小話2


1.
くしゅん、と可愛らしい音が横から聞こえ、不思議に思い視線を移す。
そこには少しだけ鼻を赤く染め唇を尖らせている可愛い従者の姿。
そういえば彼女はどちらかと言えば軽装だった、と今更ながら彼女を見ながら気付く。動きやすさを重視しているからと言っていたがナルシェにこの格好はさぞ寒かろう。一応防寒具を身につけてはいるがあまり効果を発揮していないようだ。
見られている事にも気付かず、ずずっと鼻を啜る。そしてまた先程と同じ可愛らしいくしゃみの音。
このまま外を出歩いていたら風邪を引かせてしまうかもしれない。普段活発に動く彼女が熱を出して寝込むという姿も見てみたいとは思うがやはり彼女には似合わない。
「だいぶ冷えてきたな。そろそろ戻ろうか」
そう声をかければシオンは辺りを見つめていた視線をゆっくりとこちらへと移す。
どんな状況でもきらきらと輝いている瞳は今も同じ輝きを放っている。
「もうよろしいんですか?まだ街の半分近くしか回っていないと思うんですけど…」
首を小さく傾げながら言うシオンの頬にそっと手を伸ばし、触れる。
普段は陽の温かさを感じるというのに今はこの地に絶えず降り注いでいる雪のように冷たい。その冷たさが彼女にはあまりにも似合わなくて風邪を引かせない為に戻ろうと言った言葉を変えたくなる。
その言葉は普段他の女性に対して行っている礼儀のものだが生憎と目の前の最愛の従者には伝わらない。伝わっていたのなら自分達はもう主従の垣根を超えている。
そっと出かかった感情と言葉に蓋をし、夜空の星達の様にきらきらと輝いている瞳を見つめる。
「もう少し回りたい気持ちもあるが風邪を引いては困るからね」
頬をそっと撫でれば気持ち良いのかうっとりとした表情を浮かべながら目を閉じる。普段より冷たいであろう手で撫でているのだが反応を見るに温かいと感じているのだろう。
「さぁ戻ろう。戻ったら温かい物でも飲みたいものだな」
「あっ良いですねそれ!私、ココアが飲みたいです!エドガー様は珈琲ですか?」
「シオンが淹れてくれるものだったら何でも構わないよ」
そう言えば自分の言葉に嬉しかったのだろう、にこにことシオンは笑う。この笑顔はナルシェよりフィガロで咲いた方が似合う。
頬に触れていた手をゆっくりと動かし、シオンの手に触れる。するとシオンはますます嬉しそうにしながら指を絡めてきた。
この繋ぎ方を教えたのは自分だ。もっとも彼女はこの繋ぎの意味は知らないのだが。
「それじゃ戻りましょう!戻ったら、エドガー様の為にとっておきの珈琲を淹れますね!」
「それは楽しみだな…では早く戻らないといけないな」
絡めた指は冷たさを含んでいるというのに温かく感じる。
この温かさを手放したくないと思っているとどこからともなく誰にも感じさせたくないという欲が沸き上がる。欲は留まらず、自身に向けられている笑顔ですらも誰にも見せたくないと言いだす。
シオンと出会ってから数年の月日が流れたがこの欲は深まる一方だ。いつかこの欲が形となり、流石の彼女も気づいてしまうかもしれない。
「エドガー様?」
「うん?なんだい?」
「あっいえ…なんだか考え事されてたのかなーって思いまして」
「いや…何でもないよ。心配をかけさせてしまったね」
「い、いえ…!私が勝手に心配しちゃっただけですので、はい!それよりも早く戻りましょう!」
ほんのりと頬を赤く染めながらシオンは言うと絡めた指を離すまいと更に深く絡めてくる。そんな無意識の行動に思わずくすりと笑みが洩れるのが自分でも分かった。
綺麗とは程遠い欲だが彼女なら受け入れてくれる。根拠などないがそう思える不思議さがあった。

