041:温もりは優しさの塊


薄暗い飛空艇内の廊下を歩いていると不意に後ろから回されてきた両腕。その両腕に疑問を覚えたのと同時に体が後ろへと傾き、すとんっと背中に固い何かが当たった。
いったい何が起きた、と思いながらそっと振り返ればそこにはマッシュがいた。
「マッシュ?えっ、ど、どうしたの」
私の首筋に顔を埋めているマッシュに語りかけるが返ってきたのはくぐもった声の「うーん」だけだった。
いったいどうしたのだろうか…そう思っていた私はふとある匂いに気付く。
「もしかしてお酒飲んだ?」
そう聞くとくぐもった声で「飲んだぞー」と返ってきた。あぁだから彼にしては珍しく甘えてきてるのだ、と納得をした。マッシュはお酒にあまり強くない。それは本人も自覚をしているのだけれど誘われたら断れないらしい。
普段の彼は奥手でこんな風に抱き着いてくることはおろか手を繋ぐ事すら恥ずかしがるのだ。兄とは大違いである。
ともあれそんなマッシュが酔っているとはいえこんな行動に出るのは驚きである。お酒の力ってすごい。
「シオン〜」
「なぁに?」
「今日は一緒に寝たい〜」
「一緒に…?」
一緒に寝るのは構わないけど酔いが抜けた後のマッシュの事を考えると少しだけ躊躇う。
ここはやはり断っておいた方が良いだろう。
「うーん…2人だとベッドが狭くなるだろうし、別々に寝よう?」
適当に浮かんだ言葉を口にする。これでマッシュも納得をしてくれるだろう。
とりあえず彼を部屋まで導かないと。そう思っていた時だった。
急に体が宙に浮かぶ。
「へ…!?」
いつの間にレビテトを唱えていたっけと考えてしまったがどう考えても唱えた記憶はないしそもそもレビテトのようなふわりと浮かぶ感覚ではなかった。
例えるならぐるん?いや今はそんな事は後回しだ。状況を把握する事の方が先だ。
そう思い、自身の置かれている状況を冷静に見て…唖然とした。
「ま、マッシュ!ちょ、ちょっと!」
「んー?」
どうやら私はマッシュに担がれているようだ。慌てる私とは対照的にマッシュは上機嫌である。
そんなマッシュをまじまじと見れば完璧に出来上がっているご様子で。飲ましたのは誰だ、セッツァーか!?
「よし、それじゃ俺の部屋に行くぞ!」
「は!?なんで!?」
「一緒に寝るんだろ?」
「私の話何も聞いてなかったね!?ってこらこら歩き出すな!」
思わず止まるように背中を叩くが結果はご想像通りである。
笑顔で自分の部屋へと足を向かわせるマッシュにどうしたものかと考えを巡らせるが生憎と良い案は出てこない。
そもそも酔っ払い相手に言葉が通じるとは思えない。ならこのままおとなしくマッシュと寝るべきなのだろうか。何度も言うが私は構わない。起きた時のマッシュが気がかかりなのだ。
などとぐるぐると考えていると気がつけばマッシュの部屋の前に着いていた。
鼻歌を歌いながら私を担いでいない手でドアを開けるマッシュ。
しかし自分で言うのも何だが女性を担ぐのはどうかと思うのだが…こんな事をするのは世界中を探してもマッシュだけな気がする。
「着いたぞ!さぁ寝るか!」
豪快に笑うマッシュ。明らかに寝るようなテンションではないのだが果たして寝れるのだろうか。
私をベッドにそっと下ろすとマッシュはもぞもぞと布団に潜り込む。
そしていまだにベッドに腰を下ろしたままの私を見て笑顔で手招きをする。
「ほらほらシオン!寝ようぜ!」
だからそのテンションで寝れるの。声には出さずに呟き、とりあえずマッシュに促されるまま横になる。
「シオンと一緒に寝るのなんて初めてだよなあ」
笑いながら上機嫌に話すマッシュにそうだねと返す。
それにしても完全に酔っている。きっと起きたら全部忘れているんだろう。それはそれでなんだか残念な気持ちでもあるけれど。
でもやっぱり素面の状態でこうして近距離で話をしたりしたいものだ。普段のマッシュはそれすらも恥ずかしがるから。
最初は好いていると言ったのに嫌われているのかなとは思ったものだ。けれどもだんだんと分かっていき、なら気長に慣れるのを待つかと思うようになったのだ。
…今考えたらよく自分から私の事を好いていると言えたものだ。
「なぁシオン」
「ん?」
「もう少し近くに寄っても良いか?」
「いいけど…」
ふと思ったのだがこのままいけばマッシュの方が先に寝るのではないか。だったらマッシュが寝たのを見計らってこっそり部屋を出て行こう。その方がマッシュの為だ。
……そう決心をしたのだがそんな私の決心はすぐ崩れ去る。
私の返答にますます気を良くしたマッシュは宣言通り近くに寄ってきた…何故か腕を私の体に回しつつ。
これにはさすがに驚いて小さな声を上げてしまった。一方マッシュはそんな私の声を気にも留めずに呑気に「シオンは温かいなあ」などと言って私を引き寄せたのだ。
完璧にマッシュのペースに飲まれている。このままではいけないというかこれでは部屋から出れないではないか。
抵抗を込めてマッシュの胸を軽く叩くがこれもまた結果は想像する通りである。
「ちょ、ちょっと…!」
非難の声を上げようと口を開けるが直後に首筋に顔を埋められる。そしていかにも眠いという声音でぽつりと呟く。
「温かいって思ったら眠くなってきた…」
「えっこの体勢で寝るの!?ってもう寝てる!こら起きろ!」
目を瞑ったかと思ったら速攻で寝出した。数秒で寝るとはマッシュってばすごい…じゃなくて感心をしている場合ではない。
何とか腕の中から抜け出そうとするが逞しい腕から抜け出す事など出来る訳がなく。もう諦めるしかないともがくのをやめていつの間にか私の首筋から顔を離し、気持ちよさそうに寝ているマッシュの顔を見つめる。
こう間近で見るとやはり整った顔をしている。エドガーも美形の部類に入るけどマッシュも入るのではないだろうか。
きっと言ったらそんな事はないと慌てながら言うのだろう…散々こちらのペースを乱しているのだからそれくらい言ってもバチは当たらないのではないか。
起きたら言って、慌てるマッシュを見て笑おう。あぁでもその言葉よりもっと慌てるマッシュが見れるかもしれない。
想像をしたらなんだか笑いがこみあげてきて、小さく笑ってしまった。
起きたら楽しみだな、とそんな事を考えながら目を閉じる。
マッシュではないが温かいと思うと眠くなってくる。マッシュは私が温かいと言ったがマッシュもなかなか温かいではないか。どうせ寝ているしいいか、とマッシュに擦り寄る。
いつか起きている時にもこんな事が出来たら。そんな望みを抱きながらそっと夢の世界へと身を委ねた。

――数時間後、目覚まし時計の代わりにマッシュの悲鳴が響き、あぁやっぱりと思いながら私は起きるのであった。








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