両片思いの行方は何処に


「ロックとセリスの関係を見ているとすごい応援をしたくなってくる」
「ふむふむ」
「何というか、若いねぇ〜!って感じになると言いますか」
「シオンも若いよな……?俺より年下だろ?」
「真面目な返答をされると困る」
「はぁ……!?」
ファルコン内、とある一室。
その部屋に設置をされているテーブルにティーセットを並べ、向かい合う形で椅子に座っているのはマッシュと……この部屋の主であるシオンだった。
自身が淹れたハーブティーが入ったカップを手に持ちながらむすりとした表情を浮かべるシオンに、マッシュは呆れた表情を浮かべた。
「俺、たまにシオンがわかんねー」
「私が分かるのは私のみよ」
「さらっとかっこいい事言うなあ……」
「でもぉ私以外にも分かってくれる人がいたら良いなぁ!例えば」
「兄貴だろ」
「最後まで言わせんかーい!」
「おっと零れる」
ダァン!と勢いよくテーブルを叩きながら立ち上がったシオンと同時にマッシュがティーカップとポットを持つ。
ちなみにこのセットはシオンが常に持ち歩いている物だ。彼女は各地を渡り歩く薬師であり、旅の資金にとお手製ハーブティーを売っている。
最も、ケフカによって崩された生態系のせいで薬草の生息地も大きく変わったらしく、ここの所は売り上げが厳しいそうだが。
「なんで精神を落ち着かせる茶を飲んでいて興奮するんだ?」
「マッシュのせいでしょ!」
「お、俺のせいなのか!?そいつはあんまりだぜ」
「せっかく私がエドガーの良い所を並べようとしたというのに……」
「いや俺の方が知ってるから」
「今日のマッシュは喧嘩を売って来るなぁ。毒薬でも飲ませようか」
どこからともなく青紫色の液体が入った細長いガラス瓶を数本取り出すシオン。
そんな彼女に冷や汗を流しながら「まぁ落ち着けよ」とマッシュは諭しつつ、話題をするりと変えた。
「シオンは良く兄貴の事を見ているもんなぁ」
「そりゃそうよ。惚れてるんだから」
「……なんで俺の前だと平然と言えるのに、兄貴の前になると言えないんだ?」
「なっ……お、乙女心は複雑なのですよ!そういう事を言っちゃダメなんだよ!」
「わ、分かったからテーブルを叩くな!壊れるぞ!?」
再び勢いよくテーブルを叩き始めるシオンを宥めながらマッシュは内心で「乙女心ってわかんねぇ」と呟く。
――数分後。マッシュの必死の言葉で落ち着きを取り戻したのか、シオンは再び椅子に腰を下ろした。
「だいたいねぇ、私はただの一般人なんです。そんな人が一国を背負う人の隣に立てる訳がないのですよ」
「シオンなら安心だと思うんだけどなあ」
「それはマッシュからしたらでしょ。国民からしたらそうじゃないと思うんだけど……というか、そもそもエドガーは私の事、そういう目で見てないでしょうが」
きっぱりとシオンは言い切るとハーブティーを口に含む。広がるのは甘い香りだ。シオンが扱う薬草は多岐に渡るが、その中でも彼女は特に今使用している薬草が好きだった。
その薬草は彼女が初めてエドガーと出会った場所に生息をしていたからだ。
元々この薬草を取りに森に入っていたシオンはうっかり魔物の巣へと足を踏み入れてしまい、魔物達から追いかけ回されていた。
その時に助けてくれたのがエドガーだったのだ。
「私はただの流れの薬師。だからこそ、せめてフィガロ王国で気持ちよく商売が出来たらそれで良いんだ」
フィガロ王国に伝わる機械を携えて助けてくれたエドガーの姿は今でもシオンの記憶の中で色鮮やかに残っている。
あの姿を見て、シオンは一目惚れをしたのだ。
けれどこの想いを伝える気は一切なかった。その理由は、身分などいろいろなものが挙げられるが一番はシオン自身がエドガーにふさわしくないと思っている部分が強い。
