027:翼のない天使


しんしんと絶え間なく降り続くナルシェの雪を部屋の中からぼんやりと見つめる。
幼い頃から病弱である私は毎日のほとんどをベッドで過ごしている。そんな私と同じで雪は今日も降り続いていた。
私にとっての世界はここが全てだ。他の世界の事は時折家の近くで世間話をしているであろう人々の声だけが情報源であり、そのおかげでかろうじて他の世界の事を知る事が出来る。
家族も医師もあまり話をしてくれないのだ。それは幼少期からでありその事についてとやかく言うつもりはない。各地で争いが起こっているのは知っているし、そのせいで薬品が高騰し、医師だって不足している。それだというのに決められた日に医師は来てくれ、そんな中でも家族は私を見捨てず養ってくれている。だから私にはとやかく言う資格はないのだ。
だが本当にこのままで良いのだろうか。病弱だからと言っていつまでもベッドに中にいるのは本当に正しいのか。体を鍛えたら体質を変える事が出来るのではないか。そうは思うのだけれど実行に移すのが怖い。もし無理に動いて体を壊してこうして窓の外ですら見る事が出来なくなったらと思うと恐怖で足がすくむのだ。
そんな自分の気持ちに思わずはぁと小さく息を溢し、再び窓の外を見つめる。その時だった。
「どうしたー?」
ひょっこりと突然顔が現れ、思わず「ひゃ」と小さく悲鳴を上げてしまった。
そんな私の様子に現れた人物はびっくりしたのか、慌てて「す、すまねぇ!」と謝る。
「驚かすつもりはなかったんだ」
「そ、そう……」
今の登場の仕方だと私以外でも驚くとは思うのだが。口には出さず、改めて現れた人物に声をかける。
「また来てくれたんだ、マッシュさん」
そう言えばマッシュさんは「おうよ!」とにっと笑うと手すりに手をかけて「よっ」という声と共に私の頭上を飛び越えて部屋へと入ってきた。
この体格で意外と身軽なんだから驚きだ。彼との出会いは数日前でたまたま私がこうして窓の外を見ていた時に話しかけられた事が始まりだった。
以来、こうしてひょっこりと来てくれるのだった。
「で、どうしたんだ?」
「へ?」
「何か悩んでいたんだろ?」
青い空の様な瞳(と言っても私は実際に青い空を見た事がないからあっているのかは分からないけど)がこちらをじっと見つめてくる。
別に悩んでいた訳ではない。その意味を込めて小さく首を横に振る。が、マッシュさんはそれでは納得をしてくれなかったようだ。
「言った方がすっきりするぞ」
「いや、別に何も悩んでは…」
「だったら溜息なんてつかないだろ?」
私の顔をじっと覗き込んでくるマッシュさんにさてどうしたものか。少しだけ考え、頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。
「本当に悩んでいた訳ではないの。ただこのままでいいのかな」
「このまま?」
不思議そうにするマッシュさんに少しだけ自身の事を語る。
そういえば私はマッシュさんの事を全然知らない気がする。知っている事と言えばとある用事で少しだけナルシェに滞在をしている事とお兄さんがいる事くらいだ。
「…なるほどなあ」
一通り私の話を聞き終えたマッシュさんはふむふむと頷き、次には笑みを浮かべた。
「よし、俺が協力する!」
「へ?」
「要はシオンは1人だから怖いんだろう?なら俺が一緒に行けば問題ないだろ!何かあってもすぐ対応出来るしな!」
さもそれが名案!とばかりに言うマッシュさんに呆気にとられる。
いや確かに1人だから怖いのかもしれない。だがそれでは彼に迷惑をかけるのでは。
「き、気持ちは有難いけれど…マッシュさんに迷惑をかけちゃうし…」
「め、迷惑!?そんな事、これっぽっちも思ってないぞ?」
「そう?で、でも…」
「俺の事なんか気にしないでシオンがどうしたいのか、それが大事だと思うぞ!」
だから一緒に行こうぜ、と片手をこちらに差し出すマッシュさん。
私がどうしたいか、そんな事は決まっている。でも今一歩踏み出せないのだ。
ぎゅっと握りしめているシーツを見つめ、躊躇う私をマッシュさんが呼ぶ。その声には優しさがいっぱいに包まれている。どうして出会って数日の人にここまで優しく出来るのか。本の中の登場人物でもここまでお人好しな人はいない。
そんな優しい彼だから私は甘えてしまいそうでそれも怖いのだ。だっていずれこの人はこの街を去ってしまう。初めて出来た話し相手。初めて私の話をちゃんと聞いてくれた人。彼に心を許せば許すほど別れが辛くなるのは目に見えている。
だから私はこの提案を素直に飲む事が出来ないのだ。自己中心的にも程があると自分でも思うけれどそれでも私は。
「ご、ごめんなさい…私、」
やっぱり無理。自身でも震えていると分かるくらいの声でそう言おうとした瞬間だった。
シーツを握っていた手をぐいっと引っ張られ、思わず短い悲鳴を上げてしまう。
「タイムアップ。俺、あんまり待てないんだよ」
視界いっぱいに青い空色の瞳が広がる。その瞳に真剣さを含んでいる事に気づき、咄嗟に言葉を返せなかった。
「俺はさ、シオンにもっといろんな物を見て貰いたいなって思うんだ。だから悪いけど強引に行かせて貰うからな」
「えっ!?あ、ちょっと…っ」
呆気にとられていればふわりと慣れない感覚が体を襲う。その感覚が怖くて思わずぎゅっと目を瞑れば笑い声と共に「目開けろよ」という声。
その声に促されるまま恐る恐る目を開ければすぐに状況が理解出来た。
……私は今、マッシュさんに何故か横抱きにされている。その事を理解出来た瞬間一気に頭に血が上るのを感じ、思わずくらりと視界が揺らぐ。
「ひぇ……こ、これは、」
「よーし、まずはかるーくそこら辺を行ってみるか!」
「え、あの、ぎゃ」
急に動き出したマッシュさんに驚き、落とされまいと慌てて首にぎゅっと腕を回せばそんな私に気付いたのかマッシュさんは再び豪快に笑う。
「振り落す気はないけど振り落されない様にしろよ」
上機嫌にそう言ったマッシュさんの笑顔はこれでもかという程笑顔だった。
一体どうしてこんな事になっているのか。思考は追い付かないけれど一つだけ分かるのはマッシュさんは私の為に行動をしてくれているという事だ。
それなら甘えてしまう方が良いのだろうか。例え別れが酷く切なくて辛いものだとしても。きっと私がここで拒否の姿勢をとればマッシュさんは止めてくれる。でもそれが果たして良いのか?
大事なのは近いうちに来る別れの日を考えるのではなく、今こうして残り少ない時間をマッシュさんと一緒に過ごして楽しい想い出を作る事なのではないか。彼の笑顔を見ていると自然とそんな風に思えてきた。そんな自分がとても単純だと思うけどきっとそれくらい単純で良いのだ。
「マッシュさん、」
「ん?」
「…ありがと」
沢山の意味を込めた言葉を紡げばマッシュさんはいつもの様なにっとした笑みを浮かべたのであった。









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