043:お願いをするのは初めてだったから


目の前で小さく可愛らしい声で唸っているのは最愛の従者。
視線は目の前にいる私に向ける事はなく、右往左往としている。そんな彼女にどうしたと疑問を投げかけたのは数分前だ。
いつもならすぐに言葉が飛び出すシオンにしては珍しい。いやこれは言いたい事があるのだが言葉をうまく繋ぎあわせる事が出来ていないのだろう。
「シオン」
そっと名前を呼べばぴくりと小さな反応を示す。
おずおずと視線を私に向けてくるシオンに出来るだけ優しい声音で「素直に言っても良いんだよ」と口にする。
そう言えばシオンは目を瞬かせ、少しだけ緊張が解けたのか小さく笑う。けれどもそれは一瞬の事でまた不安そうな表情を浮かべ、眉を潜めてしまう。
いったい今日の彼女はどうしたのだろうか。
こんなシオンは初めて見るものだからどのように接すれば良いのか分からないのが本音だ。いつの間にか俯いてしまったシオンの髪を見ながらどうやって聞き出そうか考えを巡らせる。
「……何かしてしまったのかな?」
ぽつりと小さな声で洩らした言葉。そう言えばシオンがすぐさま反応を示すと思ったからだ。
そして案の定、シオンは勢いよく顔を上げて「違います!」と口にした。
「え、エドガー様が、何かしたとか、そういうのじゃないです…!」
こちらを見つめてくる瞳には必死さがこれでもかという程詰まっている。
身振り手振りで必死さを伝えてくる姿は彼女らしさがあり可愛らしいとは思うが今は彼女の言いたい事を知る事の方が先だ。
「…そうか、それなら安心をしたよ」
「も、申し訳ありません……私が、うじうじしてるからですよね…」
「謝る事はないよ。でもそろそろ知りたいかな」
「うっ……そ、そうですよね…エドガー様、お忙しい身ですし…」
少しだけ目を伏せ、数秒の後に決意をしたのかこちらをまっすぐに見てくる。
…その瞳は決意に満ちているのだがどこか潤んでいるし頬は微かに赤く染まっているしで正直複雑な気持ちになったのは内緒である。
「あ、あの………い、一緒に、買い出し…来てもらえますか…?」
こちらを見つつ、けれども声は普段の彼女からは想像出来ない程に弱弱しい声で呟かれた言葉。
その言葉に思わず「え?」と虚をつかれたような反応をしてしまった。
そんな私を見てかシオンはみるみるうちに表情を先程まで浮かべていた不安げへと染めてしまう。
「や、やっぱり…無理ですよね……わ、私一人でやっぱり行きます!」
「…!ま、待ちなさい!」
今にも駆け出しそうなシオンの腕を慌てて掴み、そうじゃないという意味をこめて首を横に振る。
私の反応を見たシオンが「えっ?」ときょとんとしている隙に誤解を解く言葉を紡ぐ。
「誤解をさせてしまったね。そういう意味ではないよ。ただ少し驚いてしまってね」
「えっ…そ、そうだったんです…?」
「あぁ。君からお願いをされるとは思ってもいなかったからね」
私が知る中でシオンがお願いをしてきた事は今まで一度もなかった。
それは私が彼女の主だからであり、なにより彼女自身が他人に頼るという事をあまりしないのもある。
だから少しだけ驚いてしまったのだ。そして何よりそんな些細なお願いをする為に今まで苦悩をしていたという事実がとても可愛らしかった。
「じゃ、じゃあ……」
「是非ともご一緒させてくれないかな」
「…!はいっ!」
先程までの不安げな表情から一転、いつもの可愛らしい笑顔を見せるシオン。
あぁやっぱり彼女にはこの表情が一番似合う。
「シオン」
「はいっ!何でしょうか?」
「次からはもっと気軽にお願いをしてくれると嬉しいな」
「…う…すいません…で、でも…」
「普段私のお願いを聞いてくれているだろう?だから私もシオンのお願いを聞きたいんだ」
そう言えばシオンはどうしたらいいのか分からないのか視線を彷徨わせる。
先程みたいな反応をされるのも嫌ではないが壁みたいなものがあると感じてしまうのも事実で。
「……良いんですか…?迷惑じゃないでしょうか…?」
私の顔色を伺う様にしながら言うシオンに小さく微笑み、「むしろ歓迎さ」と言えばどこかほっとしたような表情を浮かべるシオン。
本当にこの子は分かりやすい。だからこそ可愛らしいのだけれど。
「じゃ、じゃあこれからはお願いします…!だからエドガー様も何かあったらどんどん言ってくださいね」
「あぁわかった。それじゃあ行こうか」
「はいっ!」
手を差し伸べればシオンは嬉しそうに自身の手を重ねてくる。
普段は子供のようなあどけなさがあるが先程の様に他人を考慮してくる姿にますます魅了される。
付き合いは長いがまだまだ彼女の知らない顔はあるようだ。いつか彼女の全ての顔を知る事が出来たのならどれほど満たされるのか。
手を繋ぎ、歩きながら笑顔で話しかけてくるシオンの横顔を見ながらいつか来るであろう日に期待を膨らませるのであった。









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