彼の隣に立つ人は自分よりもちゃんとした人が良いに違いない。そんな考えだ。
だがそう思っていたところで思考と気持ちがついていくかは別問題だ。なのでこうして定期的にシオンは彼の弟であるマッシュを呼びつけて話をしていた。
「んーやっぱり乙女心って分かんねぇなぁ」
ハーブティーを澄ました顔で啜るシオンを見ながら、マッシュは眉を顰めた。

見慣れた肩掛け鞄が視界を掠めた。
気付いたエドガーが視線を辿ればそこには男女数人に囲まれている仲間の姿。
笑顔を振り撒きながら自身を囲んでいる人々に話しかける姿を視界に収めていると、視線に気付いたのか。仲間――シオンがエドガーを見た。
エドガーに気付いたシオンが皆に振り撒いている笑顔のまま、唇で彼の名を告げる。
その時には既にエドガーはシオンの元へと歩きだしていた。
「シオンさんは、世界がこんなになっても沢山の薬を持っているんだねえ」
「これでも前と比べたらそんなには持ってないんですけどね。見かけなくなっちゃった薬草もあるので……あっお代は前回の料金のままで大丈夫ですよ」
「えっ?で、でも、見つけてくるのが大変だったんじゃ」
「んーまぁ大変だったけど、でも一人じゃないので」
話していた男性へと向けていた笑みをそのままに、近くへとやってきたエドガーに向ける。
「前に会った時は一人だったけど、今はいろんな人と旅をしてるから!ねっ、エドガー」
にこりと笑いながら言って来たシオンにエドガーは何も言わずに微笑む。
この町に寄ったきっかけは資源の調達だ。
各々の役割を振り、飛空艇を後にしようとしたエドガーの視界に飛び込んだのはどこか嬉々としながら飛空艇を飛び出したシオンの姿だった。
その姿に、もしやこの町に以前来た事があるのかと思っていたのだがどうやらその考えは当たっていたらしい。
「とりあえず今渡した薬達で二か月くらいは持つかな。すぐには来れないとは思うけど、絶対また来るからね」
集まった人々の手に薬を渡し、丁寧に説明をするシオンの表情は優しい。その表情はかつて見る事が出来た日の光のようだ。
やがて礼を言いながら散っていく人々を全員見送るとシオンはエドガーを見た。
「もう出発の時間だよね。迎えに来てくれてありがとう」
「礼を言うのはこちらさ。君と二人っきりになれる時間を貰えたのだからね」
「相変わらず口がうまいなぁ。さ、行こうか。あんまり長居してるとまた話しかけられちゃう」
ころころと笑うとシオンは歩き出す。それに釣られてエドガーも歩きだした。
薬師として各地を放浪するシオンは顔が広かった。その為、こうして立ち寄った町で顔見知りに出会う事も多い。
世の情勢、職種の関係もあるが一番はシオン自身の人の良さが好かれる部分なのだろうとエドガーは思う。
――そんなシオンだが、エドガーは気にしている事があった。
「そういえば君に一つ聞きたい事があったんだ」
「聞きたい事?」
エドガーの少し先を歩いていたシオンが足を止め、振り返る。
不思議そうに首を傾げるシオンを視界に収めながらエドガーは口を開く。
「前から思っていたんだが、マッシュと仲が良いんだね」
「……ま、まぁね。話しやすいから」
「何かあいつに相談でもしているのかい?」
「そ、相談……って程じゃないけど、話を聞いて貰ってる感じかな」
微かに困惑の色を浮かべながら言葉を返すシオンにエドガーはやはりな、と自身の考えを確信へと導いた。
――シオンとは出会ってから随分と経つが、いまだに距離を取られている。
恐らく注視していなければ気付かない程の事だ。彼女は常に他人に対して友好的だ。だから易々と気付けない。
エドガーとて、シオンがマッシュと親し気にしていなければ気付かなかっただろう。
「俺には相談が出来ないのかな」
「へっ!?」