絡めた指の温かさを感じながら帰路に着く。雪は尚も舞っていたが寒さや冷たさは全く感じなかった。


2.
部屋の隅…正確には執務をされているエドガー様の視界に入らぬようにしつつ武器の手入れをする。
本来なら執務の邪魔になるのだから席を外すべきなのだ。ここは城ではなく空の上だし何者かが奇襲を仕掛けてくる確率は低い。だが席を外すという行為をしようとするとエドガー様は必ず首を横に振る。エドガー様曰く女性がいると執務が捗るそうだ。なら私ではなくとも良いのでは、と思うのだがティナもセリスも飛空艇内でやる事が多いしリルムはエドガー様の邪魔をしてしまいそうで結局私が常に部屋にいる感じになってしまっている。
ちらり、とエドガー様へそっと視線を投げる。エドガー様は少しだけ気難しそうな表情を浮かべながら書類へと目を通していた。飛空艇内でも気を休める事が出来ないエドガー様に何とも言えない気持ちになる。私に学があれば手伝うことが出来るのだろうか。だがエドガー様の執務は多岐にわたる。私みたいなのが仮に学を身につけたとしても役に立てるのかどうか。エドガー様の為なら学だろうが何だろうが身に付けるが活用を出来なければ意味がないのだ。只でさえ今ですらお役に立ててすらいないのだから学を身に付けたところで今と変わりはないだろう。それだったらまだ戦闘技術を磨いた方がマシだ。
こう考えると本当になぜエドガー様は私をお傍に置いたのだろうか。たまたま城内で披露をした戦闘技術が他の人より優れていた(これは他人からの評価らしい。私はちっとも思わない)からだろうか。まぁ確かに自分を守ってくれる人は強い方が良いだろうけれど。
「シオン」
不意に名前を呼ばれ、声がした方…つまりはエドガー様を見る。
エドガー様の美しい青い瞳は私を見つめていた。
「おいで」
「え?あっ、はい!」
優しい声音と共に手招きをされ、頷く。
武器を慌てつつ、けれども傷をつけないようにそっと置き、エドガー様に駆け寄る。
「どうしました?」
エドガー様のお隣に立ち、そう聞くのと同時にエドガー様は肘掛け付きのアンティークな椅子の位置をずらし、体ごと私に向けた。そして華奢に見えて意外と逞しい腕をそっと私の方へと伸ばす。
「少し休憩をしようと思ってね」
伸びた腕がするりと腰に回ったかと思うと優しく、けれども強い力でエドガー様へと引き寄せられる。
「わわっ」
短い悲鳴じみた声が思わず洩れる。その声に気づいたのか、エドガー様がくすくすと笑う。その笑いに気づいた時、私の体勢はエドガー様の膝の上に乗っている形となっていた。
目をぱちくりとさせながら少しだけ目線を下へと向ければ(今の体勢だとエドガー様より目線が高いのだ)穏やかな青色が私を見つめていた。
「え、エドガー様!」
「驚かせてしまったかな」
どこか悪戯が成功した子供のような雰囲気を纏ったエドガー様が再度くすくすと笑う。
「び…びっくりしちゃいました!」
「それはすまなかったね。シオンがあまりにも難しい顔をしていたからつい、ね」
「へ?そ、そうでした…?」
「あぁ。難しい顔をしているシオンは滅多に見れないからとても得をした気分にはなったけどね」
でもやはり君には笑顔が一番似合うよ、と微笑みながら言われ心の中がぽかぽかと温かくなるのを感じる。
エドガー様は頻繁に私の笑顔に対して様々な事を言って下さる。そのすべてが良い事ばかりで本当に嬉しいのだ。
「ありがとうございますっ!エドガー様にそう言って貰えて本当に嬉しいですっ!」
「礼を言うのは私の方だよ。シオンの笑顔を見ていると疲れが吹き飛んでしまうからね、本当にありがとう」
「そうですか?なら嬉しいです!ではエドガー様の前では笑顔でいる様に頑張りますね!」
嬉しい感情が抑えきれず、自分でも笑っている事が分かる。
自分の笑顔で疲れが吹き飛ぶだなんてもったいないお言葉だ。けれどもとても嬉しい。
「さて、もう少し休憩をしたいところだが目的地に着くまでに片づけなければな」
机の上に広がっている書類の海を見つめながらエドガー様はどこかうんざりとした様な表情を浮かべる。
そんなエドガー様に何か出来るだろうかと考え、閃く。
「エドガー様。私、ちょっと席を外しますね!」
返答を待たずにエドガー様のお膝の上から離れる。離れた後にエドガー様を見れば不思議そうな表情を浮かべていた。
「前にティナから疲れに効くお茶を教えてもらったんです!淹れてきますね!」
ぺこりと頭を下げ、エドガー様から背を向けて駆け出す。

エドガー様が何故私を傍にずっと置いているのか、それは分からないけれど。傍にいる間はエドガー様のお役にたてる事を精一杯しよう。
そう改めて誓うのであった。










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