066:君はあれから変ったの?


頭上からしんしんと降り注ぐ白く小さな塊を見上げながらはふぅと白い息を吐き出す。
もう少し厚着をしてきた方が良かったのかもしれないと思いながらも今更である。しかしあまり着込むと万が一の時にうまく動ける自信がないのでこれはこれで良いのかもしれない。
「寒いのか?」
隣から聞こえてきた声にはっと視線を視線をすぐさま動かし、否定の意味を込めて頭を横に何度も振る。そうすればくすりと小さな笑い声がひんやりとした空間に小さく響く。
「正直に話しても良いんだよ」と柔らかくて優しい声と言葉に「大丈夫です!」とすぐさま返答をする。
「あんまり着込むと動けなくなりますので!これくらいでちょうど良いです!」
「そうか。ではもう少し周るとしよう」
「はい!」
人の気配がしない家屋へと視線を移しながらエドガー様が歩き出す。それに釣られるように私も歩き出し、辺りを見回す。
世界が崩壊をして早1年。かつては炭鉱都市と呼ばれ、多くの人々が生活をしていたナルシェは魔物が巣食う場所と化していた。気候が乱れ、魔物達の環境が変わったのだろう。別にナルシェだけの話ではない、世界各地にはこうした場所が多くあった。
エドガー様達を探して各地を彷徨っていた私からしたらナルシェの光景は言い難いが見慣れた光景であった。そんなナルシェだが唯一変わっていないのはこうして頭上より絶えず降り注ぐ雪である。
この雪だけは変わっていない。それだけが無性に嬉しかった。それはもしかしたら変わった物ばかり見てきたからかもしれない。
変わりゆく物が嫌いと言う訳ではない。だがこの世の中、変わってしまった物といえば見ていて心が痛くなるようなものばかりである。そんな中で変わっていない物がどれだけあるのか。私はそんな変わっていない物を見たいのかもしれない。
「シオン」
不意に名前を呼ばれすぐさま「なんですか?」と返しながら隣を見れば青い瞳とぱちりと目が合う。穏やかさを含んだ青は昔と変わらない色で私の大好きな色だ。
「いや、何でもないよ」
穏やかな声音で返ってきた言葉に思わず首を傾げてしまう。用があったから呼んだのではないのだろうか。
不思議に思い、聞こうと口を開く。けれど言葉になる前にエドガー様の手がすっとこちらに伸び、私の髪を撫でた。雪のせいで冷たさを含んでいる髪に触れる手はとても温かい。
その手の温かさに思わず周囲に撒いていた警戒心を緩めてしまいつつ「エドガー様?」と名を呼ぶ。けれどエドガー様はただ私を見つつ髪を撫でるだけだ。
時折エドガー様はこうして何も言わずに私に触れる。触れられる事に関しては嫌ではないし、むしろどちらかと言えば嬉しい。けれどどうして触れてくるのかは疑問で仕方がなかった。だがその理由を聞くのは何故か気が引けた。
幸い辺りには魔物の気配は感じられない。恐らくエドガー様もそれを見越してこうして触れてきているのだろう。
髪を撫でていた手がゆっくりと降下し、頬へと止まる。その手の温かさに思わず擦り寄ればくすくすと小さくエドガー様が笑う。
「君は本当に変わらないな」
どこか嬉しさを含んだ言い方に「そうですか?」と返せば「あぁ」と再び嬉しさを含んだ声音で返される。
エドガー様が嬉しくされているのを見ると私まで嬉しくなる。思わず笑顔が浮かんでしまうのが自分でも分かる。
「本当に変わっていなくて安心をしたよ」
私の頬を撫でながらそう言ったエドガー様にあれと思う。だってその言い方はどこか安堵を含んでいたから。
まるで私が私であることにほっとしているようなそんな気がしたのだ。自惚れでなければ、の話だが。
「エドガー様…?」
「うん?」
てっきり先程みたいに返事が返ってこないと思っていた為に返事が返ってきた事に内心驚きつつも言葉を続ける。
「私も安心してるんですよ。私の知ってるエドガー様とこうしてまたお会い出来て」
言いながら何だか恥ずかしくなり、思わず照れ笑いを浮かべてしまう。それに気づいたのか、エドガー様が再びくすりと笑った…かと思えばするりと腰にそっと何かが巻きつく。
不思議に思って見たのと同時に体が強く引っ張られ、傾く。
「わわっ」
何とも情けない声が自分の口から勝手に飛び出す。反射的に目を瞑れば、襲ったのはひんやりとした何かに触れる感触であった。その感触に覚えがあり、不思議に思いつつそっと目を開ける。すると目に飛び込んだのは見慣れた色の鎧であった。
恐る恐る視線を動かし、状況を理解する…のと同時に頭上から再び小さな笑い声が耳を擽った。
「え、エドガー様…!」
「なんだい?」
「え、ええと、この状況はいったい…?」
「嫌だったかな」
「え!?あっいやそういう意味ではなくてですね…!」
ぱちりと合った瞳に映っているのはどこか悪戯が成功をした子供の様にきらきらと輝く色であった。
その色に戸惑っていれば私を抱き締める腕の力がほんの少しだけ強くなる。
「そろそろ君の夜空に輝く星の様に煌めく瞳に映る私を変える頃かな」
耳元でそっと呟かれた言葉。その言葉の意味は分からないが無意識に微かに体が震えたのを感じた。
「え、エドガー様…?」
自分の口から零れた言葉はひどく弱い声音であった。なんだか様子が違うエドガー様に戸惑っているのだ、私は。
そんな私の事を知ってか知らずか、エドガー様は再びくすりと笑う。そして私からそっと離れた。
訳が分からずぽかんとしながらエドガー様を見つめる。何か言いたいのだがうまく言葉がまとまらない。先程の言葉の意味はだとか抱き締めた意味は、だとか聞く事は沢山あるというのに。
どうしたものかと、ロクに回っていない頭で考えていると片手にほんのりと温かい感触。見ればエドガー様の手が私の手と重なっていた。
「さて、そろそろファルコンへ戻ろうか」
その言葉にはっと頭の回転を戻す。そうだ、今私たちは魔物の巣窟となっているナルシェにいるのだ。
「は、はい!戻りましょう!」
ぼんやりとしている場合ではない。魔物がいつどこから現れるのか分からないのだ。
すぐさま気を引き締め、何かあった時にと武器をとれる様にする。けれど繋いでいる手は離さない。それはエドガー様の手が強いのもあるけれど私自身が離したくないという気持ちもあった。だってエドガー様の手はすっごく温かいのだ。
再び歩き出した私達は互いに無言であった。だがそんな状況が幸いだったのか、先程まで頭の中でぐじゃぐじゃで言葉になっていなかった言葉達が言葉に成りつつあった。
「そういえば、さっきの言葉の意味ってどういう意味だったんです?」
歩きながら周囲に気を配りつつようやく言葉となった言葉で聞く。
するとエドガー様から返ってきたのは「そのうち分かるさ」という言葉だけであった。どうやら教えてくれる気はないようだ。ならきっとそのうち分かるだろう、少し気にはなるが。
「そうですか、じゃあ分かるまで楽しみにしてますね!」
エドガー様を見ながらそう言えばエドガー様は答える様に小さく笑ったのであった。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -