073:知らない者と気づいた者


ゴルベーザ様はたまに寂しそうにされている。
それは本人も四天王も気付いていないようで。だから最初は私の間違いかと思った。
けれど、時折ゴルベーザ様が1人で苦しそうにされている姿も私は知っている。
普段は威厳溢れるお姿。だが寂しそうだったり苦しそうにしている姿をしていると分かった時、私の中で感じたのはこの方はやっぱり人なんだという事だった。
普通の人より才能があるだけでこの方はやはり人なのだ。
人はすぐに壊れる脆いものだ。だが時に予期せぬ事を引き起こす事が出来る。それが私の中での人に対する評価だ。
となるとゴルベーザ様も脆いものなのだろう。脆いというのは肉体がすぐ破損するという意味もあるが精神的な意味も含まれる。
ゴルベーザ様の場合は果たしてどちらなのか。
窓の外へと視線をやっているゴルベーザ様の背を見ながら思案していると不意に名前を呼ばれる。
その声に「御用でしょうか」とすぐさま返事を返すが何故かゴルベーザ様からの返答はない。疑問に思い、今度は私が名前を呼ぶ。
「ゴルベーザ様?」
尚も返答はなく、ゴルベーザ様はただ外を見つめている。ゾットの塔から見える景色はいつも同じだ。何をそんなに見つめる必要があるのだろうか。
いや、あるいは景色を見つめてはいないのかもしれない。
「お前は時折人らしいな」
部屋の中にゴルベーザ様の静かな声が響く。
急に何を言いだすのだろう、この方は。人らしいとはどういう意味を含んでいるのか。
「そうでしょうか。まぁカイナッツォと共に人の近くにいるからかもしれませんが」
バロン王に化けているカイナッツォ、そんな彼の傍に人として化け、一般兵としている私。ゴルベーザ様と出会う前より人に化けて生活をしていたりもしたが、その様に言われたのは初めてだ。
別に人が好きだからではない。ただ人がどのように生活をしているのか興味があったからだ。中には聡く、私の正体に気付いた者もいたがその都度殺めてきたし、気に食わない者も殺めてきた。
「私の傍にいる時はこうして魔物の姿をしているというのに、思考は人のそれと似ている」
「…おっしゃりたい事の意味が掴めないのですが」
がしゃん、と鎧の音が響く。気がつけばゴルベーザ様が私の目の前に移動をしていた。
今のゴルベーザ様は珍しく兜を身に着けていなかった。何の感情も浮かべていない瞳が真っ直ぐに私を射る。
「お前は何者だ」
「…?私は貴方様の部下ですが」
「そういう意味ではない」
一瞬だけ無色だった瞳に色が灯る。けれどそれはほんの一瞬だった。
ゴルベーザ様は私に何を伝えたいのか。言葉の意味を考えるが見当がつかない。
「先程からゴルベーザ様がお伝えしたい事の意図を掴めませぬ」
「素直に答えれば良いのだ」
「素直に…ですか。先程の答えがそうなのですが」
「この塔から出れば人に化け、塔に戻れば魔物になる。本来のお前はどちらなのだ」
淡々とした声音で紡がれた言葉を咀嚼するのには時間がかかった。そして咀嚼し終わった時、ようやくゴルベーザ様の意図が掴め、そして理解をする。
この方は今、苦しんでいるのだ。自分自身の存在がひどく曖昧な事に対して。けれどもその事に気付かれていないのだ。
その姿はさながら人のこどもが親と離れた状態…迷子になっている姿と似ていた。
要は私に助けを求めているという事だ。しかも無意識に。その声に私は耳を傾けるべきか否か。
「……どちらも私ですよ。人でもあり、魔物でもある。それは貴方様も同じかもしれませんね」
結局私は耳を傾ける。これは人が俗に言う「情が移った」というものなのだろうか。
私の言葉にゴルベーザ様はすっと目を細める。
「…どういう意味だ」
「私達の前では魔物のように振る舞うけれど私の前では人のようだ、という意味ですよ」
この方はこれまた無意識に私と自分を重ねているのかもしれない。私は本性は魔物だが普段は人で、この方はその逆だ。
私の言葉を聞いたゴルベーザ様は静かに瞳を閉じる。
意味が伝わったのかは定かではない。けれど確かに私の言葉はゴルベーザ様の中の何かに触れたのだろう。
人とは面倒な生き物だ。言葉などただの伝達の一種でしかないというのに言葉を求める。本能や勘が鈍いとは実に面倒である。
「貴方様は立派な人ですよ。他の者がそうだと認めなくとも私は認めましょう」
この方は自分が人だということを他者に認めてもらいたいのだ。
私からしたらそんな事は些細な事だけれど。だって人だろうが魔物だろうが何だろうが気にする事ではないだろう。だがゴルベーザ様にとっては些細な事ではないという、事なのだろう。
「シオン」
「何でしょうか」
「もう良い、下がれ」
私に背を向け、話は終わりといわんばかりのゴルベーザ様。そんな彼に私は何も言わずに頭を下げ、静かに部屋を後にする。
――部屋を去る間際にぽつりと「すまない」と聞こえた気がしたのは気のせいではないだろう。
その言葉にあぁ本当に面倒で手のかかる主だ、と人知れず私は笑うのであった。








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