好きな理由


「今日のシオンさんからは花の匂いがしますね!」
城内でたまたま出会ったセオドアがにこにこと笑いながら言って来たのはこの言葉だ。
互いに簡単に近況を説明し終えた後、突然自身に放たれた言葉に思わず「何を言い始めた」と思いながら眉を顰めればセオドアは気付いたのか慌てて言葉を続ける。
「く、臭いっていう意味じゃないですよ……!」
「……分かってるよ」
「えっ、じゃあなんで怖い顔をしたんですか?」
「……別に怖い顔はしてないと思うけど」
「し、してましたよ……!?」
怖い顔とは心外だ。とはいえ、元々感情を表に出す事が得意ではないのでそう見えてしまうのは仕方がないのかもしれない。
目の前の少年のように喜怒哀楽をはっきりと表せば誤解はされないのだろうな、と考えていればセオドアが顔を覗き込んできた。その瞳はどこか不安を含んでいる。
「あ、あの……気分を悪くされたのなら、すいません……」
「……そうじゃない、から。気にしないで」
「は、はい……」
そう返事はしたもののどこか表情は暗さを残している。
気にしすぎなのだが言った所で変わらないだろう。何か彼の顔色が話を振るしかない。
「……この匂いは嫌い?」
「そんな事はないです!むしろ大好きです!その匂いは何だか落ち着きますし、シオンさんにぴったりだと思います……!」
「……そう。なら、良かった」
ぱぁっと表情を明るくして語るセオドアの言葉に偽りはないだろう。
私が選んだ香水ではないがそう言って貰えるのは何だか嬉しい物である。
「でもシオンさんって香水を使うイメージが全然なかったのでちょっと驚きですね」
「……私が選んでるわけじゃないから」
「えっ?」
「カインが、選んでくる」
「カインさんが……!?」
普段よりも声のトーンを大きくしながらセオドアが驚きながら言った。
気持ちは分からなくもないが、そこまで驚く事なのか。
「そんなに、驚く事……?」
「えっ、あ、すいません!で、でも……あっ」
セオドアの言葉が不自然に止まった。そんな少年に疑問を感じ、どうしたのかと声をかけようとした時。
「シオン、ここにいたのか」
背後から私を呼ぶ声がした。
振り返れば、少し先にいたのは今話題に出た彼だ。
カイン、と名前を呼べば彼はこちらへと歩いてきた。
「どうしたの?」
「明日からの遠征の件で相談したい事があってな。悪いが俺たちの部屋に来てはくれないか」
「……分かった。じゃあセオドア、私行くからね」
「は、はい!あの、お話ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をするセオドアを視界に収めた後、カインと共に歩き出す。
「セオドアとは何を話していたんだ?」
しばらくするとカインが話しかけてきた。
私の隣を歩きつつ、こちらを見つめてくる姿を横目で捉えながら口を開く。
「……最近の事と香水の事」
「ほぉ。何と言っていた?」
彼が聞きたい事はセオドアの近況ではないだろう。私よりもあの子と一緒に居るのはカインだ。
となれば彼が言っている事は香水の事だ。
「良い匂いだって言ってたよ。あと、私らしいって」
「そうか」
私の解答に対して、返って来たのはその言葉だけだった。
けれど声音だけで分かる。嬉しいのだと。つけているのは私だというのに、自分が選んだものが評価されることが嬉しいのだろうか。
――いつの頃からかは覚えていないが、カインがこうして香水を渡して来るようになったのだ。
最初はそんなに臭いのだろうかと思っていたのだが、話をしてみればどうやら違うらしい。ただ、詳しくは語ってはくれなかった。
けれど、ずっと気になる事ではある。また聞いてみるのも良いかもしれない。
今からの用件が終わったら聞いてみるか、と隣を歩くカインを横目で見ながら私は密かに決心をした。

「ねぇ、一つ聞きたい」
カインからの相談事が終わり、彼の部屋に来たのが数十分前。
出された熱い珈琲を少しだけ啜り、私が口を開けば向かいの椅子に座っているカインが目だけでどうしたのかと言葉の続きを促してきた。
「なんで、香水をくれるの?」
じっとカインを見ながら言う。するとカインはそんな事かとでも言いたげな視線を私へと投げてきた。
カインにとってはそんな事でも私にとっては重要な事なのだが。
「お前に似合うからだ」
「……それ、前も言ったよね。理由じゃない」
似合うのなら他の物でも良い筈だ。例えばアクセサリーだとか。それなのに彼は頑なに香水しか渡してこないのだ。これで気にならない訳がない。
……そんな私の考えが分かったのか、カインが観念した様に小さく息を吐いた。
「そんなに気になるのか」
「うん」
「即答だな……分かった、教えてやるからこっちへ来い」
微かに椅子の位置をずらしながらカインが言う。
つまりは、彼の傍に行けば良いというのだろうか。椅子から立ち上がり、彼の前へと移動をし、立つ。
すると、カインの手がこちらへと伸びてきたかと思うとするりと腰の辺りに回された。そして、気づいたら私の体は座っている彼の上、つまりは太腿の上にいた。
「……カイン?」
向き合う姿勢のまま、不思議に思いながら彼の名前を呼ぶが返事はない。ただこちらに青い瞳を向けているだけだ。
無言の時間が数秒、いや数分かもしれない、続いた。そして、その沈黙を破ったのはカインだった。
「初めて出会った頃から、お前の纏う匂いが好きだった。だが次第に、その匂いを俺は変えたいと思ったのだ」
そこで言葉が途切れたのと同時に私の体が前に傾いた。そして気付けば、顔を彼の肩に埋める形になっていた。
「俺がお前の為に選んだ匂いも、お前が纏ってくれたら。そんな事を思って行動に移したのが香水を渡し始めた理由だ」
「……なるほど?」
つまりは……カインは私の匂いが好きだった、けれど嗅いでいる内にそれを自分好みの匂いに変えたくなったと。
そもそも私の匂いというのはどんな匂いなんだ。そんなに好かれる匂いなのだろうか……?
肩に埋めていた顔を上げ、カインを見ればぱちりと視線が合う。
「……カインは匂いが好きなの?」
「そんなところかもしれないな。……お前が元々纏う匂いと俺が渡す香水が合わさった匂いが好き……というところか」
「……その匂いを嗅いで、楽しい?」
「楽しい……というよりは穏やかになると言った方が正しいかもしれんな」
私の匂いを嗅ぐと穏やかになる……癒される?みたいな感じなのだろうか。
それなら悪い気はしない。日々忙しい身であるカインの為になっているのなら。
そもそも私は何故彼が香水ばかり渡して来るかが疑問で、そこに悪い気はしてなかったのだ。むしろ気にかけてくれていると少しだけ嬉しさを感じていたからだ。
「……なら、これからもカインの為に香水使うよ」
「良いのか?」
「……もともと嫌じゃなかった。ただ、どうして香水をくれるのかなって思ってただけだし」
「そうか」
どこか安堵した様な、嬉しい様な雰囲気を出すカインにこちらも自然とそんな風になってくるのだから不思議だ。
何となくしたいと思い、再びカインの肩に顔を寄せれば彼は嬉しそうに微笑んだ。









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