089:さようならの言葉は言わないで


隣できょろきょろと好奇の眼差しをあちらこちらへと向けているのは共に旅をしているシオンという女性だ。
ある日突然フィガロ城の一室に現れた彼女はこの世界とは異なる世界からやってきたのだという。にわかに信じられない話だが初対面の時の彼女の様子や現在の様子を見れば納得も出来るものだ。
「シオン、はぐれてしまうよ」
目を離したらどこかへと行ってしまいそうなシオンの手をそっと取ればシオンは少しだけ照れながら「ごめんごめん」と口にした。
「建物とか、皆の服装が面白いなあって思って」
「君はどこに言ってもそれだね」
「だって本当に日本とまったく違って面白いんだもの!」
ニホン、というところがシオンの故郷らしく彼女はどこへ行っても故郷と比べてははしゃぐ。
その言動は見ていて可愛らしいものだと思うが同時に何とも言えない気持ちを抱く。
シオンが旅に同行をしているのは故郷に帰る術を見つける為だ。城内でじっとしていては帰る術が見つからないと言って来たものの正直に言えばあのまま城内で自分の帰りを待っていて貰いたかったのが本音だ。
何故ならもしこの旅で帰る術を見つけたら彼女は帰ってしまうのだから。
どんな手段を使ってでも彼女をこの世界に留めておきたいと思う気持ちは日に日に強くなる一方だ。このままいけば本当に彼女をどこかに閉じ込めてしまうかもしれないと思う程に。
「エドガーさん?」
「うん?なにかな」
「あっいや何か考え事をしてたのかなぁって」
「そうだね。今日も君が可愛らしい事と、そんな君がどうしたらずっと私の傍にいてくれるのだろうかと考えていたよ」
「なっ…ま、まーたそういう事を言うんだから!その手には引っ掛かりませんよーだ!」
少しだけ頬を赤く染めながら言うシオンに「本心だよ」と伝えればますます頬は赤く染まる。
「私は嘘は言わないさ」
「……本当に?」
「本当だとも」
「…そ、そっか。ま、まぁ嫌な思いはしないかな、うん!ありがとね」
照れ笑いを浮かべるシオンの姿に思わず抱きしめたくなるが何とか踏み止まり、代わりに繋いでいる手に少しだけ力を込める。
今でこそこうして繋ぐ事が出来る手だがいつの日か繋げる事が出来なくなる日が来るのか。自分にだけに見せてくれる陽だまりの様に温かい笑顔も見れなくなるのか。彼女と共にいる事はとても満たされるのにふとした時にそんな事を考えてしまう。
彼女の故郷には彼女の帰りを待っていてくれる人がいる。その事は頭では分かっているが心が分かってはくれないのだ。
「エドガーさんの手って安心感があるよね」
「おや、手だけなのかな」
「えっ!?あっ、い、いや…手だけじゃない、けど…」
「けど?」
「……あぁっもう!そんな事は良いじゃない!それよりも買い物しないと!」
ほら行こう、と繋がれている手をぐいぐいと引っ張られる。
そんな事、で片付けられる事ではないけれどこのまま更に踏み込めば機嫌を悪くしてしまうだろう。それではせっかくの二人きりだというのに台無しだ。
「そうだね。…買い物が一段落したらどこかで休憩でもしようか」
「あっいいねそれ!じゃあ買い物をしつつ休憩が出来そうなお店も探そう!」
私の提案にすぐさま賛成を唱えるシオンの姿に思わず笑みが零れる。
いつの日か彼女が自分のもとを去る日は必ず来る。いくら彼女を閉じ込めたところで無駄であり防ぐ事は出来ないのだとどこかで感じるそれを認めたくはない。

今日も何度繰り返したのか分からない自問自答を心の中でしながらシオンに笑いかけるのであった。








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