バカにしたのか褒めたのか
たまにはバトルでもしましょう。
カタカタ、とモンスターボールがテーブルの上で忙しく揺れる。
「分かったよ。バトル、したいのね」
そう言うと揺れが収まった。
じっ、とこちらを見つめてくるのは相棒のフライゴン。
キラキラする赤い目がバトルをしたい!と訴えてくるのを感じ、腕を組んだ。
こう見えて私は元・ポケモントレーナー。今はロケット団だけどね…
トレーナー時代にずっと一緒にいたのは何を隠そうこのフライゴンなのだ。
ナックラーの時からずっと一緒にいるこの子とも長い付き合いである。この子と一緒に数々のジムリーダーを打ち負かしたのは記憶に新しい。
――で、この子はバトルが大好きなのだ。
ナックラーの時からだが、やんちゃで負けず嫌い。
最近(ロケット団に入ってから)というもの、ずっとボールの中にいるためか、ストレスが溜まっているようだ。
バトルをさせてあげたいが…
「……アンタと対等にバトルが出来るトレーナーってここにいるの?」
呟けばフライゴンはしょんぼりとしてしまった。
それが問題なのだ。
とりあえずしたっぱ達は無理だな。あとは…幹部の皆様?
そういえば、サカキ様は凄く強かったとかアポロさまが言っていたな。くそーどこに行ってしまったんだ、サカキ様!
「困ったねーフライゴン」
「いつも困っていますね、貴方は」
「あ、アポロさま!」
これは珍しい。アポロさまがしたっぱたちの休憩室に入ってくるとは。
したっぱ女子たちのあつーい視線を受けながらアポロさまはこちらへと歩み寄ってきた。
一方、私はしたっぱ女子たちの刺さるほどの冷酷な視線を受けながら(痛いってば!)アポロさまを見た。
私と向かいの椅子に座ったアポロさまはフライゴンがいるボールを見て少しだけ表情を動かした。
「フライゴンですか」
アポロさまにじっ、と見つめられ、フライゴンはカタカタとボールを揺らした。
「うぃーっす。俺はフライゴンっていうんだ、と言っています」
「よく鍛えられているみたいですね」
「だろ?俺は強いからな!と言っています」
「レイム。訳はいいですから」
「……はーい」
怒られてしまった。
しかしフライゴンはそう言っているだろう。長年一緒にいると分かるものである。
「このフライゴンはバトルをしたいみたいですね」
「そうなんですよ。アポロさま、バトルしませんか?」
「生憎とこれから仕事が入っていまして。代わりといいますか、後ろの方とバトルをすればいいのでは」
「後ろ?」
そう聞き返し、後ろを見て―ー固まった。
「アポロ。面倒なことを押し付けないでください」
「そのわりには楽しそうな表情をしていますね」
「ちょうど良いストレス発散になりそうなので」
そう言い、怪しく笑っているのはランスさんだ。
…だから、どうして幹部がここに来るんだってば。
「別に幹部だからといってここに来てはいけない決まりなどないですよ」
「……人の考えを勝手に読まないでくださいよ、ランスさん」
「レイムは顔に出やすいですからね。さて、私はこれで失礼しますよ」
「え、えぇっ!?ちょっと待ってくださいよ、アポロさま!こんな鬼畜上司と2人っきりにしないでくださいよっ!」
そう叫ぶが、アポロさまは何も言わずに去っていってしまった。
ちょっとぉぉ!!あんまりですよ、アポロさま!
「さて。行きましょうか、レイム」
「……なんでそんなに楽しそうなんですか。私を苛めてそんなに楽しいんですか、貴方は」
「えぇ、凄く楽しいですね」
ふふふ、と微笑むランスさんに殺気を覚える。
この人、本気だよ。これだから生粋のSは困るんだよ…あ、私は決してMではないよ。
やる気のない私とは反対にフライゴンはやる気満々だ。
…仕方がない。この子のためにバトルしますか。
「決めましたか」
「というか拒否権はないですよね」
「勿論」
「分かりましたよ…やりますよ、やればいいんでしょうっ」
こうなればやけくそだ。
しかし、勝負をするのなら手加減は不要!
カタカタと揺れるボールを持って、私はランスさんの後を追いかけた。
――30分後。
「……」
「性格が表れているバトルでしたね」
「そ、それは嫌味ですか、それとも誉めて…いませんよね…」
鼻で笑うランスさんを見て私はますますしょげた。
おつかれ、と目をぐるぐるにして倒れているフライゴンをボールに戻す。
さすがロケット団幹部。
戦い方が嫌らしい…じゃなくて巧妙だった。
そこらへんのジムリーダーと同じレベルじゃないか。なんだか勿体無い腕前ですよ、ランスさん。
「貴方は頭を使った方がいい。力だけがすべてではないのですよ」
「……おっしゃる通りでございます」
「ですが、良い腕なのでは」
「はい…って、えぇぇっ!?」
咄嗟に叫んだ私をランスさんは怪訝そうに見る。
いや、待て…い、今、この人は何と言った。
あのランスさんの口から誉め言葉が飛び出しただなんて…!
「ランスさん、どこか調子が悪いんですか!?」
ぐい、と詰め寄ればランスさんは「は?」と間の抜けた声を発した。
と、私の訴えていることに気づいたのか、ランスさんは物凄くうざそうにしながらおでこにデコピンをしてきた。
「ぐひゃあ!」
あまりの威力におでこを両手で押さえる。
な、なんという破壊的な威力だ…っ!
「いっいきなり何をするんですか!」
「お黙りなさい。人がせっかく慣れない言葉を使ってやったというのに、貴方は素直に受け取れないのですか」
「うぐっ、た、確かに…私が悪かったです…でっ、でも!何もデコピンをしなくたっていいじゃないですかっ」
「部下の教育も上司の仕事ですから。…あぁ、なるほど。貴方はデコピン以上の制裁を与えて欲しいと」
「何でそうなるんですかっ!?おかしいよね!」
「部下の要望も聞いてあげなければいけませんね。では、大量の書類整理をさせてあげましょう」
「いやぁぁぁ!!」
またかよーっ!!どんだけこの人は書類整理を人にやらせれば気が済むんだよ!
顔を真っ青にしている私と怪しく笑うランスさん。
その姿をアポロさまたちが見ていることに私が気がつくのはまだ先のお話。
バカにしたのか褒めたのか
(おいおい、ランス…)(ランスったら本気でやるなんて。よっぽどレイムに負けたくなかったのねぇ)(格好悪いところを見せたくなかった、というところですか)