「レイム」

声をかけると思いっきり肩を震わせてレイムが俺を見た。

「な、なななんですか、ラムダさま…!」

「どもりすぎだろ。そんなに野菜炒めが嫌いなのか?」

「違いますっ!野菜炒めは好きです!」

バン!テーブルを叩きながら叫ぶレイムにランスが小さく笑う。

「なら早く食べれば良いでしょう?」

「うっ…や、野菜炒めが食べないでって訴えてくるんです!」

「どこの餓鬼だよ、お前は…」

本当に本当なんです!とレイムは必死の形相で言ってくる。
隣に座っているランスが堪えきれず腹を抱えて小さく笑っているのにも気づいているのかさえ怪しいぐらい(まぁ、気づいていないだろうがよ)必死だ。

「だから、今頑張っているんです!」

「あー分かった分かった。涙目になっているのは野菜炒めの気持ちを読み取って真摯に向かい合っているからなんだな」

「そうですっ」

ぶんぶんと頭を上下に激しく振るレイムに返す言葉もない。
素直に野菜炒めが苦手だと言えばいいのに変なところで意地を張りやがって。

「や、野菜炒めの気持ち…バ、バカですよ、本当に」

なんでお前はそんなに爆笑してるんだ。つーか、初めてお前が爆笑をしているところを見たぜ。

腹筋が痛い、と腹を抱えているランスにやっと気づいたレイムは顔を真っ赤にしながら「何笑ってるんですか!」と怒りだす。

相変わらず朝から賑やかな連中だ。このテンションは徹夜の賜物なのだろう。

俺様を場外にしながら2人は言い争いを始め出す。
その光景をぼんやりと見ていると、不意にランスがレイムの手の中にある箸を奪った。

「そんなに食べたければ私が食べさせてあげますよ」

悪魔のような微笑みにこっちまで背筋がひやっとした。無論、言われたレイムの表情は今まで見た中で一番真っ青だ。ご臨終。

「え、い、いや、自分で食べれますから…」

「さぁ、まずは人参から」

「人の話を聞いてくださふがぁ!?」

抗議の声を上げようとした口の中に人参を突っ込むランス。
これは拷問だろ…

「さぁ、早く食べなさい。次はピーマンですよ」

「むい!むいでふから!はいらな、」

人参を噛みきっていない口に今度はピーマンを突っ込まれる。
半泣き状態なレイムとは対照的に心の底から楽しそうな表情をしているランスは箸を次々と野菜たちへと走らせる。

「ふ、ふぇぇ…!」

…だんだん可哀想になってきたな。
しゃーねぇなぁ。

「おい、ランス」

自分から厄介事には関わりたくないんだがな。

「なんですか」

「それくらいにしておけよ。レイムが泣きそうだぜ」

「りゃむだしゃま…!」

俺の言葉にぱっ、と表情を明るくさせるレイム。とりあえず口の中の物を食え。そして俺の名前はラムダだ。

「ラムダの分際で…」

ちっ、と舌打ちをしながらランスはこっちを睨み付けてくる。
毎回思うが、コイツはどうして俺様に対してこうもつめてぇんだ。何かしたか、俺様。

「私の楽しみを奪うとは…身の程を知りなさい」

「そこまで言われるのかよ…」

「酷いです、ランスさん…」

「酷い?心外ですね。喜んで食べていたではないですか」

「どこをどう見たらそう見えるんですか…?」

ぐすっ、と鼻を啜ると湯飲みの茶を一気に飲むレイム。

空になった湯飲みを一息ついてテーブルに置き、レイムは両手を合わせた。

…ちょっと待て。

「そのポーズはなんだ」

「え…ごちそうさまの」

「まだ残っているじゃねぇか」

「うぐ…ちょ、ちょっとお腹の調子が悪くて…」

しどろもどろに言うレイムにランスの目が細められる。あ、なんか閃いたぞ、コイツ。

「おや、誰でしたか。残すのはいけないと言ったのは」

「うぐっ…」

「野菜炒めが好きと言っていましたよね?好きな物を残してはいけないのでは」

ほら、と野菜炒めの入った皿をレイムの前に移動させる。いやぁ、いい笑顔だな、ランス。

つーか、助け船を出した意味がなくなってるじゃねーか…

「貴方が食べ終わるまで待っていてあげますので、ちゃんと食べなさい」

「…ランスさんのバカぁぁ!!」

再び涙ぐみながら箸を野菜たちに運ばせるレイムと長い朝食の時間に俺はため息をついた。









(ふふっ、愉快ですね)(えぐっ…)(……)









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