第32回


*使用したお題*
雨の音
何度言えば信じてくれますか
明け方の街

昔から雨が好きだった。雨の音を聞くと気持ちが安らぐし、雨に濡れるのもシャワーを浴びているみたいで好きだ。
いつもより早い朝方に目が覚めたのは窓を静かに打つ雨の音を聞いたからだった。その音を目覚めたばかりの頭でぼんやりと聞いているうちに眠気覚ましも兼ねて外に行こうと閃いた。
軽装を身に纏い、薄暗い宿屋の廊下をそっと抜けてドアを開ければしとしとと降り注ぐ雨と静かな街並み。昨日の昼間の賑やかさなど欠片にも感じさせない街並みに新鮮さを覚えながらも足を踏み出す。
さてどこへ行こうか。この街でどこが一番心穏やかに雨を感じる事が出来るのだろうか。
辺りへと視線を彷徨わせながら歩きつつそういえばと思いだす。昨日買い物に行った時に街を一望出来る丘があったではないか。
道順を思い出し、よしっと目的地に向かうべく足を踏み出す。その時だった。
「おい」
背後から聞き慣れた声がしたかと思った直後、頭上から降り注いでいた雨が止む。だが目の前を見れば雨は降っている。
あれ、と不思議に思ったと同時に鼻腔を擽る独特の香り。
「…セッツァー?」
浮かんだ名前を呼びながら振り返るとそこには予想した通りの人物。
寝起きなのか、はたまた飲みすぎたのかいつも以上に眉間にしわを寄せてこちらを見ているセッツァー。そんな彼の手の中には傘の取っ手が握られている。
「おはようございます」と言えば「おう」と短い返事が返ってくる。機嫌は悪くはないようだ。悪かったら返事が返ってこない。
「こんな朝早くにどうしたんですか?」
「…どっかの誰かさんが動く音で目が覚めたんだよ」
「そうだったんですか。それは災難でしたね」
「……お前分かってねぇだろ」
「えっ、もしかして私の事ですか!?」
「お前以外に誰がいるんだよ…」
更に眉間にしわを寄せながらぐいっとこちらに傘を押し付けてくるセッツァー。
細心の注意を払って部屋から移動をしたのだが起こしてしまったとは。申し訳なさから普段はまったく使わない傘を受け取り、何気なく傘を見上げ――思わず小さく笑ってしまった。
「てめぇ何笑ってんだ」
「だ、だって、セッツァー、この傘…っ!」
「…うるせぇ。それしかねぇって言われたんだよ」
水玉模様付きの赤色の傘。これを差してここまで来たのか。
なんだかセッツァーには不似合いで、そう考えたら我慢が出来なかった。耐えきれず笑う私だったがセッツァーが小さく舌打ちをしたのを聞いてこれはまずいと笑うのをやめる。
「そもそもお前が持っていかねぇからそうなるんだよ」
「えぇっ、私のせいですか!?」
「当たり前だ。これで何度目だ、風邪引いても看病してやらねぇぞ」
「だから大丈夫ですって。今まで風邪を引いた事はありませんから!」
雨が降るたびに私は外に傘を持たずに飛び出す。そしてそんな私をセッツァーは必ず追いかけてきてくれるのだ。だが今回はさすがに早朝という事もあり、またセッツァーが夜遅くまで飲んでいた事も知っていた為追いかけては来ないと思っていた。
何度目か分からない私の返答に大きな息を溢すとセッツァーはおもむろに着ていたコートを脱ぎ、私に羽織らせる。
「世話が焼ける餓鬼だな」
「そんな餓鬼に惚れたのはどこの誰ですかねえ…」
「うるせぇ。おら、とっとと行くぞ」
「行くって、私が行きたい場所分かるんですか?」
そう訊ねれば「昨日買い出しに行った時に見つけた丘だろ」とひょいっと傘を私の手の中から取り上げながら言う。
「雨の日に出かけたいって思うヤツなんざ、お前くらいだろうよ」
「そうでしょうか?案外いそうですけどねー」
傘の上に当たる雨粒の不規則な音を聞きながらそう言えば返事はなく、代わりに肩に腕を回され引き寄せられる。
「道案内しろよ」
「えぇー覚えてないんですか?」
「バーの行き方なら覚えてるがな」
「そういうのはちゃーんと覚えてますよねえ…ええと、こっちですよ」

雨が好きな理由は沢山あるけれど、こうして彼と一緒に過ごせるのも理由の1つなのかもしれない、としとしとと降る雨の中を歩きながら思うのであった。










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