「俺もあいつみたいに、君の力になりたい」
「き、気持ちは有難いけど……大丈夫だよ。エドガーの手を借りる程の事でもないし」
あたふたとしながら視線を彷徨わせるシオンに、エドガーは穏やかな笑みを浮かべながら尚も言葉を続ける。
「様々な人物から意見を取り入れるのは良い事だと思うんだがね」
「うっ……」
「それとも俺は頼りないかな」
「そんな事ない!ないけど……い、言える事と言えない事があるから、無理だから!もうっ、先に帰る!!」
捲し立てる様に言葉を発すると、ぐるんっとエドガーから背を向けるやシオンは猛スピードで駆けて行ってしまった。
すぐ小さくなってしまった後ろ姿をエドガーは青い瞳を瞬かせながら見つめるだけであった。

「……という訳だが」
「兄貴……何してんだよ」
「うまく行くと思ったんだがなぁ」
シオンより遅れて帰って来たエドガーが真っ先に向かったのはマッシュがいる部屋であった。
そして兄より町での出来事を聞いたマッシュは呆れた表情を浮かべていた。
「何がいけなかったんだ?」と不思議そうに顎に手を当てて考え込むエドガーに、マッシュは「よっ」と声と共にソファに寝転がっていた姿勢を整えた。
「良いか兄貴。シオンにそういう誘い方は駄目だって。シオンは押されると逃げ出すんだ」
「……そうか。スマートなやり方で行かなければいけなかったか」
「そうそう、いつもの兄貴のやり方で良かったんだって。どうしてその方法を取らなかったんだよ……」
「どうしてか……そんなの、彼女が俺の中で特別だからに決まっているだろう?」
瞳に穏やかな色を浮かべるエドガーにマッシュが小声で「回りくどい二人だ……」と呟いたがシオンの事を考えていたエドガーは気付かない。
――後もう少しで彼女と二人きりになれたというのに。浅はかな自身の行動には嘆きたくなるものだ。
だがしかし、マッシュのアドバイスを得れたので次こそはうまくいくだろう。嘆いている場合ではない。
エドガーはシオンの事を好いている。いつの頃からかは、はっきりと思い出せないが彼女が皆に振り撒く笑顔に惹かれたのは覚えている。
その笑顔を自身にもっと向けてくれたら良いと思い始めたのだ。
しかしシオンはどうもエドガーの事を苦手としているようだ。それは恐らくエドガー自身の立場が関係をしているのかもしれないが、エドガーからしてみれば些細な事なのだ。
「俺はお前が羨ましいぞ」
「あのなぁ、シオンは兄貴を嫌っている訳じゃないって何回も言っているだろー?」
「それはそうだが……特別好かれている訳でもないだろう」
「あーまぁそれは……あー」
言葉を濁すマッシュに反応し辛い事を言ってしまったなと思いつつも、やはり彼が羨ましい事に変わりはない。
自分も弟の様に彼女から頼られたいという気持ちは本物だ。そしてそれをきっかけに少しでも距離を縮められたら。
本来ならば悠長な事を言っている場合ではないだろう。この旅が終われば、彼女も自分も別れる事になるのは明確だ。
シオンは再び世界を一人で巡るだろう。だからその前に、彼女を自身の手の中に捕まえておきたいのだ。
だが事を急げばシオンが今回の様に逃げるのは明確だ。なので少しずつ、距離を縮める事にしたのだ。
だというのに、分かってはいたというのに今回は失態を犯してしまった。
「世話の焼ける兄貴だなぁ。どうせ後でシオンに呼ばれるだろうから、その時に機嫌を取っておくよ」
「頼りになる弟で兄としては誇りに思うぞ」
次はどの様な作戦で彼女を引き込もうか。思案し出したエドガーの耳にマッシュが嘆く様に呟いた言葉は届かなかった。
「もう早くくっついてくれよ……」









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -