053:一人じゃないから、歩いてこれた


マッシュさん、と後ろから耳を擽るか細い声が聞こえたかと思えばくいくいと服を引っ張られる。
こんな可愛らしい言動をするのは1人しかいないと瞬時に理解し「どうしたんだシオン?」と名前を呼びながら振り返ればそこには案の定の彼女の姿。
皆の前では決して外さないフードを外し(以前自分と二人っきりの時は外す様にお願いをしたのだ)、こちらをじぃっと見つめるシオンと視線がぱちりと合う。それが合図だったのかシオンは「あ、あの」と言葉を続ける。
「きょ、今日、一緒にお買い物…だよね…?」
「おう、そうだな!」
「ええと、そ、それでね、そのお買い物…わ、私1人で行ってくる……から、マッシュさんは休んでいて大丈夫だよ」
少しだけ頬を赤らめながら言うシオンに出た言葉は「へ?」という何とも魔の抜けた言葉であった。
彼女は極度の人見知りで恥ずかしがり屋だ。だから買い物当番は常に誰かと一緒で、その誰かというのも自分が9割方であった。
そんな彼女が今何と言った。
「さ、最近、いっぱい戦っているから、疲れているかなって…思って…だ、だから私行ってくるね…!」
「へ!?あ、ちょ、待てって!」
今にも駆け出しそうだったシオンの腕を咄嗟に掴めば「ひゃあ」という短い悲鳴。その悲鳴に口からは謝罪の言葉が出るが腕は放さなかった。
「ま、マッシュさん……?」
「きゅ、急にどうしたんだよ…?あっいや違う、そうじゃなくてだな…」
1人で行くと言った理由は先程説明をしていたし、では何故引き止めたのか。確かに彼女の言う通り最近は連戦続きだった。だがそれは彼女も同じである。
「シオンだって最近連戦続きだっただろう?」
「う、うん…で、でも私はマッシュさんと違って、後衛だから…」
「そういう問題じゃないだろ」
思わず強い口調で言ってしまい、しまったと思った時には彼女の口からは「ご、ごめんなさい」という謝罪の言葉が出ていた。
俯きながら「あ、あの、生意気、だったよね…」と言葉を続けるシオンに違うと頭を横に振る。
「ち、違う!そういう意味じゃないっつーか、いやあのな…」
「で、でも!私一人でも、本当に大丈夫だから、あの、ごめんなさい…!」
彼女にしては珍しく早口で捲し立てるように言ったかと思えば掴んでいた腕を勢いよく振り払われる。そして再び駆け出そうとするシオン。だが行かせるわけにはいかなかった。
「だから待てって!」
口調など気にせず言い放ち、今度は強引に腕を掴み引き寄せる。
またもや小さな悲鳴を上げるシオンを逃がすまいと腕の中に閉じ込め、「俺の話を聞けって」と言いながら怯えを含んだ瞳を見つめる。
「あのな、俺は心配なんだ」
「し、心配……?」
怯えの中に微かな疑問の色が見え隠れするを察知し、そうだよと頷く。
「シオンが1人で行くって言った事はすんげー嬉しいけどさ、こんな世の中だし何があるか分からないだろ?」
「そ、そう、かな…?」
「あぁ。だから俺も行く!それにシオンと一緒にいた方が疲れは取れるしな!」
ぽんぽん、と頭を撫でれば少しだけ頬を赤く染めながら小さく頷き、「ありがとう」と口にするシオン。そんな彼女の瞳には先程までの色はなく、あるのは嬉しさだった。
「あ、あのね、本当は、ちょっとだけ不安だった…の…」
「そうだったらちゃんと言わないと駄目だぞー迷惑だとか全然そんなんじゃないんだからな」
「う、うん…!次からは、ちゃんと言うね」
小さく笑いながらそう言うシオンに釣られてこちらも自然と笑顔になる。
彼女の成長は喜ばしい事だが同時に不安も覚える。今はまだ自分の傍にいてくれるが人としっかり接する事が出来るようになったら傍から離れてしまうのではないかと。
「…マッシュさん?じ、じっと見てどうしたの…?」
「んー…いやぁ、シオンが積極的になってくれるのはすんげー嬉しいんだけど寂しいなあって」
「え…?」
目を瞬かせながら不思議そうに首を傾げるシオンの頭をそっと撫でる。今はこうして大人しくされるがままだがいつか嫌がる様になるのだろうか。いやでも一応恋人という関係だからそれはない…と信じたい。
「シオンがいろんな人と話が出来るようになったら俺の傍から離れる時間が増えるのかなって思ってさ」
「そ、それはないよ!」
彼女にしては珍しく大きな声で、しかも即答で返事が返ってきた。
その反応に思わず唖然としてしまうとそんな自分を見てかシオンはわたわたとしながら顔を一気に夕焼けの様に真っ赤に染めてしまった。
「ま、マッシュさんがいないと私本当に駄目だから…!だから、それはないよっていう意味で…!」
「そ、そっか…なら安心だな」
「ほ、ほ、本当だからね?信じて…ね?」
「信じるに決まってるだろ!シオンが嘘を言う訳ないからな」
あまりにも必死なシオンに思わず小さく笑ってしまう。だが、それだけ彼女は自分の事を想ってくれているという事だ。なら何も心配はない。
「変な事言ってごめんな」
「う、ううん、そんな事ないよ。私こそ、ごめんね」
「なんでシオンが謝るんだ?何も謝る事はないだろー?その癖も直さないといけないな」
「う…そ、そうかな…じゃあ、がんばって直す…」
「俺も手伝うからさ、一緒に頑張ろうな」
その言葉に小さく頷くシオンに笑い返し、「じゃあ買い物に行くか!」と言葉をかけ、体を離す。そしてそっと手を差し伸べる。
すると割れ物でも触るかのようなそっとした手つきでシオンの手が重ねられる。その手をそっと引きながらゆっくりと彼女の歩調に合わせながら歩き出す。
いつまでもこうして共に歩いていこうと思いながら。









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