016:見えないものが私を止める


「血の臭いがするな」
主の部屋へ足を踏み入れるや真っ先に言われた言葉はそれだった。
主――ゴルベーザ様は私の方を見る事はせず、ただ殺風景と言う言葉が似合う部屋の中に設置されている窓から見える景色を眺めていた。
時刻は夜。今宵は雲一つない、月がよく見える刻であった。それはゴルベーザ様が最も好む刻。そんな刻にわざわざバロンよりこの部屋へ来るように命じられたのが私であった。
「城を出る際に、邪魔をされましたので」
そう主に返せばがしゃり、と鎧の鈍い音が静寂に包まれた部屋に響き、次の瞬間には先程まで少し離れた場所にいた主が目の前にいた。
「普段は物静かで大人しい黒魔道士が平然と人を殺す姿をあの城の者共が見たらどう思うのであろうな」
くつくつと笑いながらゴルベーザ様はそう話すや私の方へと手を伸ばす。身動きをしないままじっとゴルベーザ様を見つめていれば手は頬――先程殺した人間に傷つけられた箇所へと触れた。金属の冷たさが真新しい傷に染みるが表情には出さず、尚も主を見つめながら問いに答えるべく口を開く。
「何か思う前に先程の様に全員消し去りますよ」
ふふっ、と小さく笑いながら自身の頬に触れているゴルベーザ様の大きな手に自身の手を重ねる。
――いつからこの方の手はこんなにも冷たくなってしまったのだろうか。一人ぼっちだった私に手を差し伸べてくれた時の手は温かさを含んでいたというのに今では氷の様に冷たくなってしまった。
黒い甲冑を身に纏い、素顔も思いも見せなくなったこの方に着いて行く事しか出来ない私はこのままで良いのかと最近思うようになっていた。こんな思考を持つに至ったのはきっとバロンで関わった人間達のせいだ。何故なら人間達と関わる前にはこんな感情を持った事などなかったのだから。
彼等と出会うまでは私はただこの方の命を聞くだけの存在であった。そんな私を変えたのはゴルベーザ様の命で赴く事になったバロンでの人々との関わりであった。彼等は私にはない物を沢山持っていた。今まで人間でありながらも人間とほとんど接する事がなかった私にとって彼等は私の中の何かを揺さぶったのだ。
けれど例え彼等との出会いで私に変化が起きようとも私がゴルベーザ様がこれから為す事を止める術はないし、止める気も起きない。例えゴルベーザ様がこれから為す事が正しくない事だとしても私はこの方に助けて頂いた恩を返すと決めているのだ。もう一人ぼっちにはなりたくない。そんな自分でも感じ取れる幼い感情はきっとゴルベーザ様も気づいているに違いなかった。
だってこの方は人の心を揺さぶる事に長けているのだから。
「ほお、それは頼もしいな。これからも期待をしているぞ、シオン」
その言葉が私を動かす為だけの何の感情も籠っていない言葉であると頭では分かっていても、それでも私は嬉しいと感じてしまう。








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